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04:取り急ぎその関係で凍らせて
閑話.かわいそうなけもの
しおりを挟む深夜午前一時、明呉は体を丸めて布団に潜り込みながら、ポロポロと柔らかな音色を溢すオルゴールをじっと見つめていた。蹴られた背中がまだジクジクと痛む。
夜遅く恐々と帰宅した明呉を待っていたのは、リビングで煌々と光るテレビの前に立って無表情のままこちらを見つめてくる父親だった。
テレビからは下品な深夜のバラエティ番組の笑い声が流れ出している。寒い街の中で見た美しい光と柔らかな笑顔たちとは程遠い。一瞬で綺麗な思い出がかき消されたようで不快だった。
『こんな時間まで何やってたんだこのクソガキが……!』
父親は机の上にあったコップや缶ビールを薙ぎ払って唾を飛ばしながら叫び、それからいつも通りの躾が始まった。遠慮なく振り上げられる拳や投げつけられるリモコンやティッシュボックス。だけど顔は殴られない。バレるのを恐れているから。
すぐに理性を失い獣じみた暴力を振るうというのに、そういう細かいところには怯えて小細工をする姿がこざかしくて見ていて惨めになる。
この男は何か幸せを知っているのだろうか。
こんな左程広いとは言えないアパートで、大した給料も貰えずこき使われ、挙句妻には男を作って逃げられ、こんな可愛げもない子供一人を養っていることだけを誇りにして生きている。
この世界にある本当に美しいものを知っているのだろうか。哀れみさえ覚えれば、全ての行動が子供の癇癪に思えてくる。可哀想に。可哀想に。それだけ思って、心を透明にしながら衝撃に耐える。
よくよく聞けば今日は休日出勤だったらしい。それはそれは可哀想に、と思いながらも、明呉は目を瞑って蹲り、ずっと背中へ降り注ぐ罵倒と蹴りを浴びていた。
とはいえ年末進行で忙しかったのか、すぐに息を荒げた父親の折檻はすぐに終わり、明瞭ではない言葉を吐き捨てて寝室へと消えていった。
勢いよくドアが閉まった音を確認して、さっと素早く立ち上がった明呉は、フローリングにぶちまけられたアルコールと料理を慣れた手つきで片付けて、リビングの電気を消して部屋に戻った。
寝巻に着替えてベッドに飛び乗る。しんと冷え切った暗闇の中で、大切にデスクの引き出しにしまっておいた宝物を取り出した。
改めて見ても日中撮ったプリクラは正気の沙汰ではなくて、目を閉じて絵画のように美しい渡來と、目を見開いてぶれている明呉はもはや作画が違う。
その残酷なまでの違いにふは、と吹き出すと、丁寧にオルゴールの蓋を拭いてから貼った。あまり主張しないように、端っこに。
しばらくそれを眺めてツルツルした表面を撫でた後、オルゴールの蓋を開けた。
聞いたこともないのに、どうしてか懐かしく思える柔らかなメロディが、体力の限界が近づいている明呉の睡魔をとろとろと増幅させていく。
オルゴールの下に作られている、鍵のかかった小さなスペース。本体を少し揺らすと、中でカコカコと何かがぶつかる音がした。何かが入っている。
真冬の空気を吸って冷え切った錠前部分をそっとなぞる。ここに何が入っているのだろうか。この中にこそ、渡來が隠している心臓の一かけらがあるのではないか。
そうは思ったけれど、やがて指先をそこから離す。きっとまだ、そこに触れる時じゃない。
もう少しだけ自分が覚悟出来たら聞いてみよう。例えば、渡來の世界が終わる来年の八月なんかに。
そう思いながら、明呉はするすると深い眠りの底へと滑り落ちて行った。
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