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温室に掛かる虹の橋(出所は父の吹いたお茶)
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ウェルド・アリガは東の領地を治める辺境伯爵の次男坊である。
そしてつい先日のこと、家督を継いだばかりのウェルドの兄サリエドが病に倒れたのだ。
(つまり……お姉さまは、ウェルドがサリエド様に代わり当主になると思っているのね)
ティスタは心の中でそう呟くと、誰にも気づかれぬよう小さく息を吐く。
ここ数年、ヴァネッサのお見合い相手は、伯爵令嬢という立場だけを考えると相当格下の者ばかりだった。
裕福な商人や子爵家や男爵家のご令息(ただし、長男ではない)がほとんどで、稀にそれなりの爵位を持っていたとしても、かなり年上のしかも離婚歴のある悪評高い男性ばかり。
それでもヴァネッサを妻にしようと思ってくれるだけありがたいし、せっせとお見合い話をもぎ取って来てくれる父はある意味人望があるのだと感心する。
しかし、自己評価が天より高いヴァネッサのお眼鏡にかなうことは無かった。
見合いの席でさんざん相手の男をこけおろし、たとえ自分より年長者であっても平然と罵倒し、一生消えない心の傷を与えて終わるのが常だった。
そういった現状の中で、どんな手段で情報を入手したのかわからないが、ヴァネッサは辺境伯爵夫人の切符が手に入る可能性を見つけたのだ。
しかしサリエドの病のことは、両親ですら知らないはずだった。
けれどあの姉のこと、誰かの弱みを握るスキルだけはやたらと高い。きっとそれらの人々を伝手にして情報を入手したのだろう。これはもう犯罪の域に達している。
「……怖っ」
ぞくりと悪寒が全身に走り、ティスタは思わず二の腕をさすった。
とはいえ、その情報は少々古いもの。
常にウェルドから出来立てほやほやの近況報告を聞いているティスタは、彼との婚約を諦めさせる新情報をちゃんと持っていたりする。
「─── ねえ、お姉さま」
「何?」
無邪気にティスタが話しかけた途端、ヴァネッサは鬱陶し気に返事をした。
それだけで心が折れそうになるティスタであったが、必死に勇気をかき集めて再び口を開く。
「ウェルドのお兄様が先日病に倒れたんですけれど」
「知っているわよ、そんなこと」
いけしゃあしゃあと言い切ったヴァネッサに、ティスタは思わず乾いた笑いが出そうになった。
だが、慌ててお茶を飲むことで喉までせり上がった笑いを押し戻す。そして再び口を開きた。ヴァネッサの目を見ないようにして。
「そ、そうですわよね。失礼しましたわ。……で、実は、そのお話に続きがあって、サリエド様はもう回復されたそうなんです。単なる風邪だったのですが、滋養に良いとされるちょっと黒ずんだご当地トマトを絞ったジュースを飲んでいる時に咽てしまって、ごほごほしているところを使用人の誰かが吐血と勘違いしてしまったそうなんです。───……ちなみにサリエド様はもう元気で、害獣のクマを三頭仕留めたと仰っておりましたわ」
ティスタが言い終えた瞬間のヴァネッサの顔は見ものだった。
「……あ、あら。それも、知っていたわ」
引きつった顔をなんとか隠そうと醜悪な顔になったヴァネッサに、ティスタは再び無邪気な笑みを浮かべて「そうですか」と頷いた。
そしてつい先日のこと、家督を継いだばかりのウェルドの兄サリエドが病に倒れたのだ。
(つまり……お姉さまは、ウェルドがサリエド様に代わり当主になると思っているのね)
ティスタは心の中でそう呟くと、誰にも気づかれぬよう小さく息を吐く。
ここ数年、ヴァネッサのお見合い相手は、伯爵令嬢という立場だけを考えると相当格下の者ばかりだった。
裕福な商人や子爵家や男爵家のご令息(ただし、長男ではない)がほとんどで、稀にそれなりの爵位を持っていたとしても、かなり年上のしかも離婚歴のある悪評高い男性ばかり。
それでもヴァネッサを妻にしようと思ってくれるだけありがたいし、せっせとお見合い話をもぎ取って来てくれる父はある意味人望があるのだと感心する。
しかし、自己評価が天より高いヴァネッサのお眼鏡にかなうことは無かった。
見合いの席でさんざん相手の男をこけおろし、たとえ自分より年長者であっても平然と罵倒し、一生消えない心の傷を与えて終わるのが常だった。
そういった現状の中で、どんな手段で情報を入手したのかわからないが、ヴァネッサは辺境伯爵夫人の切符が手に入る可能性を見つけたのだ。
しかしサリエドの病のことは、両親ですら知らないはずだった。
けれどあの姉のこと、誰かの弱みを握るスキルだけはやたらと高い。きっとそれらの人々を伝手にして情報を入手したのだろう。これはもう犯罪の域に達している。
「……怖っ」
ぞくりと悪寒が全身に走り、ティスタは思わず二の腕をさすった。
とはいえ、その情報は少々古いもの。
常にウェルドから出来立てほやほやの近況報告を聞いているティスタは、彼との婚約を諦めさせる新情報をちゃんと持っていたりする。
「─── ねえ、お姉さま」
「何?」
無邪気にティスタが話しかけた途端、ヴァネッサは鬱陶し気に返事をした。
それだけで心が折れそうになるティスタであったが、必死に勇気をかき集めて再び口を開く。
「ウェルドのお兄様が先日病に倒れたんですけれど」
「知っているわよ、そんなこと」
いけしゃあしゃあと言い切ったヴァネッサに、ティスタは思わず乾いた笑いが出そうになった。
だが、慌ててお茶を飲むことで喉までせり上がった笑いを押し戻す。そして再び口を開きた。ヴァネッサの目を見ないようにして。
「そ、そうですわよね。失礼しましたわ。……で、実は、そのお話に続きがあって、サリエド様はもう回復されたそうなんです。単なる風邪だったのですが、滋養に良いとされるちょっと黒ずんだご当地トマトを絞ったジュースを飲んでいる時に咽てしまって、ごほごほしているところを使用人の誰かが吐血と勘違いしてしまったそうなんです。───……ちなみにサリエド様はもう元気で、害獣のクマを三頭仕留めたと仰っておりましたわ」
ティスタが言い終えた瞬間のヴァネッサの顔は見ものだった。
「……あ、あら。それも、知っていたわ」
引きつった顔をなんとか隠そうと醜悪な顔になったヴァネッサに、ティスタは再び無邪気な笑みを浮かべて「そうですか」と頷いた。
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