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03:十二時までに帰してやれない
1.こんばんは、FGM
しおりを挟む長い夏休みが終わり学校が始まれば、日々はあっという間に過ぎていく。
幸いなことにその忙しさは明呉の中から『シュリ』に関するスキャンダルの欠片を押し流していった。
「委員長、人使い荒いな……」
「まあ張り切るのは分かるよ、学生の一大行事だもん」
夜十九時。まだ暑さがじんわりと残る九月終わり、明呉と渡來はいつも通り開かずの踏切の前で駄弁っていた。手には二人で寄り道して買ったコンビニのアイスが握られている。
秋口に行われる学生の一大行事――すなわち、文化祭。その準備に追われている為、下校がこんなに遅くなったのだ。今日は明呉も珍しくバイトのシフトが休みだったので、目を光らせた学級委員や実行委員にこれ幸いとこき使われた帰りである。
十九時にもなればもう流石に夜だ。煌々と光る蛍光灯にどこからかやって来た蛾がバチバチと当たっている。
二人が所属する一年一組は縁日を行うことになっている。これは女子たちの『渡來の浴衣が見たい』という熱望により具現化された出し物である。縁日らしく出し物を色々と作ってはいるが、女子たちはどちらかというと当日の衣装をどうするかで一生懸命だった。
「お前は当日忙しそうだな~。写真撮られたら金取れよ?」
「要らないよ……。ねえ、どっちかだけでも一緒に回ろう。俺、三年生のお化け屋敷気になってる」
「シフトが合ったらな~」
なんやかんやで文化祭は一週間後に迫っている。明呉に招待客は一人もいないが、きっと渡來はそうもいかないだろう。二日目は一般客も入場できるようになっている。校内の相手だけでも大変そうなのに、渡來目当てで校外からも人がやってきそうだ。
「あー……ねえ、そうだ。再来週の月曜日って、空いてる?」
「月曜日って言うと……振替休日の日か。確かシフトは午前中だったが……」
「そうなんだ、丁度いいや。俺がお金払うからさ、バイトしない?」
「バイト?」
ズ、とラクトアイスを吸い込んだ渡來がヘーゼルナッツの瞳で明呉を見下ろす。土曜日に行われる文化祭の振り替え休日として、月曜日は休みだ。
「夕方から母親のブランドのパーティーがあるんだけどさ。一緒についてきてくれないかなって」
「パーティー」
「そう。多分美味しいものあるよ。バイト代も相場よりずっと高くする」
「お前、俺が飯と金の事しか頭にないと思ってるだろ」
まああながち間違いではないのだが。
渡來の母親、つまりシュリのブランドについてはぼんやりと知っている。コスメをメインとしたラグジュアリーな雰囲気で、幅広い年齢層をターゲットにあらゆるところで売られている人気のブランドだ。
そんなブランドのパーティーともなれば、豪華で非現実的、参加するメンバーも著名な人物ばかりだろう。そんな中に完全に一般人の自分が紛れ込むのはいかがなものかと思った。
「なんで俺なんだ?」
「だっていつもつまんないんだもん。適当に愛そう笑いしてるだけで頬が攣っちゃうし……。明呉が一緒に居てくれたら楽しいかなって」
「でも俺、パーティー用の服とか無いし、行った事無いから作法とか知らんし」
「俺は用意するから大丈夫。作法とかも無いよ、ちょっとおしゃべりするくらい。ねえ駄目?」
こてりと首を傾げた渡來が伺うように見下ろしてくる。つるみ初めて数か月、その仔犬の様な瞳に弱くなってきている気がする。
だって普段は澄ました顔をしているか愛想笑いをしているだけの渡來が、自分の前でだけこんなに我儘を言ったり表情を変えたりするのだ。絆されない人間などいないだろう。
「……まあ、次の日に、影響ないなら」
「やったあ。嬉しい、明呉に似合う服選んでおくね」
ゴオオ、と温い空気を切り裂いて電車が通り過ぎる。ゆっくりと遮断機が上がった。
「ん。じゃあ、また明日」
「うん。気を付けてね、また明日」
まあ、パーティーとは言え自分の様な部外者も呼べるものなのだ、そんなに盛大なものではないのだろう。アイスを食べきった明呉はチャリに飛び乗って、渡來の挨拶を背中に受けながら踏切の中へと走り出した。
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