40 / 138
一部 おいとまさせていただきますが......何か?
13★
しおりを挟む
“召喚の儀”は皇帝陛下にとって、より強固な称号を得る為の、いわば政治的な儀式である。
けれど、一人の男としては、己の命を懸けて、生涯共にする伴侶を召喚する儀式でもあった。
言い換えるなら、失敗すれば命を落とし、成功すれば老婆であっても、赤子であっても、容姿がどれだけ残念な女性であっても妻にしなければならないということ。
召喚の儀をすることは、皇帝陛下にとって義務ではない。
だから歴代皇帝は、このリスクが高い儀式に挑むことはほとんどなかった。
けれど、アルビスは儀式に挑んだ。切実な理由があったから。
夏の強い日差しがほんの少し優しくなった初秋のとある日、アルビスは最低限の立会人がいる神殿で300年から変わらない魔方陣を描き、これまた300年前から変わらない呪文を詠唱した。
その途端、目を開けている事が不可能なほどのまばゆい光が魔方陣から溢れた。そしてこの場にいた全員が眩しさに耐えきれず、うっかり目を閉じ、再び目を開けた時には一人の少女が、立っていた。
事が成功すれば、なんとあっけないものだろう。
魔力を使い果たして疲労困憊になっているアルビスは、そんなことをぼんやりと思いながら背を向けている少女の正面にまわった。
こちらを見上げた少女───佳蓮は、やや乱れた胸まである黒髪を直すこともせず、真っ直ぐに自分を見つめた。
悪くない。
アルビスはそう思った。
ポカンとした間抜けな表情も、華奢な体型も、物怖じしない態度も、勝気な黒い瞳も。どれも悪くないと思った。
その感情を、それから何度もアルビスは覚えることになる。
佳蓮の不貞腐れた表情を目にしたとき、突拍子もない行動を見せられたとき、自分が与えた衣装を身に付けてくれたとき。
やりきれない思いや、虚無感に襲われたときでさえ、心の中の別の部分がいつも悪くないと感じていた。
アルビスにとって”悪くない”という言葉は「愛しい」という気持ちの表現であった。
そして不思議なことに佳蓮の声を聞き、佳蓮と視線を交わす瞬間だけ、アルビスは自分の心臓がどこにあるか、はっきりとわかる。
トクトクと規則正しく脈打つそれは、自分が傀儡ではなく一人の人間だということを教えてくれる。
だからアルビスは、佳蓮のことを心から大切にしたいと思っていた。無くしたくない、自分の命より大事な存在だと思っていた。
例え佳蓮が自分に気持ちを向けてくれなくても、ずっと守り慈しみたいと思っていた。
けれど、アルビスはそれを自らの手で壊してしまった。
たった一言、佳蓮が他の男の名を紡いだだけで、いとも容易く理性の箍が外れてしまった。
泣き叫ぶ佳蓮を組み敷いて、思うがまま折れてしまいそうな細い身体をむさぼった。
飼い慣らせないほどの怒りと欲求が、自分の身体を支配していた。
小動物のようにただ怯え震えることしかできない佳蓮の姿が憐れだと思う反面、その姿を見て嗜虐心を煽られている自分を確かに感じていた。
そして誰も触れていない無垢な身体を汚したことに、暗い喜びに満たされ、アルビスは愉悦の笑みを浮かべていた。
ただここで、一つ伝えたいことがある。
アルビスは佳蓮を無理矢理抱いてしまったことは揺るぎない事実だ。
けれどアルビスは聖皇帝になりたくて佳蓮を抱いたわけではない。
一人のどうしようもないクズで最低な人間という自覚を持って、ただ愛しい女性を抱いたのだ。
だからアルビスは、辛い決断を己に下すことにした。
皇帝陛下としてではなく、男として。
佳蓮を無理矢理抱いた翌朝、アルビスはロダ・ポロチェ城にいた。
とはいえ、このことを知るのは限られた者のみ。
皇帝陛下は現在、北のリフィドーロで視察の最中なのだから。そして、アルビスもここに長居をするつもりはない。
やるべきことを済ましたら、すぐにリフィドーロに戻る予定だった。
側近であるシダナはとても優秀で、頼りになる存在。なので、この後の処理を彼に託すことも考えたが、北方の案件は問題が深すぎるのでさすがに躊躇われる。
ちなみに、そのやるべきこととは───佳蓮を遠い地へ移すこと。
昨日アルビスは、逃亡しようとした佳蓮に問うた。「どこに行きたかったのか?」と。
その問いに、佳蓮はこう答えた。「あんたが居ないところよ」と。
だからアルビスは、佳蓮の望みを叶えることにした。
この離宮から出すことを決めたのだった。
それはアルビスにとって身を斬るほどの辛い決断で、佳蓮へのせめてもの贖罪のためだった。
