〚完結〛アポカリプスまで宜しく

狗空堂

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05:アポカリプスまであと何秒

1.約束をして

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 新学期が始まり、あっという間に夏休みになった。春休み最終日に見つけたポリ袋のことを、明呉はいまだに渡來に聞けていない。

 マッキーペンで書かれたその二文字があまりにも恐ろしくて、明呉は遠ざけるように勉強机の引き出しの奥の奥へと埋めた。
 これはきっと渡來にとって大事なものであると分かっていても返す気にはなれなかったし、その中身を開けて渡來の臓腑の奥まで暴こうという気にもなれなかった。


 渡來は相変わらず明呉の傍に居る。あの引き出しにあの袋を入れたのが渡來ならば、壊れたオルゴールの部品を全て返した時にそれがない事にとっくに気づいているはずだ。それなのに、何も言ってこない。

 あくまでいつも通りの少し幼い笑顔のまま、学校で話しかけたり一緒に昼を食べたり、明呉のバイト先に遊びにきたり、週末には遊びに誘ったりしてくる。
 そのあまりの変わらなさに、あれは明呉の悪い夢だったのではないかと何度も思った。その度に何度も引き出しをひっくり返して実物を見つけてしまい、何度も首が絞められるような気持ちになる。

 でも、渡來が何も言って来ないから。だから、明呉も勇気が出なくて、おままごとのような日常を続けている。



「夏祭り?」
「うん。去年約束したでしょ」
「したな。ちゃんと空けてる」
「やった! それなら浴衣着ようよ」
「ええ……持ってない」
「店長さんがさ、着てない昔の浴衣持ってるんだって。で、明呉に着て欲しいな~ってずっと言ってるの」
「おい初耳だぞ」

 開かずの踏切の前。いつの間にか明呉以上に喫茶店の店員陣と仲良くなっている渡來は、ポチポチとスマホをいじりながらそんなことを言う。

「いやあほら、俺って人に心開かせるの上手いから」
「その点に関して異論はないが」
「あっ、ほらほら、店長さん良いよって! 着付けもしてくれるって!」
「展開が早すぎるんだ」

 ニコニコした笑顔で差し出されるスマホの画面には、『おめかしは任せて! 張り切っちゃよ!』という賑やかな文面と、グッと親指を出してくる店長そっくりのゆるふわ絵柄の犬のスタンプが送られてきていた。

「えへ、俺も浴衣着ちゃお~。そんでさ、待ち合わせしてデートしようね」
「デートって」
「何食べたい? ベビーカステラは外せないよね。ああいうとこの唐揚げって何でか美味しいし、割高だけどかき氷も定番だな。金魚掬いよりはスーパーボール掬いの方がいいかな、生き物飼うのは無責任だし」
 つらつらと夏祭りのプランを語られて面食らう。渡來の中では浴衣デートは確定事項らしい。

「楽しみだな、俺、ずっと友達と夏祭り行きたかったんだ」
 ごおおお、と通り過ぎていく電車の生ぬるい風に吹かれながら、渡來は踊り出しそうなくらい浮かれた表情で夏祭りのあれこれを想像している。額に浮かんだ汗が流れ落ちてしまいそうで躊躇わずに拭ってやった。
「ん。ありがと」
「分かった分かった、浴衣も着るし祭りにも付き合うよ。店長にお願いする」
「! やった、楽しみ」


 なあ、渡來、遺書って。そう言いかけてやめた。この笑顔を曇らせたくないと思った。聞くなら夏祭りが終わってからにしよう。子供のようにはしゃぐこいつの手綱をしっかり握ってやらないと、と思いながら未だ続く警報の音を聞く。

 入道雲が目に痛いくらい真っ白で、夏の始まりを予感させていた。





△▽△▼△▽△▼△▽△▼△▽△▼△▽△▼△▽△▼△▽△▼△▽△▼△▽△




 当日。本日の予想気温は三十五度越え、引き続き熱帯夜が続きます。お出かけの方は熱中症対策を万全にしてお楽しみください。そんなアナウンサーの言葉がもはや定型文になりつつある八月三日、明呉と渡來は既に人で大混雑している屋台通りを懸命に歩いていた。


「人、多……」
「ここらで一番大きい祭りだからねー」
 予想以上の人の入りにゲンナリしながらも、二人は人混みの中をなんとかかき分けていく。あと数十分で打ち上げ花火が始まるからか、会場の熱気は凄まじい。


 屋台で何種類かの食べ物を買って、それを持って渡來が教えてもらったという穴場スポットに向かおうという話になっていた。
 屋台で食べ物を買うところまではなんとか果たせた。立ち並ぶ屋台で売られている食べ物はみんな美味しそうに見えて、片っ端から買ってしまいたい衝動を必死で抑えて厳選した。
 おかげで、明呉の腕にも渡來の腕にも色々な屋台飯が詰め込まれたビニール袋が下げられている。

 だが、穴場スポットに向かうというタスクが最も難しいのだということを二人は失念していた。
 祭りにはしゃぐ子供を連れた家族たち、二人きりの世界に浸り周りを碌に見ていないカップル、夏休み中の特別な時間に大興奮な様子の小学生の群れ。全員浮かれながらよそ見をして歩いているので、動きが読めず前に進むのも一苦労な状態だ。
 
「明呉~、ついてきてる~?」
「なんとかー」
 そうは返したものの、慣れない下駄の鼻緒が指の股に擦れて痛い。やっぱりそこだけはスニーカーにすれば良かった、と思ったが、キラキラした目で着付けてくれた店長の前では言い出せなかった。

 店長が貸してくれた浴衣は濃紺のシンプルなもので、しかしそれに白の帯を合わせているので夜の中に紛れることはない。明呉の落ち着いた雰囲気によく似合っていた。

 対して渡來は白の花柄という、まず一般男子なら手を出さないような派手な浴衣を身に纏ってていたが、渡來の美術品のような顔立ちはその派手さに負けていない。おかげで道ゆく女性達が目を奪われてはツレとこそこそ囁き合う始末。

 冬の繁華街のようになりませんように、と祈る明呉の手を、するりと渡來の手が捕まえた。
「えっ」
「はぐれちゃいそうだから!」
 少し振り返った渡來が声を張り上げて言う。そう、はぐれないように。理由はたったそれだけだ。それなのに、なぜ明呉の耳は熱くなるのだろうか。
 
 手に汗かいてないといいな、と思いながら、渡來に手を引かれて人混みの中を歩いた。




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