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04:ふたりぼっち、春は未だ来ず
夜が明けるまで傍に居て 2
しおりを挟む開かずの踏切までの道は細い。少し手前で止めてもらい震える手で金を払ってから、タクシーから転がり落ちるように降りて脇目も振らずに走った。
日付を越えようとしている街は冷酷なまでに静かだ。渡來がコンクリートを踏み鳴らして走る音だけが青白い街に響いていく。
踏切が見える。対岸の警報灯の根元で蹲っている黒い塊が見えた。
「ッ、明呉!!!」
自分でも驚くくらいの大声が出た。渡來の滅多に聞かない大声に、弾かれたように黒い塊が顔を上げる。
赤く照らされるその姿は酷い有様で、渡來は首を引き絞られるような感覚に襲われながら走って対岸まで向かった。
「わ、渡來……」
「大丈夫? っ、」
唇の端が切れている。短い前髪から覗く額は青黒く腫れており、着ているTシャツの襟元には点々と赤いシミが残っていた。
色濃く残る暴力の痕を赤色灯がありありと照らし出す。終始カチカチと健康的な歯が触れ合っている。震えているのだ。
瞳の奥に恐怖と怯えが浮かんでいた。その感情が決してその身に晒された暴力に対してではなく、ただただ友人のものを壊してしまったことに対するものだと分かってしまうのが遣る瀬無かった。
違う、と言いたい。ものなんていつか壊れる、それがたまたま今日だっただけなんだと。それよりも自分が傷ついたことに怖がって怯えていいんだと。
まるで暴力が日常に成り下がってしまっている子供を見て、心の底からそう思った。
「わたらい、ごめん、これ……」
ギクシャクとした動きで差し出される紙袋の中には、引き出しが抜かれた状態のオルゴールが収められてる。外れてしまった蝶番やネジも一つ残らず一緒に入っていた。
「ごめんなさい、渡來の、大事なものなのに……。俺が、隠さないで持ってたから。ごめんなさい……」
明呉はこんなにも小さくなってしまえるのか。いつもは堂々と伸ばされている背筋がか弱く丸まって、青褪めた顔は触れたら崩れて壊れそうだった。
「いいよ、こんなの。いいんだよ……。それより明呉が痛そうだよ」
「こんなの痛くない」
「痛いんだよ」
痛いって言ってよ。何故か渡來の方が縋るように言う。
痛いと認めてほしい。苦しいと助けを求めてほしい。他人の人生に興味を持てない、責任を持てないからといって、自分の全ても自分で背負い込もうとしないでほしい。
そう願ってしまうのは他人ゆえの無責任さからだろうか。それとも。
白くなる程握りしめられた手のひらをそっと開いて、紙袋を受け取る。渡來はその中身に目もくれずに足元に置いて、また明呉に向き直った。少年の顔が歪む。
「……嫌いに、ならないで……」
絞り出すような声だった。多分、初めて明呉が望みを口にした瞬間だった。
お願いをするのはいつも渡來からで、明呉はそれにため息を吐きながらもしっかり付き合ってくれていた。何かやりたいことは、してほしいことはないのと聞く度、少年は澄ました表情で「別に何もいらない」と返してくる。欲がないなあ、なんて、笑っていたけれど。
無欲なわけじゃなかった。他人を羨んでいないわけじゃなかった。
人一倍寂しがりで、人一倍苦しんでいて、でも自分の苦しみや痛みを曝け出すことが相手にとっての苦しみになると知っていたから、全て一人で抱え込んでいたのだ。
「……嫌いになんて、ならないよ。明呉自身が法や倫理に背くことをしてないんだから……。これは、絶対、明呉の罪じゃない」
かつて夜の底で真正面から言ってくれた言葉を、一つ一つなぞるようにして告げる。
自分の過去を他でもない自分の口から明呉に告げたあの日。何一つ変わらなくあってくれた明呉に、渡來がどれ程救われたかきっと知らないだろう。
渡來はずっと苦しんでいた。自分の犯した罪ではないのに、いつだって自分を見る目には隠し切れない好奇の色が滲んでいる。
自分が少しでも何かをやらかせば、「やっぱりあの親の子供だね」と一の間違いを百まで膨らませられる。それが恐ろしくてたまらないから、渡來はずっと人の顔色を窺い誰にも本心を見せないで生きてきた。
そんな中初めて出会った自分の全てを知らない人間。自分を見る目に好奇の色も侮蔑の音も下卑た香りも無かった。だから明呉の隣で息が出来た。
そして、明呉あの日自分の過去を知った後も、呼吸は続けることが出来た。
なら、今は、同じことを明呉に。明呉が分け与えてくれた酸素を今、返すのだ。夜の海で溺れてしまいそうな迷子の子供に。
「……なんで皆、人のものは壊しちゃいけないって、大人なのにわからないんだろうね」
ぎゅう、と力強く抱きしめて明呉の髪の中に顔を埋める。真っ暗闇の渡來の瞼の裏には焼きついて離れない母親の姿があった。
人の男を奪い取ってなお、他の男に目移りをする母親。
自分の悪癖のせいで妻が逃げたというのに、それを全部世界のせいにして八つ当たりを続ける父親。
人の大事なものを奪ってはいけません。
人の大事なものを壊してはいけません。
そういう、小さな頃に教えられるごくごく当たり前のことなのに、渡來と明呉の周りの大人たちは何故かそれが守れない。
きっと渡來と明呉の親たちもまた、かつて渡來と明呉のようだったのだ。昔々にそういう大人を見てきて、それが世界全てだと歪んだ認識をしてしまったから。大人になった今、同じ轍を踏んで自分たちが正しいと思う大人の像と同じことをしている。
みんなみんな子供だ。成長過程でつけられた傷は、大人になっても決して癒えることはなく、むしろ引き伸ばされて大きくなっていく。
「大丈夫、大丈夫だよ……。俺は、明呉を嫌いにならない。俺は全部知ってるから。他のどんな奴より、明呉のことを分かってるから……」
出会って一年も経っていない。人生の途中で突然出会った、普通から弾き飛ばされた者同士。それでも、今この瞬間は、お互いがお互いのことを分かっているのだと慢心したかった。
大人が誰も助けてくれないなら、自分たちで闘うしかないのだ。
「俺たちは子供で、大人にはいつも奪われてばかりだけど……。奪われたその先で明呉に出会えたなら、プラマイゼロだってって思えるくらい、明呉が好きだよ」
「…………お前の人生、チョロすぎるだろ……。そんなん、駄目だ」
「駄目じゃないよ。俺の人生だもん、俺が決めるんだ」
おずおずと背中に手が回される。もう一度力強く抱きしめてやれば、明呉は「うあぁ、」と小さく悲鳴をあげてから、しゃくりあげるように泣き始めた。
明呉から触れてきてくれたのも、明呉が押し殺した本心を露わにしたのも、多分今日が初めてだ。
さっきから遮断機が降りない。もしかしたらもう最終電車が行ってしまったのかもしれない。なら、もうここは誰も通らないだろう。
一日の役目を終え眠りについた踏切は静かで、春特有の生暖かい空気だけが二人の頭を撫でて過ぎ去っていく。
青白い夜の街に、明呉の子供のような嗚咽だけが響いていた。
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