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04:取り急ぎその関係で凍らせて
聖夜の更新 3
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「酷い目に遭った」
盛大なイルミネーションで全てがオレンジ色の光に包まれる人混みの中、げっそりとした顔の明呉はそう呟く。
「楽しかったじゃん。いいお土産出来たし」
「特級呪物って言うんだこれは」
隣を歩く渡來が楽しそうにスマホケースを見せてくる。正しくはスマホケースに仕舞われた小さな写真――所謂プリクラを。
曖昧な空気のまま終わった腹ごなしの後、軽く中華街を散策してからマーケットに移動しようと言い出したのは渡來だった。 陽が落ちようと繁華街に詰めかける人々の熱気は変わらない。そんな人混みをするすると器用に抜けた渡來が足を向けたのは、一際ビカビカと光を放つゲームセンター。
『ここね、男同士でもプリが取れるんだって。行ってみたかったんだ』
渡來はいつも『友達とやってみたかった』『友達と行ってみたかった』と言って、明呉に許可も得ず色んな所へと連れまわす。お前程の交友関係の広さなら、二つ返事で付き合ってくれる奴が居るだろうに。
そう思うけれど、それを口に出すことはしない。本当にそうされたら少し腹立たしいからだ。
『プリ……クラ……?』
ゲーセン自体に疎い明呉にとって、プリクラなんて女子がよく撮ってるものという認識しかない。数百円の高い金を払って、狭い箱の中で写真が撮れる。なぜ? 完全にサービスの価値が分かっていない男を引き摺って、渡來は元気よく店へと突入した。
プリクラ機がずらりと並んでおり、手前にはレンタルできるコスプレ衣装が所狭しとハンガーラックにかかっている。
時間も時間なのでそれ程人はいなかったが、突然やって来たごちゃついた空間に馴染まない美形を見て、ちらほらいた客は殆どがソワソワして視線を寄越してくる。
『へえ、男用のコスプレもあるし、レンタルして外も歩けるんだって。やる?』
『やらん。金ないし、お前がコスプレしたら酷いことになる』
『酷い事って』
『なっただろ、文化祭』
そう、酷いことになった。一年一組が行った縁日にて、ヘアアレンジを施した浴衣姿の渡來がホールに入った瞬間に客が殺到したのだ。
もともとちびっこ向けとして難易度や景品を設定していたのに、詰めかけるお姉さま方のせいで全てが破綻。ただの係員の渡來にサインや写真を求める迷惑客が発生。噂が噂を呼び、最終的には一年三組の前の廊下まで待機列が伸びる始末。
列整備に駆り出された明呉は、その渡來効果の余波を一身に受けた被害者の内の一人だった。
結果、一年一組は花形である飲食物の提供を行っていなかったというのに、栄えある学年賞を頂くことになったのだ。
まだ未練がましそうに男性用のレンタル漢服を眺める渡來を急かして、適当な筐体を選ぶように指示する。明呉は違いが全く分からなかった。
渡來が選んだ箱の中に入り、あちこちから注がれる真っ白なライトに目を焼かれそうになりながら、諸々のオプションを選んで設定していく。
『ほら、カメラあそこ。あっち見てて』
『行くよ~、三、二、一!』
あっという間に始まってしまった撮影会で、狭苦しい無機質な箱の中で明呉は棒立ちのままカメラを見つめる。なにも動けないままシャッターは切られ続ける。
渡來は慣れたもので音が鳴る度にポーズを変えているが、完全なる初心者である明呉はハシビロコウの如く動かずにカメラを睨みつけていた。
『あ、ちょっと、ポーズ取ってよ』
『いや、写真なんて慣れてないし――』
『仕方ないなあ』
『ラスト! 好きなポーズで映ってね』
キイキイした案内音声がカウントダウンを始める。表情筋があまり発達していない明呉にとって、意味もなく笑うというのは大変難しいことであった。
それにポーズと言われたって咄嗟には難しい。画面には様々なポーズを見せてくれる女の子たちが居るが、あれは女の子がやるから可愛いのであって、こんなそこそこデカい音がやってもキツいものがあるのではないか。
羞恥と自意識と不慣れが混ざり合いどうしよう、と思っている間に、ぐいっと腕を引かれて。
『チーズ!』
視界が渡來でいっぱいになる。ガタン、と音を立てて肘が壁にぶつかった。秋越し二度目の柔らかな感触と、それをぶった切るように景気よく聞こえるシャッター音。
明呉の顎を掴んだ渡來は長い睫毛を閉じている。あの日と違って何も彩られていない顔面は、それでも精巧な作りをした彫刻のように美しかった。
キスをしている。それを撮られた。いわゆる、チュープリ。
勿論そんな文化を知らない明呉は、ただただ外に人が居るかもしれない状況でキスをされたことに脳の処理が追い付いていなかった。
明呉が凄まじいことをされたと気づいたのは、隣の落書きスペースに映り手元のモニタに大画面で二人のチュープリが映された時のことだった。
プリントアウトする写真は案の定最後に撮ったチュープリになった。二人で半分にして、渡來は意気揚々とスマホケースに収める。
小さいからよく見ないと分からないが、それを外で出すのはやめて欲しい。意味もなく心臓が冷や冷やする。
「明呉もどっかに貼りなよ。折角撮ったんだから」
「こんな呪物どこに貼るんだよ」
「えー……、大体スマホケースに入れるか、宝物に貼るかかなあ……」
スマホになんて貼れるわけない。物に頓着せず、使えれば何でもいい精神の明呉に宝物という存在はない。だが彼の口から宝物と言われてふと思いついた。
渡來が『明呉だから』という理由で預けてくれた、彼自身の宝物。
「…………宝物」
「ん?」
「お前の、宝物に。貼ってもいいか?」
明呉は脳裏に艶やかなオルゴールを思い浮かべながら言った。あちこちから楽し気なクリスマスソングが流れだしている。マーケットを行き交う人々は、誰もが皆寒そうにしながらも笑顔を浮かべている。
明呉にとってクリスマスという行事は無に等しかった。サンタが本当に北国から来る人であっても、皆が言うように両親であっても、明呉には関係ない事だった。
明呉はいつも悪い子だと言って怒られていたし、プレゼントをくれるような親もいなかった。
だから仕方ない、自分は持たざる人間だから。自分にそう言い聞かせて、十六年間を過ごしてきた。
でも今、明呉の隣には渡來が居て、こんな風に時間を割いて明呉の祝ってくれている。今こうして明呉の為にくれる時間こそが、昔本当は欲しくて堪らなかったものの一つなんだと今更ながらに理解した。
「……貼るの? あれに?」
「ダメだったらいいんだけど……。お前の、宝物だから」
「俺の宝物だけど、それは明呉には関係なくない? もっとちゃんと明呉が大事に思ってるものに貼れば……」
「お前が大事にしている物を、色んな奴の中から俺を選んで預けてくれた。そう信頼してくれたこと自体が、宝物かなって」
言っている途中で、これは随分と重くて恥ずかしい事なのでは? と気づき尻すぼみになっていく。先程踏み込み過ぎず適切な距離を取ろうと思ったのは誰だったか。
「……ううん、すごく嬉しい。貼っておいて。より一層、俺の宝物になる」
でも、ぎゅ、と胸がいっぱいになったような表情で、雪も解けるくらいの甘い声で渡來がそう言うから。
明呉はここまではセーフという事にしよう、と誰かに無意味な言い訳を行いながら、関係値の更新を行った。
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