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静かに始まる復讐、そして餞別
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翌日、フレデリックはいつも通りイルアの家を訪れた。
そしてイルアの手料理を小馬鹿にしながら全て平らげ、イルアが用意した高級酒を「はっ、安酒だな」と貶しながらも、たらふく呑んだ。
当然ながらフレデリックはイルアの身体を求めた。
彼も口に出すことはしないが、今日で最後だということをわかっているのだろう。
いつも以上にイルアを荒く抱き、娼婦以下に扱い、たっぷりと己の自尊心だけを満たした。
「服、用意しろ」
「......はい、すぐに」
かつては情交の後、シーツに包まれながら愛の言葉を囁いていたフレデリックは、もういない。
今では、まるで国王陛下のようになったかのように顎で指図する彼に対して、イルアは微笑みながら頷くだけ。
床に散らばった服のシワを取り、シャツの袖を彼の腕に通し、前ボタンを丁寧にはめる。また床に膝を付き、差し出して来た彼の足に靴を履かせる。
「───じゃあ、行くから」
「はい」
イルアの手で身支度を整えたフレデリックは、短く言い捨てて玄関へと向かう。
早足で向かう彼の背には、イルアに対して未練もなければ、執着も無い。きっと頭の大部分を占めるのは、これから先の婚約者と描く未来のこと。
そんなフレデリックの背中は真っ直ぐ延びていて凛々しさすら感じられる。
しかしその中身はどうなのかといえば、ヘドロよりも汚い何かで埋めつくされているのをイルアは知っている。今の彼の芯となっているのは、イルアの狂言で身に付けた歪んだ自信だけ。
(......でも、ここまで簡単に愚男に育つとは思わなかった)
そうなるように仕向けたイルアであるが、正直、予想以上の結果に驚いている。
確かにイルアは、ずっと彼にとって心地よい言葉を耳に注ぎ込み、彼にとって都合の良い女でいられるよう演じ続けた。
けれど、大の大人が見下している女の言葉をそう簡単に信じられるのかと疑問に思うが、きっとフレデリックはそういう資質があったのだろうと結論付ける。
そして玄関に到着したイルアは、彼の足を止めないよう素早く扉をあけた。
「お気を付けてお帰りください」
深く腰を折ったイルアに、フレデリックは「......ああ」と不明瞭な言葉を吐いて外に出ようとする。
しかし、一歩玄関から庭に足を踏み出した途端、くるりと振り返った。
「あのさぁ」
「......なんでしょう?」
これまで去っていく際に一度も振り返ることなどがなかったフレデリックに、イルアには不思議そうに首をかしげた。
その仕草が気に入らなかったのだろう。フレデリックは露骨にムッとした表情を作り口を開いた。
「お前さぁ、俺がさんざん良い思いをさせてやったのに、最後の最後まで”ありがとう”の言葉はないのかよ」
「......」
(良い思いとは......何?具体的に言ってちょうだい)
喉まで出かけた言葉をイルアは何とか飲み込み、フレデリックの望む言葉を口にする。
「ありがとうございました、フレデリック様」
「ああ。っていうか、そういうのは指摘されて言うもんじゃないけどな」
「さようですね。申し訳ありません」
棒読みにならぬよう精一杯感情を込めた口調で頭を下げれば、フレデリックはふんっと鼻を鳴らしてイルアに背を向けた。
「フレデリック様、どうか婚約者様とお幸せに」
庭を通り抜け、街路に出たフレデリックに、イルアは餞の言葉を贈った。
ただ、すぐにこう付け足す。意地の悪い笑みを浮かべて。
「まぁ、幸せになれるものなら......ね?」
そしてイルアの手料理を小馬鹿にしながら全て平らげ、イルアが用意した高級酒を「はっ、安酒だな」と貶しながらも、たらふく呑んだ。
当然ながらフレデリックはイルアの身体を求めた。
彼も口に出すことはしないが、今日で最後だということをわかっているのだろう。
いつも以上にイルアを荒く抱き、娼婦以下に扱い、たっぷりと己の自尊心だけを満たした。
「服、用意しろ」
「......はい、すぐに」
かつては情交の後、シーツに包まれながら愛の言葉を囁いていたフレデリックは、もういない。
今では、まるで国王陛下のようになったかのように顎で指図する彼に対して、イルアは微笑みながら頷くだけ。
床に散らばった服のシワを取り、シャツの袖を彼の腕に通し、前ボタンを丁寧にはめる。また床に膝を付き、差し出して来た彼の足に靴を履かせる。
「───じゃあ、行くから」
「はい」
イルアの手で身支度を整えたフレデリックは、短く言い捨てて玄関へと向かう。
早足で向かう彼の背には、イルアに対して未練もなければ、執着も無い。きっと頭の大部分を占めるのは、これから先の婚約者と描く未来のこと。
そんなフレデリックの背中は真っ直ぐ延びていて凛々しさすら感じられる。
しかしその中身はどうなのかといえば、ヘドロよりも汚い何かで埋めつくされているのをイルアは知っている。今の彼の芯となっているのは、イルアの狂言で身に付けた歪んだ自信だけ。
(......でも、ここまで簡単に愚男に育つとは思わなかった)
そうなるように仕向けたイルアであるが、正直、予想以上の結果に驚いている。
確かにイルアは、ずっと彼にとって心地よい言葉を耳に注ぎ込み、彼にとって都合の良い女でいられるよう演じ続けた。
けれど、大の大人が見下している女の言葉をそう簡単に信じられるのかと疑問に思うが、きっとフレデリックはそういう資質があったのだろうと結論付ける。
そして玄関に到着したイルアは、彼の足を止めないよう素早く扉をあけた。
「お気を付けてお帰りください」
深く腰を折ったイルアに、フレデリックは「......ああ」と不明瞭な言葉を吐いて外に出ようとする。
しかし、一歩玄関から庭に足を踏み出した途端、くるりと振り返った。
「あのさぁ」
「......なんでしょう?」
これまで去っていく際に一度も振り返ることなどがなかったフレデリックに、イルアには不思議そうに首をかしげた。
その仕草が気に入らなかったのだろう。フレデリックは露骨にムッとした表情を作り口を開いた。
「お前さぁ、俺がさんざん良い思いをさせてやったのに、最後の最後まで”ありがとう”の言葉はないのかよ」
「......」
(良い思いとは......何?具体的に言ってちょうだい)
喉まで出かけた言葉をイルアは何とか飲み込み、フレデリックの望む言葉を口にする。
「ありがとうございました、フレデリック様」
「ああ。っていうか、そういうのは指摘されて言うもんじゃないけどな」
「さようですね。申し訳ありません」
棒読みにならぬよう精一杯感情を込めた口調で頭を下げれば、フレデリックはふんっと鼻を鳴らしてイルアに背を向けた。
「フレデリック様、どうか婚約者様とお幸せに」
庭を通り抜け、街路に出たフレデリックに、イルアは餞の言葉を贈った。
ただ、すぐにこう付け足す。意地の悪い笑みを浮かべて。
「まぁ、幸せになれるものなら......ね?」
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