けれど、一人の男としては、己の命を懸けて、生涯共にする伴侶を召喚する儀式でもあった。
言い換えるなら、失敗すれば命を落とし、成功すれば老婆であっても、赤子であっても、容姿がどれだけ残念な女性であっても妻にしなければならないということ。
召喚の儀をすることは、皇帝陛下にとって義務ではない。
だから歴代皇帝は、このリスクが高い儀式に挑むことはほとんどなかった。
けれど、アルビスは儀式に挑んだ。切実な理由があったから。
夏の強い日差しがほんの少し優しくなった初秋のとある日、アルビスは最低限の立会人がいる神殿で300年から変わらない魔方陣を描き、これまた300年前から変わらない呪文を詠唱した。
その途端、目を開けている事が不可能なほどのまばゆい光が魔方陣から溢れた。そしてこの場にいた全員が眩しさに耐えきれず、うっかり目を閉じ、再び目を開けた時には一人の少女が、立っていた。
事が成功すれば、なんとあっけないものだろう。
魔力を使い果たして疲労困憊になっているアルビスは、そんなことをぼんやりと思いながら背を向けている少女の正面にまわった。
こちらを見上げた少女───佳蓮は、やや乱れた胸まである黒髪を直すこともせず、真っ直ぐに自分を見つめた。
悪くない。
アルビスはそう思った。
ポカンとした間抜けな表情も、華奢な体型も、物怖じしない態度も、勝気な黒い瞳も。どれも悪くないと思った。
その感情を、それから何度もアルビスは覚えることになる。
佳蓮の不貞腐れた表情を目にしたとき、突拍子もない行動を見せられたとき、自分が与えた衣装を身に付けてくれたとき。
やりきれない思いや、虚無感に襲われたときでさえ、心の中の別の部分がいつも悪くないと感じていた。
アルビスにとって”悪くない”という言葉は「愛しい」という気持ちの表現であった。
そして不思議なことに佳蓮の声を聞き、佳蓮と視線を交わす瞬間だけ、アルビスは自分の心臓がどこにあるか、はっきりとわかる。
トクトクと規則正しく脈打つそれは、自分が傀儡ではなく一人の人間だということを教えてくれる。
だからアルビスは、佳蓮のことを心から大切にしたいと思っていた。無くしたくない、自分の命より大事な存在だと思っていた。
例え佳蓮が自分に気持ちを向けてくれなくても、ずっと守り慈しみたいと思っていた。
けれど、アルビスはそれを自らの手で壊してしまった。
たった一言、佳蓮が他の男の名を紡いだだけで、いとも容易く理性の箍が外れてしまった。
泣き叫ぶ佳蓮を組み敷いて、思うがまま折れてしまいそうな細い身体をむさぼった。
飼い慣らせないほどの怒りと欲求が、自分の身体を支配していた。
小動物のようにただ怯え震えることしかできない佳蓮の姿が憐れだと思う反面、その姿を見て嗜虐心を煽られている自分を確かに感じていた。
そして誰も触れていない無垢な身体を汚したことに、暗い喜びに満たされ、アルビスは愉悦の笑みを浮かべていた。
ただここで、一つ伝えたいことがある。
アルビスは佳蓮を無理矢理抱いてしまったことは揺るぎない事実だ。
けれどアルビスは聖皇帝になりたくて佳蓮を抱いたわけではない。
一人のどうしようもないクズで最低な人間という自覚を持って、ただ愛しい女性を抱いたのだ。
だからアルビスは、辛い決断を己に下すことにした。
皇帝陛下としてではなく、男として。
佳蓮を無理矢理抱いた翌朝、アルビスはロダ・ポロチェ城にいた。
とはいえ、このことを知るのは限られた者のみ。
皇帝陛下は現在、北のリフィドーロで視察の最中なのだから。そして、アルビスもここに長居をするつもりはない。
やるべきことを済ましたら、すぐにリフィドーロに戻る予定だった。
側近であるシダナはとても優秀で、頼りになる存在。なので、この後の処理を彼に託すことも考えたが、北方の案件は問題が深すぎるのでさすがに躊躇われる。
ちなみに、そのやるべきこととは───佳蓮を遠い地へ移すこと。
昨日アルビスは、逃亡しようとした佳蓮に問うた。「どこに行きたかったのか?」と。
その問いに、佳蓮はこう答えた。「あんたが居ないところよ」と。
だからアルビスは、佳蓮の望みを叶えることにした。
この離宮から出すことを決めたのだった。
それはアルビスにとって身を斬るほどの辛い決断で、佳蓮へのせめてもの贖罪のためだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3,109
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる