11 / 16
静かに始まる復讐、そして餞別
3
しおりを挟む
春も近い良く晴れた昼下がり、イルアは賑わう市場街を歩いていた。片腕に籠を下げて。
籠の中は既にたくさんの食材が入っている。
チーズにパン。燻製肉をはじめとする酒に合う細々とした食材。それからこの辺りでは高級とされる酒瓶が二本。それらはイルナが歩くたびに、籠の中で小さく揺れ、カタカタと音が鳴る。
しかし、昼下がりの市場街はたくさんの人で溢れている。活気があり過ぎるこの場所では、小さな物音はイルアの耳に届かない。
─── 鮮明に聞こえるのは、街の人々のとある男の噂話だけ。
「それにしてもよぉー、困ったもんだ。あの坊ちゃん、また無断飲食しやがったらしいぞ」
「あー、聞いた聞いた。”俺の領地なんだから、黙って食わせろ”だってさ。けっ、何様なんだか」
「まぁ、一応、次期領主様だからねぇー。めったなことは言えないが、でも弟さんの……確かアルフレッド様だったか?あのお方は、長男より出来が良いって話だから案外、あっちのお方が次の領主様になられるんじゃないか?」
「そうなったら、万々歳だ」
「ま、それもこれも全て、現領主様のお気持ち次第ってか」
「そうだなぁー」
市場の通り沿いに並べられたテーブルでは、男達がうんざりした顔をしながら愚痴とも噂話ともいえない話を大声でしている。
そして隣のテーブルでも、似たり寄ったりの話を買い出しに来た主婦であろう婦人たちが語り合っている。
(あらあら、困ったものね)
イルアは心の中で呟き、ほくそ笑む。
しかし自分が街のつま弾き者であることは自覚しているので、誰とも目を会わさぬよう意識して視線を下に向けつつ目的の店へと歩く。
これまで市場に足を向ければ疫病神の如く突き刺さる視線を容赦無く浴びていたのに、今日は誰一人イルアに視線を向けるものはいない。
皆、ここ最近の次期領主さまの横暴ぶりに辟易しているようだ。そしてその鬱憤を晴らすかのように、彼が居ないところで愚痴を言い合い、風評を流している。
ただその中にはイルアとの関係を匂わすようなものは一切耳に入らない。
おそらくであるが、フレデリックは街でつま弾き者にされている未亡人に手を出したことを誰にも知られたくないのだ。己のプライドを傷付けることになるから。
または、彼ははなから結婚前の火遊びをしたいと決めていて、交流の薄い自分を選んだのかもしれない。
(ま、どちらでも良いけれど)
自虐的なことを考えても冷静に受け止めている自分を、イルアはもう驚いたりはしない。フレデリックに向ける愛情はとっくの昔に冷めている。
賑やかな市場街に、白い花が飾られているのを目にしてイルアは目を細めた。
(長かった......でも、とうとう明日で終わりね)
フレデリックとの関係は明日で幕を下ろす。
そのためにイルアはフレデリックの為に、彼が喜びそうな食材を買い求めている。
正直、懐も痛いし、出したところで彼は品の無い田舎料理だと鼻で笑うだろう。
それでもイルアは明日自分の元に来るフレデリックの為の準備を惜しまない。
最後の、そして───最高の別れを演出するために。
籠の中は既にたくさんの食材が入っている。
チーズにパン。燻製肉をはじめとする酒に合う細々とした食材。それからこの辺りでは高級とされる酒瓶が二本。それらはイルナが歩くたびに、籠の中で小さく揺れ、カタカタと音が鳴る。
しかし、昼下がりの市場街はたくさんの人で溢れている。活気があり過ぎるこの場所では、小さな物音はイルアの耳に届かない。
─── 鮮明に聞こえるのは、街の人々のとある男の噂話だけ。
「それにしてもよぉー、困ったもんだ。あの坊ちゃん、また無断飲食しやがったらしいぞ」
「あー、聞いた聞いた。”俺の領地なんだから、黙って食わせろ”だってさ。けっ、何様なんだか」
「まぁ、一応、次期領主様だからねぇー。めったなことは言えないが、でも弟さんの……確かアルフレッド様だったか?あのお方は、長男より出来が良いって話だから案外、あっちのお方が次の領主様になられるんじゃないか?」
「そうなったら、万々歳だ」
「ま、それもこれも全て、現領主様のお気持ち次第ってか」
「そうだなぁー」
市場の通り沿いに並べられたテーブルでは、男達がうんざりした顔をしながら愚痴とも噂話ともいえない話を大声でしている。
そして隣のテーブルでも、似たり寄ったりの話を買い出しに来た主婦であろう婦人たちが語り合っている。
(あらあら、困ったものね)
イルアは心の中で呟き、ほくそ笑む。
しかし自分が街のつま弾き者であることは自覚しているので、誰とも目を会わさぬよう意識して視線を下に向けつつ目的の店へと歩く。
これまで市場に足を向ければ疫病神の如く突き刺さる視線を容赦無く浴びていたのに、今日は誰一人イルアに視線を向けるものはいない。
