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旅路と再会の章
望まぬ再会②
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情けない声をあげてもファルファラは、ここから動くことはしない。
なぜなら、自分が室外に逃げてしまえば交渉決裂になってしまうから。
でも心はもう廊下を全力疾走している。
(……あぁ、こっそり幻影魔法を使って退席しちゃおうかな。それとも暗転魔法を使って、しばらく姿を隠すのも……アリ?)
実に魔術師らしい逃げの方法である。
だが、魔法を発動させる瞬間に気付かれるかもしれない。そうなったら終わりだ。
「あのねぇ………お嬢ちゃん。取って食ったりしないからちょっとは落ち着いておくれ。気になって、コイツに強請れないじゃないか」
「ひぇ……ご、ごめんなさい。ごめんなさいっ」
そこまで謝ることじゃないのかもしれない。
だが、鋭い目つきでローズベリーに凄まれてしまえば、ファルファラは魔法の言葉を紡ぐことしかできない。むしろ謝って済むなら安いものだ。そこに<慧眼の魔術師>のプライドは無い。
だが隣に座っているグロッソは、我慢ならないようで研ぎ澄まされた刃のように眼光を鋭くする。
「ローズベリー、この方にちょっかいを出すのはやめろ。本当にここを破壊するぞ」
「あーら、あらあらあら、あーらぁ………それは怖いねぇ」
ニヤリと笑うローズベリーは、ちっとも怖くなさそうだ。その度胸に憧れを抱くが、今はそれよりこのやり取りを終えて欲しい。
そんな気持ちが限界に来たファルファラは、大変珍しいことに自分から口を開いた。
「ロ、ロ、ロ、ロ、ローズベリーさん、は、反呪勾玉の情報料ですが、あっあの……わ、わ、私が言い値で払いますから……お、教えてくださいっ。この通りです!!」
「お嬢!」
「ファ……いや、ルラ!!」
なんか聞き馴染みの無い名前で呼ばれたが、どうでも良い。
とにかく聞きたいことを聞いて、早々に馬車に戻りたいファルファラはブルブル震えながらも、ローズベリーにさあさあと迫る。
そうすれば、ローズベリーは豪快に笑った。
「あははっ、はははっあははは!あんた底なしの臆病者かと思ったら、案外、度胸があるんだね。面白い子だ」
ゲラゲラと笑うローズベリーは、途中で苦しそうにひぃひぃと息継ぎする。
「忠告はしたはずだ」
低い声でそう言うと、グロッソが腰に差している剣に手を添えた。
それでもローズベリーは、グロッソとラバンの冷たい視線を受けながら笑い転げていた。
ーー数分後。幸いなことに、ルンタ村は現存している。
ローズベリーも生きている。あと、笑いもようやっと止まった。
「あー笑った、笑った。………さて、と。本題にはいるけど、今回の交渉は互いの利になる交換条件ってことさ。うちの新人を、ちょいと北方関所近くの村まで運んでやってくれ。その間に反呪勾玉のことをソイツに聞くといい。見た目は頼りないけど、そっちの方の知識はナラルータ国で一番だからね」
ローズベリーは一方的に言い放つと、口を挟む間もなく手をパンパンと打ち鳴らして「おいで!」とカーテンの奥に向かって声をかける。
すぐにカーテンが揺れ、一人のローブ姿の青年が姿を現した。
「お初にお目にかかります。ヘリクサム・ネラと申します。今回、私の輸送を引き受けていただきありがとうございます。それと私の知識がお役に立つなら光栄です」
フードを外してヘリクサム・ネラはグロッソに頭を下げた。襟足まで伸びた赤毛が揺れる。顔を上げたヘリクサムの瞳は真冬の空のような灰色だった。
そんな彼にグロッソは「こちらこそ」と言って軽く会釈をした。
一方その頃、ファルファラはーー
「……ど、どうして……嘘……どうして」
急遽、旅に加わることになった青年を見つめ、ぎゅっとラバンの腕にしがみつく。尋常じゃないほど自分の身体が震えているがわかるが止められない。
ラバンが心配そうに何か囁く。でもズキンズキンとこめかみが痛んで上手く聞き取れない。
(ねえ、どうして!どうして、あなたがこんなところにいるの!?)
ファルファラは心の中で叫んだ。
目の前にもう二度と会うことは無い人間が立っている事実を受け入れたくなくて、頭がグラグラと揺れる。
ヘリクサム・ネラ。
彼は一番最初にファルファラの涙をぬぐってくれた人。
ファルファラに恋心を教えてくれた人。
かつて、惜しみない愛を注いでくれた人。
そう。この赤髪のヘリクサム・ネラは、ファルファラが大失恋した相手ーー元婚約者だった。
なぜなら、自分が室外に逃げてしまえば交渉決裂になってしまうから。
でも心はもう廊下を全力疾走している。
(……あぁ、こっそり幻影魔法を使って退席しちゃおうかな。それとも暗転魔法を使って、しばらく姿を隠すのも……アリ?)
