〚完結〛アポカリプスまで宜しく

狗空堂

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05:アポカリプスまであと何秒

2.世界が終わるその夜に

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 夏休みも最終日になった。八月三十一日、要するに渡來が一年と少し前に言った世界滅亡の日だ。

 朝から言いようのない不安に襲われ続け落ち着かなかった明呉は、三十分に一回は必ず渡來にメッセージを送り、こっそりとその安否を確認していた。


『どうだった? ハワイ』
『どうもこうも。物価高いな~しか思えなかった』
『海外だぞ』
『行き慣れちゃうとどうもね』

 ピコン、と音を立てて写真が送られてくる。水平線の向こう側に蕩けて落ちていく夕陽と、そのオレンジ色の光を受けて影になり切り絵のようになったヤシの木たち。紫と青とオレンジが入り混じったその幻想的な空は、決して日本のそこら辺じゃ見ることの出来ない絶景だろう。

 夏祭りが終わった次の週から、渡來は母親にスタッフ要員としてハワイ島への旅行へ連れていかれた。そこで二週間の滞在をしたと言うのだからスケールの違いに驚かされる。
 その後も撮った動画の編集だ、その他の撮影だ、なんてドタバタしているうちにあっという間に最終日になった。明呉の方が休みが多かったくらいかもしれない。

 しばらく店に来なくなった渡來を思って、喫茶店の面々は大層心配した。明呉はこれに「アイツも色々忙しいみたいで。心配ないですよ、すぐフラッと来ます」なんて返したものの、内心はドロドロとした感情が渦巻いていた。

 ハワイの感想を聞くていを装って、しばらく会話を長引かせた。普段滅多にメッセージを送ってこない明呉のこの変わりように、渡來も思うことがあったのだろう。上手くラリーが続くようにパスを出し続けてくれて、あっという間に夜に差し掛かった。



『三者面談した?』
『したー。進路調査表白紙で出しちゃった』
『おい留年生』
『だってー。何も思いつかないんだもん』

 返信されてくる言葉にドキリとする。その言葉に他意はないはずだ。だがどうしてもあの日見つけてしまったポリ袋のことが過ぎる。

 もうそろそろ十九時だ。あと五時間。あと五時間過ぎ去って、それでも渡來がいつも通りに返信をしてくれたら。
 結局世界滅亡論なんて夢物語で、このクソみたいな世界は一つも変わらずに回っていくんだって、二人で笑い飛ばしながらまた日常を始められるはずだ。

『なあ、もしさ、今日で世界が終わらなかったら』
『俺と同じ大学、受けてみないか?』

 祈るような気持ちで指を動かした。答えはイエスでもノーでも構わなかった。ただその未来の話をするだけで救われる何かがあるのだと信じて、縋って、震える指で送信した。

 五分経って、十分経って、既読がつかない。目が乾く程にブルーライトの画面を見つめ続けても、そのトーク画面が動くことは無かった。

 どうして? どうして既読をつけない、返信をしてこない。今までの会話の流れ的に画面を見ていたはずだ。いや、誰かに呼ばれたのかもしれない。編集作業で忙しいと言っていた、その案件で別の人とやり取りをしているのかも。


 頭の中ではそう言い訳を重ねていても、指が震えて口の中が乾いていった。途端に不安で仕方がなくなる。
 そこでようやく、引き出しの奥底に沈めていた例の袋のことを思い出した。


「……い、しょ……」

 あれが渡來が綴ったものとは限らない。そもそも中身が遺書なのかも分からない。あの封を開けることは、きっとそのままそっくり渡來の腹を掻っ捌いて中身を覗き見ることと同義だろう。
 その覚悟があるのか、と遠い昔の自分が問いかけてくる。他者への興味は娯楽だ。明呉は自分の人生だけでも手一杯で、他人の人生なんて背負えるわけなくて。

 それでも。

「っ……!!」

 それでも、知りたいと思った。その全てを背負うことなんて到底出来ないとしても、せめて、肩にのしかかる重荷に耐えきれなくなり蹲る男の傍に寄り添って、苦しくて起き上がれない朝も、全部がどうでも良くなる夜も一緒に越えていきたいと思った。

 世界で一番理解していると言ってくれた優しい男に、俺もお前のことを世界で一番理解しているよと逃げることなく言ってやりたかった。

 それが、男の心についた傷に指を突っ込んでかき混ぜる行為だとしても。その痛み全てが自分のせいになって仕舞えばいいと、願った。



 スマホをひったくって部屋へと駆け込む。机の引き出しを開けて、奥の奥にしまい込んでいたありふれたポリ袋を取り出す。手のひらに収まってしまう程小さなそれは、遺書を収めるには何とも味気なく頼りないものに見えた。

「はあ…………よし」
 深く息を吸って、吐いて。腹を決めた明呉は震える指先で合わせ目を開く。震えで上手く行かず手こずったが、なんとか開いて、中に入っていた数枚のメモ用紙を取り出した。

 カサ、カサリ、と紙が擦れる音と明呉の荒い呼吸だけが部屋に響く。

 三枚目の最後まで読み終わった瞬間。明呉は、それをグシャリと握りしめて脇目も降らずに駆け出した。
 時刻は十九時半を過ぎていた。今から家を出たら、帰ってきた父親の出迎えはできないだろう


 そんなことはどうでもいいと思った。
 今、走らなくては。あの男の庇護を振り払ってでも、明呉が考える人生設計を台無しにしてでも、あの男のところへ行かないと。

 焼け付く喉と頬を伝う水を引きずりながら、自転車の鍵とスマホと財布だけ引っ掴んだ明呉は、転がるように家を飛び出した。





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