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04:ふたりぼっち、春は未だ来ず
2.夜が明けるまで傍に居て
しおりを挟む顔面を縦横無尽に舐め回される感覚で浅い睡眠から引きずり戻される。そっと目を開けると、愛犬のベチャベチャの鼻先が眼前に迫っていた。
「……おはよぉ、すあま……」
「ぅわふっ」
強烈な目覚ましコールにフカフカの頭を撫でてやると、『起きましたかご主人。ソファで寝るのはいけません』とばかりにふがふがと鼻を鳴らして湿った鼻先を押し付けてくる。
体を起こして時計を見れば、もう二十三時を過ぎていた。今日は明呉と遊んで、年甲斐もなくはしゃぎまくって、クタクタのまま帰ってきたんだっけ。
それで、すあまにご飯をあげて、風呂に入ってから、なんだか今日を終わらせるのがもったいないような気がして、ダラダラと意味もなくテレビを見ながら過ごしていた。そうしている間に寝落ちしていたらしい。
「肩痛~……」
ぐ、と体を伸ばせばバキバキと腰が鳴った。我が家のソファは特注で拘りぬかれた作りだけど、それでも寝るのには適していない。
さっさと部屋に戻るか、と思いながらスマホを手に取れば、ちょうど開いていたアルバムがパッと画面に映し出される。
手のひら二個分くらいあるソフトクリームにかぶりつき、いつも通りの真顔のままこちらに視線をむけピースをする明呉が写っている。
「ふ、ふふふ……。見てすあま、これ。明呉、今日すごくはしゃいでたよ」
出会った当初はカメラを向けても「俺はそういうのいい」「撮る理由が分からない」と言って避けていたし、仮に写ったとしても仏頂面で棒立ちになるくらいしかレパートリーが無かった。
それでも根気強く写真を撮って、見せて思い出に浸ることを繰り返し続けているうちに、明呉のなかで写真を撮る理由を理解し始めたらしい。
最近はカメラに目線をくれて、こんな風にポーズまで取ってくれるようになった。
明呉の中で、確実に何かが変わり始めている。それが伝わってくるのが嬉しいのは何故か、渡來は分かっていても言葉にすることはなかった。
だって渡來はいずれ終わる人間だから。だから、明呉の心に指をかけるなんてそんな、無責任なことは出来なかった。
「これは雲梯に挑戦して挫折してる動画。こっちは博物館に飾られてるゾウアザラシのデカさにビビってるやつ。博物館にして正解だったね、美術館だったら多分あいつ歩きながら寝てたよ」
好奇心を刺激されて目を輝かせる少年は年相応で可愛らしい。スライドする度に出てくるのは明呉の写真ばかりだ。
嬉しそうな渡來を見ていて自分も嬉しいのか、すあまも白い尾をブンブンと振りながら渡來の膝の上に収まっていた。
――ヴーッ。
すあまに画面を見せながら今日撮った写真をスライドして見せていると、不意に画面に通知がポップアップされる。明呉からの電話だった。
珍しい、と思いながらさほど身構えもせずに通話ボタンを押す。明呉の家にはもう父親が帰ってきている時間のはずだ。課題でやり忘れがあったのか、今日のことで何か話があるのか。
いずれにせよ、少し前にバイバイした友人ともう一度話せるのは純粋に嬉しい。少し特別な気さえして浮かれていた。そんな能天気な思考回路はすぐさま粉々に砕かれることになる。
「もしもし? どうしたの、こんな時間に」
『…………』
声をかけても、声が返ってこない。ざらつく空気の音がスピーカーから流れ出している。これはきっと室内ではない。外だ。こんな時間に、外から、わざわざ渡來に電話をして来ている。
「……明呉?」
『……わた、らい』
自分の名前を呼ぶ声が酷く掠れて震えていた。ぞわりと全身が粟立つ。明呉が泣いている。あの明呉が?
あの、世界全部が敵みたいに睨みつけていて、弱い奴から食われていくと信じているから誰にも弱みを見せずに、いつだって全部を隠そうとしている明呉が。
泣いた痕を隠すことも無く、自分の名前を呼んでいる。まるで助けを乞うかのように。
「ねえ待って、明呉、どこにいるの」
『ごめん、俺、ごめん……。お前の、宝物……』
「宝物?」
『……こ、わし、ちゃった』
へう、と過呼吸気味に息を吸い込んだ後、明呉が弱々しく呟く。宝物。渡來は一瞬何のことか分からなかった。
だがその後に続いた『蓋、も、閉まらなくて……。音も、鳴らないんだ』という言葉に、それがようやく自分が明呉に預けたあのオルゴールのことだと思い至った。
『ごめ、ごめんなさい……。俺に預けたから……』
「っ、いい、いいよそんなの、明呉に怪我がないなら、」
『良くない!』
破裂しそうな声がスピーカーを震わせる。悲痛な声だった。重なり続ける懺悔と苦しそうな呼吸、ざらついた春の夜風。
「壊した、じゃ、ないんでしょ」
『………………』
「明呉が、壊したんじゃないんでしょ」
『…………』
壊されたんでしょ。
明呉は何も言わない。でも渡來には薄っすらと分かっていた。
明呉が壊したのではない、明呉は壊されたのだ。いつも壊され続けているのだ。時折ふと瞳に落ちる翳がそれを物語っていた。
「ね、今どこにいるの。そこで待ってて」
『……合わせる顔が無い』
「俺はある。居場所、教えて」
焦りのあまり少し強い口調になってしまっていた。渡來の心は逸っていた。今ここで電話を切ってしまったら、きっと明呉はふらりとどこかへ居ってしまう。
渡來の手の届かない場所。世界が滅亡する前に、明呉という存在が潰えて終わってしまうような気がしたのだ。
だから、どこにも行かないように楔を打たなければ。先程は自分なんかが明呉の心に残ろうとするなんて、と思っていたくせに。今じゃもう、自分の存在でもなんでもいいから、この男の心残りにならなくてはと思っていた。
『俺、は――』
言葉の途中でプアアア、と甲高い音が聞こえた。ついで何かが凄まじい勢いで空気を切り裂いていく音と、鉄の塊がガシャガシャと喚き散らす音。電車の嘶きだ。すぐ近くを電車が通り過ぎて行った。
「……開かずの踏切だね?」
『…………うん』
「繋いでて。タクシー捕まえてすぐ向かうから。喋らなくてもいいから、ずっと通話、繋いでて」
スマホの充電は心もとない。部屋に駆け戻ってモバイルバッテリーと財布をひったくって、部屋着の上から脱ぎ捨てていたコートを羽織った。
「クゥン…………」
「ごめんねすあま、俺ちょっと家出るね。いいこにしてて」
心配そうに足元をウロチョロする愛犬の頭をひと撫ですると、渡來は脇目もふらずに家を飛び出した。
スピーカーにした通話画面から明呉の声は聞こえない。
ただ風に揺らされて騒めく木々の葉の震えが、まるで全てを噛み殺して泣いている明呉の心の声のように聞こえて、心臓が張り裂けそうな程苦しかった。
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