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第2章 前世の私の過ちと、今世の貴方のぬくもり
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「あのっ、怒ってないです。ぜんぜん怒ってないですわ、わたくし!これっぽっちも!」
もがくことを諦めたフェリシアは、誤解を解こうと懸命に釈明する。それが功をなしたのか、抱きしめられている腕がほんの少し緩んだ。
「……本当かい?」
「はい!」
「泣いてもいなかったかい?」
「もちろんですわ」
「妬いてもいないのかい?」
「当然です!」
活路を見出したフェリシアが必死に頷き続けていると、イクセルは「はぁー」と長い長いため息を吐いた。
「それは残念。嫉妬で泣かせてみたかったのに」
「はい!?」
聞き捨てならないイクセルの言葉に、フェリシアは首を捻って彼をにらむ。
「わたくしは身の程をわきまえております」
「わかってる、わかってる」
本気で怒り始めたフェリシアに気づいたイクセルは、パッと両腕を離す。すかさずフェリシアは3歩距離を取る。
大きく深呼吸をして、ざわめく心を落ち着かせる。乱れたライムゴールド色の髪を整え、頬に集まった熱が散ったのを確認してから、フェリシアはコホンと小さく咳ばらいをして口を開いた。
「お願いします。こういうからかいは、今後はお控えください」
このままでは心臓がもたない。それに思わせぶりなイクセルの態度に、万が一自分がもう一度恋をしてしまったらどう責任を取ってくれるのか。
「……振り回すにしても、限度がございます」
毅然として言わなければいけなかったのに、フェリシアの声音は掠れ、無様なほど震えていた。
それに驚いたのだろう。余裕があったイクセルの表情が変わった。
「わかった」
「わたくしに言うことはそれだけですか?」
「……すまなかった」
少しの沈黙を置いて、イクセルは頭を下げた。
「仕方ないですね、今回だけは特別に許して差し上げます」
わざと明るい声を出して、フェリシアはこの部屋の空気を変える。そして、イクセルの腕を引っ張って、机に連れていく。
警護隊の隊長様なら、”ごめん”で済むわけがないことくらいわかっているはずだ。
「では、イクセル様。しっかり休憩も取ったことですし、続きを頑張りましょう。わたくしはディオーナ様達と昼食をとって参ります」
「私抜きでか?」
「ええ。食事を取りたいなら、この書類の山だけでも片づけてくださいね」
「なんだか警護隊の養成アカデミー時代を思い出すな」
苦い顔をするイクセルに、フェリシアは強引にペンを握らせ、ニッコリと微笑む。
食事抜きで仕事をしろなど、酷なことを言っているのはわかっている。でも、あれくらいのことをしたのだから、この程度の仕返しは許されるはずだ。きっと。
「無理だと思っても一つ一つ片づけていけば、いつかは終わりが来ますよ」
前世の経験談をフェリシアが語ると、書類に目を通し始めたイクセルが、びっくりしたようにこちらを見た。
「本当に貴女はセーデル家の箱入り令嬢フェリシアか?まるで別人みたいだ」
「っ!……え?あはっ、あははっ。褒めてもらって、照れちゃいますわ」
調子に乗って、前世の井上莉子キャラを全開にしてしまったフェリシアは、焦って馬鹿なフリをする。
「気のせいか。すまない、少し疲れているようだった」
あっさり納得してくれてなによりだけれど、イクセルの目に映る自分がどんな人間かわかって、なんだかしょっぱい。
「休息を取ることは許可してあげますよ。だから頑張ってくださいね」
長居するとまたボロを出しそうな予感がして、フェリシアはそう言い捨てると、そそくさと執務室を後にする。
それから昼食を食べたフェリシアは、イクセルの仕事の邪魔にならぬよう図書室で時間を潰して別荘に帰宅した。
*
──夕刻。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
出迎えてくれたモネに変わりはないかと尋ね、特に何もないことに安堵したフェリシアは自室に向かう。
部屋の扉を開けた瞬間、目を丸くした。
「……まぁ」
白を基調とした部屋には、色とりどりの花が飾られていた。
むせかえるような甘い香りの中、フェリシアは文机の前に立つ。机の上には抱えきれないほど大きな花束があった。花の隙間に、メッセージカードが挟んである。
=============
一つ一つ片づけたところ
無事に、書類を捌き終えました
鬼教官に、敬意と感謝を。
イクセル・アベンス
=============
ちょっと待って。年頃の女性に向けて、「鬼教官」はないだろう。なんて失礼なっ。
そんなふうに憤慨しつつも、フェリシアの口元は緩んでしまう。
「もうっ、あはっ……ふふっ」
まかり間違っても、これは婚約者同士のやり取りではない。
でも気の置けない友人みたいなイクセルの対応に、フェリシアは抵抗なくこの花たちを受け入れることができる。
「あと一か月。頑張りますか」
緊張続きの毎日で、ちょっと心がお疲れ気味だったけれど、やる気と元気をもらった。それに明後日、砦に行くのがほんの少し楽しみだ。
執務室は綺麗に片付いているのだろうか。そして、彼はどんな顔をして、自分を迎えるのだろうか。
なんとなくイクセルとの距離感を掴めたフェリシアは、明後日に向けしっかりと食事と睡眠を取ることにした。