実に魔術師らしい逃げの方法である。
だが、魔法を発動させる瞬間に気付かれるかもしれない。そうなったら終わりだ。
「あのねぇ………お嬢ちゃん。取って食ったりしないからちょっとは落ち着いておくれ。気になって、コイツに強請れないじゃないか」
「ひぇ……ご、ごめんなさい。ごめんなさいっ」
そこまで謝ることじゃないのかもしれない。
だが、鋭い目つきでローズベリーに凄まれてしまえば、ファルファラは魔法の言葉を紡ぐことしかできない。むしろ謝って済むなら安いものだ。そこに<慧眼の魔術師>のプライドは無い。
だが隣に座っているグロッソは、我慢ならないようで研ぎ澄まされた刃のように眼光を鋭くする。
「ローズベリー、この方にちょっかいを出すのはやめろ。本当にここを破壊するぞ」
「あーら、あらあらあら、あーらぁ………それは怖いねぇ」
ニヤリと笑うローズベリーは、ちっとも怖くなさそうだ。その度胸に憧れを抱くが、今はそれよりこのやり取りを終えて欲しい。
そんな気持ちが限界に来たファルファラは、大変珍しいことに自分から口を開いた。
「ロ、ロ、ロ、ロ、ローズベリーさん、は、反呪勾玉の情報料ですが、あっあの……わ、わ、私が言い値で払いますから……お、教えてくださいっ。この通りです!!」
「お嬢!」
「ファ……いや、ルラ!!」
なんか聞き馴染みの無い名前で呼ばれたが、どうでも良い。
とにかく聞きたいことを聞いて、早々に馬車に戻りたいファルファラはブルブル震えながらも、ローズベリーにさあさあと迫る。
そうすれば、ローズベリーは豪快に笑った。
「あははっ、はははっあははは!あんた底なしの臆病者かと思ったら、案外、度胸があるんだね。面白い子だ」
ゲラゲラと笑うローズベリーは、途中で苦しそうにひぃひぃと息継ぎする。
「忠告はしたはずだ」
低い声でそう言うと、グロッソが腰に差している剣に手を添えた。
それでもローズベリーは、グロッソとラバンの冷たい視線を受けながら笑い転げていた。
ーー数分後。幸いなことに、ルンタ村は現存している。
ローズベリーも生きている。あと、笑いもようやっと止まった。
「あー笑った、笑った。………さて、と。本題にはいるけど、今回の交渉は互いの利になる交換条件ってことさ。うちの新人を、ちょいと北方関所近くの村まで運んでやってくれ。その間に反呪勾玉のことをソイツに聞くといい。見た目は頼りないけど、そっちの方の知識はナラルータ国で一番だからね」
ローズベリーは一方的に言い放つと、口を挟む間もなく手をパンパンと打ち鳴らして「おいで!」とカーテンの奥に向かって声をかける。
すぐにカーテンが揺れ、一人のローブ姿の青年が姿を現した。
「お初にお目にかかります。ヘリクサム・ネラと申します。今回、私の輸送を引き受けていただきありがとうございます。それと私の知識がお役に立つなら光栄です」
フードを外してヘリクサム・ネラはグロッソに頭を下げた。襟足まで伸びた赤毛が揺れる。顔を上げたヘリクサムの瞳は真冬の空のような灰色だった。
そんな彼にグロッソは「こちらこそ」と言って軽く会釈をした。
一方その頃、ファルファラはーー
「……ど、どうして……嘘……どうして」
急遽、旅に加わることになった青年を見つめ、ぎゅっとラバンの腕にしがみつく。尋常じゃないほど自分の身体が震えているがわかるが止められない。
ラバンが心配そうに何か囁く。でもズキンズキンとこめかみが痛んで上手く聞き取れない。
(ねえ、どうして!どうして、あなたがこんなところにいるの!?)
ファルファラは心の中で叫んだ。
目の前にもう二度と会うことは無い人間が立っている事実を受け入れたくなくて、頭がグラグラと揺れる。
ヘリクサム・ネラ。
彼は一番最初にファルファラの涙をぬぐってくれた人。
ファルファラに恋心を教えてくれた人。
かつて、惜しみない愛を注いでくれた人。
そう。この赤髪のヘリクサム・ネラは、ファルファラが大失恋した相手ーー元婚約者だった。
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