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02:ひとりぼっち二人、夏
死んでいる家 3
しおりを挟む「あ……、これ。皆さんのお口に合うかわからないのですが、これからしばらくお世話になるので」
「あらー! いいのよ気を使わないで! やだ美味しそう、私甘いもの大好きなの嬉しい! 逆に何にもなくって悪いわあ」
マシンガンのように矢継ぎ早に言葉を発しながら、表情をコロコロと変えて感情を分かりやすく伝えてくる。いつも微笑んでその真意を見せない渡來とは正反対だ。
恐る恐る手渡した紙袋を珠莉は快く受け取ってくれた。こんなマンションに住んでいるくらいだ、きっと舌も肥えているだろう。店長の焼き菓子が不味いなんてことは微塵も思っていないが、どちらかというと素朴寄りで映えもしない手土産でもこれだけ喜んでもらえてよかったと思った。
あとあと裏で眉を顰められるかもしれないが、それでも明呉の目に見える範囲で嫌悪を表さないでいてくれるだけ儲け物だ。
「ごめんなさいね、私あとちょっとで出ないといけないの。あ、冷凍庫にアイスあるからあんた出してあげなさい! リビングも使っていいから」
「うん、ありがとう」
「でさ、ちょっと前に使った青のウィッグどこやったっけ? 今日の撮影あれ使うのよ、でも全然見つからなくてさあ」
「それは昨日、使うって言われたからクローゼットの手前側に出しておいたって言ったよ。入ってすぐ手前の足元、銀の箱なかった?」
渡來は張り付けたような笑みのままスラスラと言葉を紡ぐ。あら、と長い爪で頬を掻いた後、ドタドタと音を立てて存外豪快な足取りで奥へと引っ込んでいく。しばらくした後に、奥から「あったー!」と嬉しそうな声が響いた。
「ごめんごめん見つかった、出しといてくれてありがとう! じゃあ私ホントに行くから!」
「はい、行ってらっしゃい」
「お気をつけて」
「ありがとうね~、じゃあね!」
嵐のような女は銀の箱を抱えてにこやかに去っていく。一挙一投足がハリウッド映画のような、全ての彩度が極限に明るい強烈な女性だった。
すあまは愛犬らしく女性の後をチャカチャカと爪を鳴らして追っていく。お見送りをするのだろう。
遠くでバタン、と勢いよくドアが閉まる。その後に続けて鍵がかかる音がして、やっぱり金持ちの家はオートロックなのだと変に感心した。
その方向をじっと見つめながら渡來はポツリと呟く。
「俺の話、一個も聞いてないんだよ」
そう言われてハッとする。渡來が三日前に言ったことも、昨日言ったことも、今日言ったことも彼女は全て初耳のような顔をした。
人気のインフルエンサーは忙しすぎて大変だなと思う程度だったが、そう呟いた渡來の目は仄暗い。
「俺に興味がないんだ、あの人」
「そ……んな、ことはないだろ」
思わずそう言ってしまったが、容易に他人の家庭事情を否定するのはよくなかったと反省する。外から見える家族と内側から見える家族が全く異なる姿を見せることを、誰よりも明呉は知っていた。
「……悪い、知ったふうな口利いて。こういうのは、当事者しか分からないよな」
『いいお父さんね』と教師に言われる度に、全部ここでぶちまけてしまおうかと思ったことが何度もある。
『お父様にはお世話になってて』と父の部下たちに頭を下げられる度に、シャツをまくり上げて背中を見せてやろうかと思ったことが幾度もある。
他人の言葉が呪いになることを、明呉は他よりはずっと知っているつもりだった。
「……ううん。やっぱり明呉は違うね」
他の人とは。渡來は目元を緩めて力無く笑う。完璧に配置されたインテリアの中で、そこに収まる完璧な渡來もまた、この家のインテリアの一つのような錯覚を覚えた。――死んでいる。
廊下の奥から満足げな表情のすあまが走って戻ってくる。『お見送りをしてまいりました』とでも言いたげだ。
渡來はその白い塊をもちゃもちゃと撫でまわすと、仕切り直すように明るい声で言った。
「先にお昼にしちゃおうか」
「う……こんなすごい家で出すのも憚られるんだが……」
「なんで? 明呉のご飯楽しみにしてたんだよ」
晩餐会でも開かれそうな広いテーブルの端にちょこんと陣取った明呉は、ウキウキと視線を送ってくる渡來に複雑な顔をしながら保冷バッグからタッパーを取り出す。
梅干しやシャケフレーク、昆布といったスタンダードから、ツナマヨ、チーズおかかなど色々な種類のおにぎりを持ってきた。普段なら絶対やらない手の込んだ具材たちだが、流石にお呼ばれするのに手を抜くのもと思っていつもよりずっと丁寧に作った。
普通の卵焼きとだし巻き卵、きんぴらごぼう、茹でて突っ込んできただけのブロッコリー、ウィンナーと牛蒡の土佐煮。一部スーパーの惣菜コーナーで買ってきたものもあるが、明呉にしては随分と手の込んだ昼食になった。
「わ、ああ……すご、美味しそう……」
「そうか? 色も無いし形も歪だろ」
「ううん。俺、こういう手料理にずっと憧れてたんだ……」
感動したようにテーブルに並べられた手料理をじっと見つめて零す。こんな優雅な暮らしをしていると庶民の生活は新鮮に映るらしい。その褒め言葉の中に全く嫌味がなかったので、明呉は素直にちょっとだけ照れた。
「さっさと食べよう」
「うん、そうだね」
照れ隠しでわちゃわちゃと手を動かす明呉を見て、ケラケラと顔を綻ばせて笑う。
その姿を見て漠然と、あ、生きている、と思った。
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