しかし、そのやる気と元気は、二人の間に大きな変化をもたらすことになる。
もがくことを諦めたフェリシアは、誤解を解こうと懸命に釈明する。それが功をなしたのか、抱きしめられている腕がほんの少し緩んだ。
「……本当かい?」
「はい!」
「泣いてもいなかったかい?」
「もちろんですわ」
「妬いてもいないのかい?」
「当然です!」
活路を見出したフェリシアが必死に頷き続けていると、イクセルは「はぁー」と長い長いため息を吐いた。
「それは残念。嫉妬で泣かせてみたかったのに」
「はい!?」
聞き捨てならないイクセルの言葉に、フェリシアは首を捻って彼をにらむ。
「わたくしは身の程をわきまえております」
「わかってる、わかってる」
本気で怒り始めたフェリシアに気づいたイクセルは、パッと両腕を離す。すかさずフェリシアは3歩距離を取る。
大きく深呼吸をして、ざわめく心を落ち着かせる。乱れたライムゴールド色の髪を整え、頬に集まった熱が散ったのを確認してから、フェリシアはコホンと小さく咳ばらいをして口を開いた。
「お願いします。こういうからかいは、今後はお控えください」
このままでは心臓がもたない。それに思わせぶりなイクセルの態度に、万が一自分がもう一度恋をしてしまったらどう責任を取ってくれるのか。
「……振り回すにしても、限度がございます」
毅然として言わなければいけなかったのに、フェリシアの声音は掠れ、無様なほど震えていた。
それに驚いたのだろう。余裕があったイクセルの表情が変わった。
「わかった」
「わたくしに言うことはそれだけですか?」
「……すまなかった」
少しの沈黙を置いて、イクセルは頭を下げた。
「仕方ないですね、今回だけは特別に許して差し上げます」
わざと明るい声を出して、フェリシアはこの部屋の空気を変える。そして、イクセルの腕を引っ張って、机に連れていく。
警護隊の隊長様なら、”ごめん”で済むわけがないことくらいわかっているはずだ。
「では、イクセル様。しっかり休憩も取ったことですし、続きを頑張りましょう。わたくしはディオーナ様達と昼食をとって参ります」
「私抜きでか?」
「ええ。食事を取りたいなら、この書類の山だけでも片づけてくださいね」
「なんだか警護隊の養成アカデミー時代を思い出すな」
苦い顔をするイクセルに、フェリシアは強引にペンを握らせ、ニッコリと微笑む。
食事抜きで仕事をしろなど、酷なことを言っているのはわかっている。でも、あれくらいのことをしたのだから、この程度の仕返しは許されるはずだ。きっと。
「無理だと思っても一つ一つ片づけていけば、いつかは終わりが来ますよ」
前世の経験談をフェリシアが語ると、書類に目を通し始めたイクセルが、びっくりしたようにこちらを見た。
「本当に貴女はセーデル家の箱入り令嬢フェリシアか?まるで別人みたいだ」
「っ!……え?あはっ、あははっ。褒めてもらって、照れちゃいますわ」
調子に乗って、前世の井上莉子キャラを全開にしてしまったフェリシアは、焦って馬鹿なフリをする。
「気のせいか。すまない、少し疲れているようだった」
あっさり納得してくれてなによりだけれど、イクセルの目に映る自分がどんな人間かわかって、なんだかしょっぱい。
「休息を取ることは許可してあげますよ。だから頑張ってくださいね」
長居するとまたボロを出しそうな予感がして、フェリシアはそう言い捨てると、そそくさと執務室を後にする。
それから昼食を食べたフェリシアは、イクセルの仕事の邪魔にならぬよう図書室で時間を潰して別荘に帰宅した。
*
──夕刻。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
出迎えてくれたモネに変わりはないかと尋ね、特に何もないことに安堵したフェリシアは自室に向かう。
部屋の扉を開けた瞬間、目を丸くした。
「……まぁ」
白を基調とした部屋には、色とりどりの花が飾られていた。
むせかえるような甘い香りの中、フェリシアは文机の前に立つ。机の上には抱えきれないほど大きな花束があった。花の隙間に、メッセージカードが挟んである。
=============
一つ一つ片づけたところ
無事に、書類を捌き終えました
鬼教官に、敬意と感謝を。
イクセル・アベンス
=============
ちょっと待って。年頃の女性に向けて、「鬼教官」はないだろう。なんて失礼なっ。
そんなふうに憤慨しつつも、フェリシアの口元は緩んでしまう。
「もうっ、あはっ……ふふっ」
まかり間違っても、これは婚約者同士のやり取りではない。
でも気の置けない友人みたいなイクセルの対応に、フェリシアは抵抗なくこの花たちを受け入れることができる。
「あと一か月。頑張りますか」
緊張続きの毎日で、ちょっと心がお疲れ気味だったけれど、やる気と元気をもらった。それに明後日、砦に行くのがほんの少し楽しみだ。
執務室は綺麗に片付いているのだろうか。そして、彼はどんな顔をして、自分を迎えるのだろうか。
なんとなくイクセルとの距離感を掴めたフェリシアは、明後日に向けしっかりと食事と睡眠を取ることにした。
しかし、そのやる気と元気は、二人の間に大きな変化をもたらすことになる。
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