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本音で語る思い出話②
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───ざわざわっ、ざわ、ざわわっ。
木々の葉が風に揺られて擦れ合う音と共に、かつての同級生達が囁き合っている声が聞こえてくる。
「あら、とうとう逆ギレしたわよ」
「怖いわねぇ。どうしてあんなことが言えるのかしら?」
「ご自分がされたことなのに……。それをわざわざアスティリアさまに言わせるなんて酷い性格ね」
「……ああ、きっとレオナードさまはルシータに何か弱みを握られてしまったのよ」
「そうね。きっとそうよ。そうに間違いないわ」
「お可哀想なレオナードさま。わたくし……お慰めしたいわ」
「ちょっ、あなた抜け駆けしないでよねっ」
「なによっ。あなたなんて相手にされないわよ」
「はぁ?!やってみなくっちゃわからないでしょっ」
……後半から随分ネタが変わってしまったせいで、ギャラリー達は互いに火花を散らしている。だから今、アスティリアがどんな表情をしているのか誰も見ていない。
是非ともここは見て欲しかったのになと、ルシータは心から残念に思った。いっそ、自分から見て見てと声を掛けたかったほど。
それくらい、アスティリアの顔は見ものだった。
ルシータはここでは悪役令嬢という立ち位置になっている。そしてアスティリアは、悪役令嬢に虐め抜かれた悲劇のヒロインのはず。
だから今はハンカチ片手に「まぁ、ひどいわぁ」と涙を流すところ。
そして悪役令嬢のルシータというイメージを更に強くさせる絶好のタイミング。
……の、はずなのに、アスティリアの顔は憤怒で醜く歪んでいる。きっと今、生意気なことを言ったルシータに往復ビンタをかましたい気持ちでいっぱいなのだろう。
でも、彼女はまだ人の目を気にする理性が残っていた。ただ、残念ながらルシータの質問にスタイリッシュな返答ができる頭脳は、持ち合わせていなかったけれど。
「......お、覚えてないわよ」
「じゃあ、なんであんなことを書いたの?」
ルシータのしつこい追及にアスティリアは不快そうに眉間に皺を寄せた。でも、さすがに動揺は隠せないご様子だ。
相変わらずギャラリー達は、タラレバ論争を繰り広げて、こちらなど見向きもしていない。何というかこれが世間なんだなと、ルシータはしみじみと思う。
だからと言って、このままなあなあで帰るつもりは毛頭無い。
「じゃあ、覚えてないなら私が教えてあげる。私が末端の貴族なのに、あなたに取り入ることをしなかった。それをあなたはとても不快で不名誉で理不尽なことだと思った......いえ、今でも思っているから、あんなことを書いたのよ」
「……なっ」
途端に真っ赤になったアスティリアを見て、ルシータは今の言葉が、彼女の核心をつくものだったのだと確信を得る。
実のところ学生時代から、ルシータはずっとずっと疑問に思っていた。どうしてアスティリアがあの学園に入学したのか。
でも今にして思えば、あれは彼女なりの計算があってのことだったのだ。
アイセルイン学園に通う生徒は、貴族令嬢の行儀見習いや、将来に向けてのコネ作りで通っているわけではなく、中流階級の真剣に学びたい者がほとんどだ。
だから伯爵令嬢のアスティリアがそこに通うこと自体がおかしかった。でも、彼女はアイセルイン学園を選んだ。
それは偏に、この学園でなら一番になれるから。
中流階級の人間は、貴族の人間に対して無意識に平伏してしまう悲しい性を持っている。
アスティリアはそこに目を付けたのだ。女王様になりたかったのだ。上流階級がうじゃうじゃいる学園で、ただの生徒の一人になりたくなかったのだ。
そして今でも、同級生たちを見下している。
その証拠に、婚約披露の為に選んだ催しがお茶会だったのだから。
貴族令嬢なら、婚約者を世間に公表する場合、夜会を開くのがセオリーだ。
でも、アスティリアはアイセルイン学園に通う生徒が中流階級だと知っている。そして、夜会に呼ぶのは相応しくない人間だと判断したのだろう。
きっとこの女のことだから、別の日に貴族達を集めて、婚約披露の夜会はやる。絶対に。
この線引きを差別と呼ぶか、区別と呼ぶか。それは人それぞれであり、そこにとやかく口を挟むつもりはルシータにはなかった。
だた、こうしてアスティリアときちんと向き合えばわかるものがある。
そう。アスティリアはそういう人間だった。人を踏み台にして、自分の評価を高く見せたい卑怯な人間だったのだ。
だから……だから、あんな言葉を平気で口に出せたんだ。
ルシータの胸がギシリと痛んだ。これもまた記憶の箱に厳重に鍵をしめたはずだったけれど、過去とも正面から向き合えば、否が応でも思い出してしまう。
それは、ルシータがアイセルイン学園に入学して1年経った頃の出来事。今日のような花が咲き乱れる季節に、祖母が亡くなった。
そして葬儀の為に短い休暇を貰って、再び登校を始めたその日に聞いてしまったのだ。教室の扉越しに、こんな身を切り裂くような言葉を。
【薬屋のくせに、身内の病気も治せないなんて。そんなのただの役立たずじゃない】
笑い交じりに語られたそれには、しっかりと蔑みが混ざっていた。
これを言ったのは、アスティリア。廊下でルシータが聞いていたのだから、そこそこ大きな声だった。
でも、誰も窘めることも、否定する者もいなかった。教室にはたくさんの生徒がいたというのに。
これがルシータが人間不信になった一番の原因でもある。
この一連の出来事は、普段は忘れていること。思い出さないようにしていること。
それにアスティリアだって本気で言ったわけではないことは気づいている。ただのノリで言っただけなのだろう。
そして、貴族の発言に逆らう勇気を持っている者が、あの教室の中では誰もいなかっただけ。そうわかっている。頭では理解している。
なのに、今、ちょっと思い出しただけでも、辛く苦しい。感情を押さえるために、強く握った拳に爪が食い込んでいるのがわかる。
でも、このままでいないと、弱い自分をアスティリアに見せてしまいそうで、手を緩めることができない。
ルシータは、今頃気付いた。あの言葉で自分が思っていた以上に傷付いていたかを。
木々の葉が風に揺られて擦れ合う音と共に、かつての同級生達が囁き合っている声が聞こえてくる。
「あら、とうとう逆ギレしたわよ」
「怖いわねぇ。どうしてあんなことが言えるのかしら?」
「ご自分がされたことなのに……。それをわざわざアスティリアさまに言わせるなんて酷い性格ね」
「……ああ、きっとレオナードさまはルシータに何か弱みを握られてしまったのよ」
「そうね。きっとそうよ。そうに間違いないわ」
「お可哀想なレオナードさま。わたくし……お慰めしたいわ」
「ちょっ、あなた抜け駆けしないでよねっ」
「なによっ。あなたなんて相手にされないわよ」
「はぁ?!やってみなくっちゃわからないでしょっ」
……後半から随分ネタが変わってしまったせいで、ギャラリー達は互いに火花を散らしている。だから今、アスティリアがどんな表情をしているのか誰も見ていない。
是非ともここは見て欲しかったのになと、ルシータは心から残念に思った。いっそ、自分から見て見てと声を掛けたかったほど。
それくらい、アスティリアの顔は見ものだった。
ルシータはここでは悪役令嬢という立ち位置になっている。そしてアスティリアは、悪役令嬢に虐め抜かれた悲劇のヒロインのはず。
だから今はハンカチ片手に「まぁ、ひどいわぁ」と涙を流すところ。
そして悪役令嬢のルシータというイメージを更に強くさせる絶好のタイミング。
……の、はずなのに、アスティリアの顔は憤怒で醜く歪んでいる。きっと今、生意気なことを言ったルシータに往復ビンタをかましたい気持ちでいっぱいなのだろう。
でも、彼女はまだ人の目を気にする理性が残っていた。ただ、残念ながらルシータの質問にスタイリッシュな返答ができる頭脳は、持ち合わせていなかったけれど。
「......お、覚えてないわよ」
「じゃあ、なんであんなことを書いたの?」
ルシータのしつこい追及にアスティリアは不快そうに眉間に皺を寄せた。でも、さすがに動揺は隠せないご様子だ。
相変わらずギャラリー達は、タラレバ論争を繰り広げて、こちらなど見向きもしていない。何というかこれが世間なんだなと、ルシータはしみじみと思う。
だからと言って、このままなあなあで帰るつもりは毛頭無い。
「じゃあ、覚えてないなら私が教えてあげる。私が末端の貴族なのに、あなたに取り入ることをしなかった。それをあなたはとても不快で不名誉で理不尽なことだと思った......いえ、今でも思っているから、あんなことを書いたのよ」
「……なっ」
途端に真っ赤になったアスティリアを見て、ルシータは今の言葉が、彼女の核心をつくものだったのだと確信を得る。
実のところ学生時代から、ルシータはずっとずっと疑問に思っていた。どうしてアスティリアがあの学園に入学したのか。
でも今にして思えば、あれは彼女なりの計算があってのことだったのだ。
アイセルイン学園に通う生徒は、貴族令嬢の行儀見習いや、将来に向けてのコネ作りで通っているわけではなく、中流階級の真剣に学びたい者がほとんどだ。
だから伯爵令嬢のアスティリアがそこに通うこと自体がおかしかった。でも、彼女はアイセルイン学園を選んだ。
それは偏に、この学園でなら一番になれるから。
中流階級の人間は、貴族の人間に対して無意識に平伏してしまう悲しい性を持っている。
アスティリアはそこに目を付けたのだ。女王様になりたかったのだ。上流階級がうじゃうじゃいる学園で、ただの生徒の一人になりたくなかったのだ。
そして今でも、同級生たちを見下している。
その証拠に、婚約披露の為に選んだ催しがお茶会だったのだから。
貴族令嬢なら、婚約者を世間に公表する場合、夜会を開くのがセオリーだ。
でも、アスティリアはアイセルイン学園に通う生徒が中流階級だと知っている。そして、夜会に呼ぶのは相応しくない人間だと判断したのだろう。
きっとこの女のことだから、別の日に貴族達を集めて、婚約披露の夜会はやる。絶対に。
この線引きを差別と呼ぶか、区別と呼ぶか。それは人それぞれであり、そこにとやかく口を挟むつもりはルシータにはなかった。
だた、こうしてアスティリアときちんと向き合えばわかるものがある。
そう。アスティリアはそういう人間だった。人を踏み台にして、自分の評価を高く見せたい卑怯な人間だったのだ。
だから……だから、あんな言葉を平気で口に出せたんだ。
ルシータの胸がギシリと痛んだ。これもまた記憶の箱に厳重に鍵をしめたはずだったけれど、過去とも正面から向き合えば、否が応でも思い出してしまう。
それは、ルシータがアイセルイン学園に入学して1年経った頃の出来事。今日のような花が咲き乱れる季節に、祖母が亡くなった。
そして葬儀の為に短い休暇を貰って、再び登校を始めたその日に聞いてしまったのだ。教室の扉越しに、こんな身を切り裂くような言葉を。
【薬屋のくせに、身内の病気も治せないなんて。そんなのただの役立たずじゃない】
笑い交じりに語られたそれには、しっかりと蔑みが混ざっていた。
これを言ったのは、アスティリア。廊下でルシータが聞いていたのだから、そこそこ大きな声だった。
でも、誰も窘めることも、否定する者もいなかった。教室にはたくさんの生徒がいたというのに。
これがルシータが人間不信になった一番の原因でもある。
この一連の出来事は、普段は忘れていること。思い出さないようにしていること。
それにアスティリアだって本気で言ったわけではないことは気づいている。ただのノリで言っただけなのだろう。
そして、貴族の発言に逆らう勇気を持っている者が、あの教室の中では誰もいなかっただけ。そうわかっている。頭では理解している。
なのに、今、ちょっと思い出しただけでも、辛く苦しい。感情を押さえるために、強く握った拳に爪が食い込んでいるのがわかる。
でも、このままでいないと、弱い自分をアスティリアに見せてしまいそうで、手を緩めることができない。
ルシータは、今頃気付いた。あの言葉で自分が思っていた以上に傷付いていたかを。
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