皆、ここ最近の次期領主さまの横暴ぶりに辟易しているようだ。そしてその鬱憤を晴らすかのように、彼が居ないところで愚痴を言い合い、風評を流している。
ただその中にはイルアとの関係を匂わすようなものは一切耳に入らない。
おそらくであるが、フレデリックは街でつま弾き者にされている未亡人に手を出したことを誰にも知られたくないのだ。己のプライドを傷付けることになるから。
または、彼ははなから結婚前の火遊びをしたいと決めていて、交流の薄い自分を選んだのかもしれない。
(ま、どちらでも良いけれど)
自虐的なことを考えても冷静に受け止めている自分を、イルアはもう驚いたりはしない。フレデリックに向ける愛情はとっくの昔に冷めている。
賑やかな市場街に、白い花が飾られているのを目にしてイルアは目を細めた。
(長かった......でも、とうとう明日で終わりね)
フレデリックとの関係は明日で幕を下ろす。
そのためにイルアはフレデリックの為に、彼が喜びそうな食材を買い求めている。
正直、懐も痛いし、出したところで彼は品の無い田舎料理だと鼻で笑うだろう。
それでもイルアは明日自分の元に来るフレデリックの為の準備を惜しまない。
最後の、そして───最高の別れを演出するために。
17
あなたにおすすめの小説
地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
ハイパー王太子殿下の隣はツライよ! ~突然の婚約解消~
緑谷めい
恋愛
私は公爵令嬢ナタリー・ランシス。17歳。
4歳年上の婚約者アルベルト王太子殿下は、超優秀で超絶イケメン!
一応美人の私だけれど、ハイパー王太子殿下の隣はツライものがある。
あれれ、おかしいぞ? ついに自分がゴミに思えてきましたわ!?
王太子殿下の弟、第2王子のロベルト殿下と私は、仲の良い幼馴染。
そのロベルト様の婚約者である隣国のエリーゼ王女と、私の婚約者のアルベルト王太子殿下が、結婚することになった!? よって、私と王太子殿下は、婚約解消してお別れ!? えっ!? 決定ですか? はっ? 一体どういうこと!?
* ハッピーエンドです。
裏切者には神罰を
夜桜
恋愛
幸せな生活は途端に終わりを告げた。
辺境伯令嬢フィリス・クラインは毒殺、暗殺、撲殺、絞殺、刺殺――あらゆる方法で婚約者の伯爵ハンスから命を狙われた。
けれど、フィリスは全てをある能力で神回避していた。
あまりの殺意に復讐を決め、ハンスを逆に地獄へ送る。
第一王子に裏切られた私は意外と身近に転生しました。さぁ復讐を始めましょう……
水城ゆき
恋愛
公爵令嬢のメリアンナは知ってしまった。婚約者である第一王子アストレアが自分の屋敷のメイドであるミレーナにラブレターを送った事を。
憤怒したメリアンナは二人の恋を実らせまいと行動するが、その作戦が上手くいきかけた時。
突然現れたミレーナを見て、思わずアストレアは抱きしめていたメリアンナを突き飛ばした。
メリアンナは階段を転落する事になり、そのまま命を落としてしまう。
しかし次に目覚めた時、メリアンナは第二王子の長女として以前の記憶を保ったまま生まれ変わっていたのだ。
ここからメリアンナの復讐が始まる。
【完結】時戻り令嬢は復讐する
やまぐちこはる
恋愛
ソイスト侯爵令嬢ユートリーと想いあう婚約者ナイジェルス王子との結婚を楽しみにしていた。
しかしナイジェルスが長期の視察に出た数日後、ナイジェルス一行が襲撃された事を知って倒れたユートリーにも魔の手が。
自分の身に何が起きたかユートリーが理解した直後、ユートリーの命もその灯火を消した・・・と思ったが、まるで悪夢を見ていたように目が覚める。
夢だったのか、それともまさか時を遡ったのか?
迷いながらもユートリーは動き出す。
サスペンス要素ありの作品です。
設定は緩いです。
6時と18時の一日2回更新予定で、全80話です、よろしくお願い致します。
10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
【完結】さよなら、馬鹿な王太子殿下
花草青依
恋愛
ビーチェは恋人であるランベルト王太子の傍らで、彼の“婚約破棄宣言”を聞いていた。ランベルトの婚約者であるニナはあっさりと受け入れて去って行った。それを見て、上手く行ったと満足するビーチェ。しかし、彼女の目的はそれだけに留まらず、王宮の平和を大きく乱すものだった。
■主人公は、いわゆる「悪役令嬢もの」の原作ヒロインのポジションの人です
■画像は生成AI (ChatGPT)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる