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04:ふたりぼっち、春は未だ来ず
1.春宵レジスタンス
しおりを挟むクリスマスが終われば冬なんてあっという間に駆け抜けていく。
年の瀬が過ぎて正月が来て、ドタバタしているうちに三が日が過ぎ、瞬きをしていればすぐに冬休みが終わり学校が始まる。
休み明けの抜き打ちテストがあって、合唱コンクールがあって、定期考査があって、三年生は卒業式があって。まだ一年の明呉たちは特別何かが変わらないまま、春休みに突入した。
定期考査期間中は渡來の家で何度も勉強会を開いたし、合唱コンの翌日には二人だけの打ち上げもやった。春休みには花見や動物園に行って年甲斐もなくはしゃいだ。
暖かくなってきたからかバイトの方も忙しくて、家に帰るのがギリギリになることも多かった。
目が回るような忙しさだったが、毎日誰かと笑ったりじゃれ合ったりして過ぎていく日々は全く苦ではなかった。友達や優しい大人たちと過ごす芽吹の季節は本当に楽しくて、若さを武器にして惜しむように目一杯に遊び回った。
コミュニケーションが下手な明呉にとっては、人生で初めて訪れた春のような心地だった。友達と何かを成し遂げることがこんなに楽しいのだと渡來に出会うまで知らなかった。
だから、少し、多くを望み過ぎたのかもしれない。調子に乗ってしまったのかもしれない。
明呉は身の程を知って慎ましく生きてきた人間だ。自分は欠けている人間だと幼いながらに自覚して、その欠けて鋭利になった部分で他人の柔い部分を傷つけないようにと、他人に必要以上に近づかないようにしていた。
だけど同じように欠けて尖っている人間を知って。自分は一人じゃないと、自分にも遠くで輝いている『普通』が出来るかもしれないと思ってしまった。
そうして急に欲を出して色んなことを手に入れようとしたから――だから、バチが当たったのかもしれない。
ガン、という凄まじい音と、肩から全身にかけて響く衝撃で叩き起こされた。寝起きで頭が回っていないまま眼球だけで周囲を見回せば、目の前に父親の靴下を履いた足がある。
まだ冷たいフローリングに惨めに転がった明呉は、そこでようやくリビングでうたた寝をしていたところを椅子ごと蹴り飛ばされたのだと理解した。
ぼやける視界で時計を確認する。もう二十二時を回っていた。
「飯は?」
自分を見下ろす男が唸るような声で呟いた。まずい、もう帰って来たのか。夕食は作り終えているが、食べる準備はまだしていない。
今日は渡來に博物館に連れていってもらって、その帰りに広い公園に寄って好き勝手遊んできた。アスレチックに苦戦して、ちびっ子たちに絡まれて全力で遊んでやり、桜が舞う中で楽しそうに走り回る渡來の姿に見とれた。
慣れない疲労に流石に耐えきれなかったようで、家に帰り夕飯の支度を終わらせるや否やうたた寝を始めてしまったようだった。
「い、まから、あっためる……」
「はあ? 俺今から帰るって三十分前には連絡したよな? それも見てねえのか? その間にいろいろ出来ることあっただろうが。何お前の仕事サボってんだよ」
わかりやすくイライラしている父親が思いっきり明呉の腹を蹴る。食道が焼け付くように熱くなって、そのままけぽ、と音を立てて少しだけ吐瀉物が溢れる。
帰り道に渡來と買い食いした鯛焼きの味がほのかに口の中に広がった。食べてすぐに寝落ちたから碌に消化されていなかった。
「チッ、汚ねえな……あ? なんだこれ」
男が何かを手に取る音がする。そこでハッとした。自分はさっき、今日の想い出に浸りオルゴールを聴きながら寝落ちてたんじゃなかったのか。なら、今あの男が手に取ったのは。
「っ、触るな!」
その汚い手で触るな。咄嗟に伸ばした手で父親のスラックスを引っ張る。その予想外の力に驚いたのか、男はよろめいて明呉の吐瀉物を踏んでしまった。
布越しにも広がる生暖かい感触にあからさまに嫌悪を表した男は、持っていたオルゴールを力任せに床に叩きつけたのち、明呉を踏みつけるようにして吠えた。
「テ、メェ! 何してくれてんだ!」
夜も更けたマンションの一室に、鈍い殴打音が響き渡る。一回、二回、三回。途中で数えるのをやめた。
近所の人は時折起こるこの騒音を気にしていないのだろうか。それともも、いつものこととして日常の彼方に追いやられているのだろうか。
「そもそも最近なんなんだっ、帰りも遅えしろくに家事もしねえ! お前を食わせてやるのに俺がどんな苦労してるか分かってねえのか! あのお綺麗な顔の坊ちゃんに誑かされたか? あいつと一緒にいると自分が特別になれた気がしてたのか!? バカかよ! 一緒に居て猿真似したってお前はお前、可愛げがなくて頭と容量が悪い、全部母親譲りのクソガキなんだよ!」
全部母親のせいにしてるけど、人間って父親と母親を半分にして合体させて新しいのが出来るんだぜ。だから半分はお前譲りで、俺が欠陥してるっていうなら、お前の遺伝子だって欠陥してるんだぜ。
グラグラする視界の中でそんなことを思って小さく笑う。そんなことはどうだっていい、どうだって良いのだ。
それよりも、宝物を。先ほど派手な音がした。少なくとも蝶番はバカになってしまっているんじゃないか。
降り注ぐ罵倒と暴力からズリズリと這いながら、どこかに落ちてしまった宝物を探そうと手を伸ばす。
「……あ? なんだよ、これがそんなに大事か」
何かを探すような明呉の動きに気づいた父親が、部屋の隅へと蹴り飛ばされてしまっていたオルゴールを手に取る。
随分と遠くまで飛ばされてしまっている。どうしよう。なんて謝ろう。嫌われてしまうかもしれない。だって、これは、宝物だって言ってた。
「んだこれ…………は?」
怪訝そうにオルゴールを眺めて、父親が間抜けな声を上げる。
「…………は、ははは、ああそういうことか、お前、誑かされてんの! ずいぶんお綺麗な顔してんなとは思ってたけど、お前らそういうやつか!」
ゲラゲラと下品な声をあげて宝物の表面をバンバンと叩く。その嘲るような声を聴いてハッとした。見られた。見られたのだ、自分が柄にもなく浮かれてあんなところに貼ったから。
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