〚完結〛アポカリプスまで宜しく

狗空堂

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03:十二時までに帰してやれない

水底でワルツを 5

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「母親はラウンジ嬢で……まあそれなりに稼いでたみたいだよ、よく知らないけど。その中で父親に出会ったんだ。その時父親は大企業の社長に成り立てでだいぶ遊びまくってたみたいで、まあ、その振る舞いに母親も引っかかって。俺が生まれた」

 夜の世界を渡り歩いていたとは言えまだまだ社会経験の浅い子供だった。分かりやすい成功者の甘言に抗うことは出来なかったのだろう。
 一夜の夢みたいな始まりは乙女の警戒心をぐずぐずに溶かし、そして麻薬のようにもっともっとと関係を望むようになった。

 その破滅的な愛の末に産み落とされた愛し子。だがその存在を愛しいと思えるのは女だけだったようだ。

「母親は俺を産んだけど認知してくれなかった。当然だよね、相手にはもうちゃんと家庭があって、母親は最初から遊びだったんだ。結局子持ちじゃラウンジ嬢も続けられなくて引退して、次の市場として目をつけたのが動画投稿だったみたい。あの人、元々そういう星の元に生まれたんだろうね。人を惹きつけるのが上手いというか、自分の魅せ方を知っているというか。あっという間に子持ち配信者として有名になったよ」

 最初は細々とした活動だった。だが女が我が子として遠慮なく全世界に発信する美しすぎる幼子と、それを懸命に育てあげる理想の母親像は視聴者達の心をガッツリと掴んだ。

 珠莉はシュリとなり、あちこちで名前を挙げられるようになり、再生回数は着実に増えていき。
 気づけば、出会った当初の父親と同じだけの富を持つ人間になっていた。


「俺の全部はネットの海に刻まれてる。初めて喋った瞬間も、駄々をこねて泣き喚く姿も、母の日に渡したメッセージカードの中身も。俺は昔から天使みたいって褒め称えられて、その成長過程は全部あの人の栄養になった」

 シュリにとって渡來はなくてはならない存在だった。彼女にも彼女なりに愛はあったのだと思う。
 飢えたこともなかったし、仕事が休みの時はとことん遊んでくれたし、慣れないであろう料理や家事も苦戦しながら取り組んでくれた。シングルマザーだからといって何かを我慢した記憶はない。

 ただ、渡來と珠莉の間に横たわる全ての事象に、金と再生回数が付きまとうのだ。
 
 珠莉は母親になるのが下手な女だった。


「どんどん有名になっていくから自ずと父親は誰だって話になって。そこで『大切なお知らせ』なんてタイトルで少し伏せた事情を涙ながらに語って、『でも私は一人でこの子を育て続けます、愛しているから』なんて言ってさ。そんなのされたら余計にみんな知りたくなるよね、この子の父親は誰だって」

 珠莉のタイミングは完璧だった。世間の注目が集まっている中、火消しというスタンスを取りながら自分の都合の良い部分だけを選択した動画を公開した。今でもその動画は、シュリの動画の中でも上位の再生数を誇っている。

「それで何人かの特定班が嗅ぎ回るようになってきて。それを察した父親は、その時の奥さんと別れて母親を選んだんだよ。母親はそれを『長年の時を越えて迎えにきてくれた』なんて美談にしたけど、そんなわけないって分かってる。自己保身とよりネームバリューのある方へ靡いただけで、そこに愛はない。それでもあの人は分かってて父親を奪い取ったんだ」

 ブロロロ、とどこか遠くで車が走り去る音が聞こえる。青と影で支配された夜の街は随分と静かだ。
 明呉は何も言わずに、渡來の背中だけをじっと見つめて足を進めていた。

「そうやって他人の家庭を滅茶苦茶にして欲しいものを手に入れたくせに、今度は若い男とあんな風に火遊びをしてる。あの人はマネージャーだよ。でも知ってるんだ、あの人だけじゃないってこと。他の若い配信者、仕事相手、色んな人に手を出している。あの人は愛してくれればそれでいいんだ、誰だって。俺の母親は――壊す愛しか知らない人なんだ」

 一番最初の成功体験を得て、珠莉の中で愛の形はそれになってしまった。欲しければ誰かから奪い取ればいい。私に奪われた方はその程度だっただけ。

 そんな母親の姿を見せられて、だけどどこにも行けずに彼女の為にカメラの前に立つ渡來はどんな気持ちだったのだろうか。
 母を知らない明呉にとってそれは全く想像できなかったし、理解できると思うのは烏滸がましいと思った。


「大人って、全部が全部あんな生き物なのかな。そうだとしたら俺は、こんな世界終わってしまえばいいと思う」


 渡來が喉を針で刺されたように絞り出す。周囲の大人全員に手と希望を振り払われた迷子の子供。
 心にぽっかり空いた穴を摩りながら、がぼがぼと溺れて上手く呼吸が出来ない子供が、振り返って痛々しく笑った。

 今そこに在る痛みは渡來だけのものだ。誰にも移植できないし、誰にも全てを伝えることは出来ない。
 人間はそうやって、分かり合えない部分を抱えながら分かり合おうとして必死に生きている。

 
 そういうものだと分かっているはずなのに、日々の中ぽっかりと口を開けている儘ならなさは渡來を、そして明呉をもめちゃくちゃにする。

 この痛みがそっくりそのまま誰かに伝わってしまえばいいと、願ってしまう。孤独を恐れる生き物だから。




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