もてあそんでくれたお礼に、貴方に最高の餞別を。婚約者さまと、どうかお幸せに。まぁ、幸せになれるものなら......ね?

当麻月菜

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静かに始まる復讐、そして餞別

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 春も近い良く晴れた昼下がり、イルアは賑わう市場街を歩いていた。片腕に籠を下げて。

 籠の中は既にたくさんの食材が入っている。

 チーズにパン。燻製肉をはじめとする酒に合う細々とした食材。それからこの辺りでは高級とされる酒瓶が二本。それらはイルナが歩くたびに、籠の中で小さく揺れ、カタカタと音が鳴る。

 しかし、昼下がりの市場街はたくさんの人で溢れている。活気があり過ぎるこの場所では、小さな物音はイルアの耳に届かない。

 ─── 鮮明に聞こえるのは、街の人々のの噂話だけ。




「それにしてもよぉー、困ったもんだ。あの坊ちゃん、また無断飲食しやがったらしいぞ」
「あー、聞いた聞いた。”俺の領地なんだから、黙って食わせろ”だってさ。けっ、何様なんだか」
「まぁ、一応、次期領主様だからねぇー。めったなことは言えないが、でも弟さんの……確かアルフレッド様だったか?あのお方は、長男より出来が良いって話だから案外、あっちのお方が次の領主様になられるんじゃないか?」
「そうなったら、万々歳だ」
「ま、それもこれも全て、現領主様のお気持ち次第ってか」
「そうだなぁー」

 市場の通り沿いに並べられたテーブルでは、男達がうんざりした顔をしながら愚痴とも噂話ともいえない話を大声でしている。

 そして隣のテーブルでも、似たり寄ったりの話を買い出しに来た主婦であろう婦人たちが語り合っている。

(あらあら、困ったものね)

 イルアは心の中で呟き、ほくそ笑む。

 しかし自分が街のつま弾き者であることは自覚しているので、誰とも目を会わさぬよう意識して視線を下に向けつつ目的の店へと歩く。

 これまで市場に足を向ければ疫病神の如く突き刺さる視線を容赦無く浴びていたのに、今日は誰一人イルアに視線を向けるものはいない。

 皆、ここ最近の次期領主さまの横暴ぶりに辟易しているようだ。そしてその鬱憤を晴らすかのように、彼が居ないところで愚痴を言い合い、風評を流している。 

 ただその中にはイルアとの関係を匂わすようなものは一切耳に入らない。

 おそらくであるが、フレデリックは街でつま弾き者にされている未亡人に手を出したことを誰にも知られたくないのだ。己のプライドを傷付けることになるから。

 または、彼ははなから結婚前の火遊びをしたいと決めていて、交流の薄い自分を選んだのかもしれない。

(ま、どちらでも良いけれど)

 自虐的なことを考えても冷静に受け止めている自分を、イルアはもう驚いたりはしない。フレデリックに向ける愛情はとっくの昔に冷めている。




 賑やかな市場街に、白い花が飾られているのを目にしてイルアは目を細めた。

(長かった......でも、とうとう明日で終わりね)

 フレデリックとの関係は明日で幕を下ろす。

 そのためにイルアはフレデリックの為に、彼が喜びそうな食材を買い求めている。

 正直、懐も痛いし、出したところで彼は品の無い田舎料理だと鼻で笑うだろう。

 それでもイルアは明日自分の元に来るフレデリックの為の準備を惜しまない。


 
 最後の、そして───最高の別れを演出するために。 
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