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02:ひとりぼっち二人、夏
閑話.みえないふり
しおりを挟む夜。ある程度の家事が終わったところでようやく自分の部屋に戻った。
あれから数時間立っているというのに、耳には夜を裂く鮮やかな花火の音が、瞼の裏には花火に負けない程煌めく渡來の笑顔が焼き付いていて離れなかった。
どこまでも住む世界が違う人間だと思った。人間の根幹は生活で変わる。住んでいる場所も見ている景色もあんなに違うなら、きっとどこまでも二人は分かり合えないだろう。
「……シュリ…………」
嵐のような女性のことを思い浮かべる。渡來を産み、育てた人。渡來に『自分に興味がない』と言わしめた人。
なんとなく気になってしまい、滅多に使わないスマホを手繰り寄せて慣れないフリック入力で文字を打ち込んだ。シュリ、で検索すればすぐに彼女の個人動画チャンネルが表示された。特に考えずに一番上の動画をタップする。
流れ出したのはルームツアーだ。今日見たばかりの玄関やキッチン、それから足を踏み入れなかったバスルームや寝室までもが詳らかにされている。
その次の動画はパーティーへ行くためのGRWM、自身のブランドの新商品の紹介、他の有名なインフルエンサーとのコラボ企画。歳を感じさせないその美貌と砕けた明るさは視聴者にも人気なようで、どの動画も軽く十万再生を越えている。
サムネイルを見ているだけでも飛び込んでくる情報が多すぎて、時代に乗り切れない明呉は目をチカチカとさせて顔を顰めた。
「……あ」
サムネイルに見慣れた顔を見つける。『母と息子でイベント登壇前のGRWM』と題された動画には、完全に余所行きの表情を浮かべた渡來が母親と一緒に映っていた。
吸い寄せられるようにその動画をタップする。特徴的なアイキャッチが挟まってから軽快なBGMと共に動画は始まる。簡単な自己紹介、そして外から画面に映るようにやってくる渡來。お互い自分のやり方でメイクをしていくようだ。
二人の小気味よい会話は親子というよりは歳の離れた友人の様で、その様子を見て視聴者は好き勝手にコメントを残していく。息子君かっこいいとか、仲良すぎ羨ましいとか、足長すぎ睫毛長すぎとか。
だが明呉はなんとなく分かってしまった。画面の中で笑う渡來の笑顔が、教室で見るのと同じ種類であるということに。要するに、その場を上手くとりなす為だけの潤滑油として、手段として笑顔を用いている。
先程見た花火で色とりどりに飾られた笑顔は弾ける様だった。バイト先で見るステンドグラスの光を浴びる微笑みは穏やかだった。
明呉の前で見せる笑顔は、全部、心の薄皮を一枚剥いだところにあるもののように見えるのだ。
「……己惚れ~……」
じわじわと膨らんでいく思い上がりを制すべくさっさと動画を消した。動画サイトが消えて検索画面に戻る。
ずらりと並んだ予測変換の中に、『シュリ 炎上』『シュリ 浮気』の文言があることにヒュッと息を呑んだ。およそ穏やかではないその文字列に心臓の奥がざわざわと蠢く。
震えた指先がカツリと液晶をタップしていた。そのままズラリと並ぶのは、炎上関連を纏めたショート動画や掲示板。そこに載っているサムネは間違いなく先程見たシュリのもので、より一層明呉の唇が渇いた。
渡來が明呉に付き纏うのは『これ』が理由だろうか。明呉が世に蔓延る情報を知らないから傍に居ることを許されている。なら、これを知ってしまったら――。
嫌だ、と思った。何故? 突然作られた関係性だ。相手が飽きたらそれで終わりだと分かっていたはずだ。それなのに。
「約束」
そう、約束をしたから。来年の夏祭りに二人で行こうと約束をしたから、だからそれまでは。臆病な明呉はそうやって自分に言い訳を与えて、タブを閉じてスマホの電源を切った。
教室で渡來の周りに群がっている彼らは知っているのだろうか。きっと知っている。情報が氾濫するこの時代で、メディアに出ている身近な人が居たら一度は検索するだろう。そうしてきっと、明呉のように辿り着く。
ゴシップに飢えた彼らは指先を操作するのだろうか。そこに書かれているあることないことを全部咀嚼した上で、次の日も変わらずに仮面をかぶって渡來と接するのだろうか。
恐ろしくて堪らなかった。そんな人間たちと一緒にはなりたくない。だから、全部見なかったことにしよう。渡來の前で何も知らない安息地で在れるように。
ガチャン、と派手な音がして玄関のドアが開く。
「おい、帰ったぞ。飯」
負け犬が帰って来た。明呉はのっそりとベッドから降りてご機嫌を伺う為に玄関へと向かう。
そう、自分は自分のことで手一杯なのだ。他者への興味は娯楽だ。他者へ感情を向けるということは一種の嗜好品、なのだ。そんなことはしていられない。
明呉は自分自身にそう言い聞かせながら、乾いた唇を動かした。
「…………おかえりなさい」
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