冷徹領主は、みなしご少女を全力で溺愛したいようですが。

当麻月菜

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3.暖炉とお茶と、紙の音

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 瞬きも忘れて、モニカはクラウディオを無言で見つめる。

 現在、どこかの村で起きた揉め事を処理しているはずの男を前にして、思考がついて行かない。

 トレーを持つ手が小刻みに震える。

 今にも落ちそうなそれを、キッチンから飛び出してきたエバが慌てて取り上げる。でもモニカは上の空で、まったく気づいていない。

「あの、領主さ」
「どうしたモニカ。いつものように、おかえりの抱擁をしてくれないのか?」

 モニカの言葉に被せるように、さらに甘い口調でそう言ったクラウディオは、両手を広げてこちらへと一歩近づいた。

 瞬きしたモニカの瞳から涙が零れ、それは床にシミを作る。

「外は寒かった。ほら、早く暖めておくれ」

 言うが早いか、クラウディオは村長達から隠すように、モニカをぎゅっと抱きしめた。

「遅くなってすまない」
「…… っうう、ふぇっ」

 低く優しい声が耳に落とされる。

 安堵のあまり、本格的に泣き出したモニカに気付いたクラウディオの太い腕が、抱きしめる力を強くする。
 
 ”君を助けるのは、私の役目なのだ””

 クラウディオはこの言葉通り、駆けつけて来てくれた。 

「怖い思いをさせて悪かった。だが、もう心配はいらない」

 泣き止まないモニカを宥めようと、クラウディオは震える背を優しくゆっくりと撫でる。 

 力強いクラウディオの言葉は、身体全部を委ねることができる。いや、今は疑いたくはなかった。

 モニカはしゃっくりと上げながら、こくこくと何度も頷く。

 そうすれば、あからさまにほっとした気配が伝わった。そしてクラウディオの大きな手はモニカの頬を包んだ。

「後の事は私に任せてくれ。君は、先に屋敷に戻りなさい」

 最後はコツンと違いの額を合わせて、囁かれる。

 クラウディオの吐息が、頬に鼻にまつげに触れる。ちょっとでも身動ぎをすれば、唇が触れあってしまうほどの近さに、モニカの顔が熱くなる。

 こんな状態では不用意に頷けない。

 だから”わかりました”と伝えるために、手を伸ばしてクラウディオの腕をぎゅっと掴んだ。

 幸いこの仕草で理解してもらえたようで、クラウディオは腕を緩めるとそっと玄関扉の方へ背を押した。

「エバ、頼むぞ」
「はっ」
 
 深く腰を折ったエバは、まだ泣き止まないモニカの手を引いて馬車へと乗り込んだ。




 ***




 この一連のやり取りを村長とセリオは、中途半端にソファから腰を浮かした状態でじっと見ていた。

 けれど彼らはとても動揺していた。
 いや、悪事がバレた罪人のように、とても狼狽えていた。

 それもそのはず。

 村民の暴力行為を咎められた村長は、二度とセリオをモニカに近づけないとクラウディオに約束していたのだ。

 そして、モニカとの婚約も白紙にすると誓っていた。

 だがそれは口先だけのことで、既成事実さえ作ってしまえば……という魂胆があってのこと。

「さて、と」

 無事にモニカが馬車へと乗り込んだのを窓越しに確認したクラウディオは、村長達に目を向ける。

「座れ。お前たちには少々話がある」

 そう言ったクラウディオは、とても厳しい顔をしていた。

 トラディ領の領主─── 通称「冷徹領主」の顔だった。
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