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”待て”を強いられる王子と、換気をお願いする従者
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しばらくの間カイロスは、毛布をすっぽり被って微動だにしないアンナの様子を見守っていた。
しかし欲求には勝てず、そっと毛布をめくる。
てっきり半目で睨まれると思いきや、彼女はくうくうと規則正しい寝息を立てていた。
「おやすみ、アンナ」
起こさぬよう細心の注意を払って毛布を整えたカイロスは、そのまま向日葵色の髪に触れる。しかしすぐに手を放した。
柔らかくしっとりとした感触は、今のカイロスには毒だった。
相手は体調を崩している。欲望をぶつけるべき相手ではない。
いや、それ以前に彼女は仮初めの恋人だ。口説かれたとか、喰われたとか、二人の関係を親密にするための嘘は散々吐いてきたが、実際は気軽に触れてはいけない存在なのだ。
「……また、明日……な?」
答えなど期待はしていない。
でも、カイロスはこれ以上ないほど優しい声音でアンナに問いかけてから、そっと窓から庭に出た。
人目につかない場所を選んで校舎に戻るカイロスの頭の中は、焦れた想いでいっぱいである。
「……っくそ……地獄だ」
気品ある顔からは、想像もできないほど汚い言葉が零れる。
そして言葉にしてみると、自分が思っている以上に苛立っていることに気付き、カイロスは視界に入った柵を力任せに蹴っ飛ばした。
カイロスがアンナに契約を持ちかけたのは、たまたまではない。
アンナだから選んだのだ。
今は田舎貴族となったロフェンス家であるが、もとは王都に大きな屋敷を構える名のある貴族であり、国王と謁見できる身分だった。
そしてロフェンス家当主ガルド・ロフェンスは、出自に影が有り周りから疎まれていたカイロスをずっと気にかけてくれていた。
その流れで、娘であるアンナはカイロスの婚約者に選ばれた。候補ではなく、確定の婚約者に。
ただそれは公に発表される前に白紙になった。当時10歳になったばかりのカイロスの失言によって。
とはいえ、その時口にした言葉に悪意など無かった。
むしろ自分の生い立ちを詳しく知っているのにも関わらず、自分の娘を妻にと言ってくれたガルドに向けての感謝の言葉のはずだった。
でも結果としてカイロスの失言は自分のあずかり知らぬところで大事となり、とばっちりを受けたロフェンス家は王都追放の処分を受けてしまった。
結果としてアンナとの婚約は白紙になった。
それから長い年月の間、カイロスはこのことをずっと悔やみ続けた。何とかロフェンス家の名誉を回復したいと尽力した。
しかし王族であってもカイロスは成人前の子供に過ぎず、できることなどたかが知れていた。
そんな中、アンナがクランラード学園に入学すると知って、カイロスは再び運命の歯車が動き始めたのを感じた。彼女の入学式の前日は、少年みたいに心が躍って眠ることができなかった。
いざ彼女の姿を目に映した時、笑ってしまうほど胸が高鳴った。幼少の頃のアンナは幾度が見たことがあるが、想像していたよりもとても可愛らしくて。
でも、もう一つ気付いてしまった。自分は彼女の家族を陥れた悪者でしかないと。
そう思ったらカイロスは情けなくも、怖くてアンナに近付くことができなかった。
夏の輝きを全部集めたような彼女から、口汚く罵られることが恐ろしかった。
だからカイロスは極力アンナの視界に入らないよう、でも彼女に危険が及ばぬよう根回しをしながら学園生活を送ることを選んだ。
しかし欲求には勝てず、そっと毛布をめくる。
てっきり半目で睨まれると思いきや、彼女はくうくうと規則正しい寝息を立てていた。
「おやすみ、アンナ」
起こさぬよう細心の注意を払って毛布を整えたカイロスは、そのまま向日葵色の髪に触れる。しかしすぐに手を放した。
柔らかくしっとりとした感触は、今のカイロスには毒だった。
相手は体調を崩している。欲望をぶつけるべき相手ではない。
いや、それ以前に彼女は仮初めの恋人だ。口説かれたとか、喰われたとか、二人の関係を親密にするための嘘は散々吐いてきたが、実際は気軽に触れてはいけない存在なのだ。
「……また、明日……な?」
答えなど期待はしていない。
でも、カイロスはこれ以上ないほど優しい声音でアンナに問いかけてから、そっと窓から庭に出た。
人目につかない場所を選んで校舎に戻るカイロスの頭の中は、焦れた想いでいっぱいである。
「……っくそ……地獄だ」
気品ある顔からは、想像もできないほど汚い言葉が零れる。
そして言葉にしてみると、自分が思っている以上に苛立っていることに気付き、カイロスは視界に入った柵を力任せに蹴っ飛ばした。
カイロスがアンナに契約を持ちかけたのは、たまたまではない。
アンナだから選んだのだ。
今は田舎貴族となったロフェンス家であるが、もとは王都に大きな屋敷を構える名のある貴族であり、国王と謁見できる身分だった。
そしてロフェンス家当主ガルド・ロフェンスは、出自に影が有り周りから疎まれていたカイロスをずっと気にかけてくれていた。
その流れで、娘であるアンナはカイロスの婚約者に選ばれた。候補ではなく、確定の婚約者に。
ただそれは公に発表される前に白紙になった。当時10歳になったばかりのカイロスの失言によって。
とはいえ、その時口にした言葉に悪意など無かった。
むしろ自分の生い立ちを詳しく知っているのにも関わらず、自分の娘を妻にと言ってくれたガルドに向けての感謝の言葉のはずだった。
でも結果としてカイロスの失言は自分のあずかり知らぬところで大事となり、とばっちりを受けたロフェンス家は王都追放の処分を受けてしまった。
結果としてアンナとの婚約は白紙になった。
それから長い年月の間、カイロスはこのことをずっと悔やみ続けた。何とかロフェンス家の名誉を回復したいと尽力した。
しかし王族であってもカイロスは成人前の子供に過ぎず、できることなどたかが知れていた。
そんな中、アンナがクランラード学園に入学すると知って、カイロスは再び運命の歯車が動き始めたのを感じた。彼女の入学式の前日は、少年みたいに心が躍って眠ることができなかった。
いざ彼女の姿を目に映した時、笑ってしまうほど胸が高鳴った。幼少の頃のアンナは幾度が見たことがあるが、想像していたよりもとても可愛らしくて。
でも、もう一つ気付いてしまった。自分は彼女の家族を陥れた悪者でしかないと。
そう思ったらカイロスは情けなくも、怖くてアンナに近付くことができなかった。
夏の輝きを全部集めたような彼女から、口汚く罵られることが恐ろしかった。
だからカイロスは極力アンナの視界に入らないよう、でも彼女に危険が及ばぬよう根回しをしながら学園生活を送ることを選んだ。
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