〚完結〛アポカリプスまで宜しく

狗空堂

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04:取り急ぎその関係で凍らせて

聖夜の更新 4

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 人混みに流されるまま並木道を進んでいくと、一際大きなクリスマスツリーが飾られている広場に出た。夜の闇に向かって目一杯枝葉を伸ばすその姿に、白く輝く電飾がドレスのように巻き付けられている。

 煌々と光るそのツリーの前では、人々が見惚れたり談笑したり写真を撮ったりと、各々自分好みのクリスマスイブを過ごしていた。子供の笑い声、賑やかなクリスマスソング、誰かが誰かを呼ぶ声。どれもが、明呉には馴染の無い光景だった。

「でっ……かいな」
「大きいねえ」
「電気代いくらぐらいかかるんだろう」
「ロマンの欠片もないね」
 はあ、と白い息を吐き出して渡來が笑った。

 時刻は夜二十時を回っている。これから帰ったとて二十一時には間に合わないだろう。
 きっと父親は暴言を吐きながら暴れるに違いない。遊び惚けやがってとか、誰の金で学校に行けてると思ってるんだとか、休日くらい感謝して俺に尽くせとか。
 明日の惨状なんて分かりきっているのに、どうしても帰るとは言い出せない。

 煌々と輝く人工的な灯りは渡來の作り物めいた横顔を美しく照らす。鮮やかな光が作り出す陰影は男の作りの良さをはっきりと周囲に見せつけていた。


「誕生日おめでとう。クリスマスイブに生まれたなんて、明呉はきっとプレゼントなんだね」
「……別に、誰にも望まれてない」
「俺が望むよ、そんで神様だかサンタだかに感謝する。明呉と俺を会わせてくれてありがとうって」

 決して父親や母親に、と言わないあたりが、傷を共有する同士としての慈しみを感じる。十六年前の今日この日、誰かに望まれて生まれてきたと思っていいのだろうか。

 いひ、とイタズラっぽく笑った渡來は、教室で見るよりずっと子供っぽくて俗っぽくて、生きているのに美しく思える。
 完成された故の美ではない。未完成ながらにもがいて、傷つきながらも日々をめいっぱい走り抜けるからこその美だ。生命としての正しい美しさ。

 その生の美を引き出せているのは自分だと――驕ってみてもいいだろうか。誕生日の今日くらい。

「……綺麗だ」
「お、明呉にも情緒あった?」
「うん。今ちょっと、生まれたかも」
「ええ~連れてきた甲斐ありすぎる~」

 ケラケラと笑う渡來の手を握ってみれば、ちょっとびっくりした後に、ふにゃりと笑って握り返してくる。お互い手袋越しだから暖かさなんて碌に分からないはずなのに。悴んだ指先が、くっついて溶けて繋がるような気がした。


「な、お前の誕生日っていつなの?」
「んー? 八月三十一日、二十時三十一分生まれ」
「…………え」
「って、いうのが母親の鉄板ネタ。これで朝の八時三十一分だったらもっと擦られてたかも。ま、分数までは本当か分からないけどね」

 渡來はけらけらと笑って言う。あの女のことだ、ネタになるなら多少の虚構は織り交ぜるに違いないと息子ながら思う。左程こだわりは無いから好きにすればいいと放置していた。

「世界が、滅びる日が。誕生日なのか……」
「そうなるね。すごい偶然」
「最悪じゃないか……」
「そお? あんまり誕生日に拘りないからなあ」


 沢山の人からやってくるメッセージの通知を見る度にため息をついてしまうようになったのは、幾つからだったか。日付を跨いだ瞬間に震えるスマホが煩わしくて、電源を切って寝るようになった。
 祝福の言葉に悪意はないと分かっている。それでも、差し出されるそれらにどうしても素直に喜べない自分が居る。このおめでとうは誰の為なのだろう、と思ってしまう。

 どこまでも行っても交友関係に影が差す。結局最後までは目の前の相手を信用できない。どこまでが本心で、どこからが打算なのか。どこから自分を利用しようとしているのか。

 存外巧妙に隠されている人の心に用心するのはとても疲れる。疲れるから、必要以上に関わることを止めたのだ。欲を出して多くを望んでしまうと必ず痛い目にあうことを、幼い頃から知っていた。

 渡來は他の人間よりも沢山のものを持っていて、その実そこら辺にありふれている当たり前のものが不足している人間だ。
 普通の家庭とか、普通の価値観とか、普通の青春とか。そういうものが足りてない人間は、他と同じようになろうとしたって偽物にしかなれないのだと理解して、諦めているのは渡來もまた同じだった。


「…………じゃ。世界が終わる、その前に。俺にも祝わせてくれ。神様だか仏様だかに、俺も挨拶しておきたい」
「なんて?」

「渡來を留年させてくれてありがとうって」
「それ神様とか仏様とか関係あるかなあ」
「運命ならあるんじゃないか? あの人たちそこら辺が本職だろ、知らんけど」
「雑!」

 笑いながらも渡來は手を握る力を強くする。言葉にはしないが、その痛いくらい握られた指先が雄弁に語っている。親に置いて行かれないように必死でしがみつく子供の様な、幼くて壊れやすいいっぱいいっぱいの感情を。


「……じゃあ、祝ってね。誰よりも一番に」
「ん」

 冬の風が二人の体を冷やしていく。火照った体を冷やして、このちょうど良い心の距離のまま、凍らせてくれれば良いのにと柄にもなく願った。




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