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ギャップに萌えする花嫁と、翻弄される花婿

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 シャンティとしたらまだまだ聞いていたい、この漫談(?)だったけれど、医者からすれば、早々にお暇したい案件のようだった。

 なので「馬鹿夫につける薬は無い」的な雰囲気を醸し出しながら、ガサゴソと鞄を探る音が聞こえてきた。

 そして舌打ちこそしないが、呆れ果てた様子で医師が立ち上がる気配がする。

「とにかく、まずは奥様が目が覚めたら、このお薬を飲ませてあげてください。あと熱があるときは飲み物を沢山とるように。で、翌朝になっても熱が下がらないようでしたら、また伺いますっ」

 バンッとナイトテーブルに叩きつけるように薬を置くと、医者はそそくさと部屋を出て行ってしまった。

 ちなみにギルフォードは医者を見送るどころか、立ち上がる気配すらなかった。
 代わりにシャンティは、夜分の往診ありがとうございましたと丁寧にお礼を言ってみた。もちろん心の中で。

 そして絶賛狸寝入り中の自分は、どのタイミングで薬を飲むがベストなのだろうかと頭を悩まし始めていたら───
 
「───……シャンティ、笑えるくらいは元気そうで良かった」

 打って変わって優しい声音と共に、大きな手で頬を撫でられ、シャンティはピクリと身体を震わせた。

 あ、バレていた。そんなことを思いながら観念して、身体を仰向けにしてから目を開けた。

 部屋は眠りの妨げにならない程度に灯りが落としてあった。
 そんな薄明かりの中、ベッドのすぐ隣で軍服から楽な部屋着に着替えたイケメンは、多少なりとも呆れた顔をしていると思った。

 なのに相変わらず憂えた表情をしているのを見れば、たちまちシャンティの眉も自然に下がってしまう。

「ギルさん、心配していただけたのに……その……ごめんなさい」
「何を謝っているんだ?」

 目を丸くするギルフォードは、ただただシャンティを心配しているだけ。だから、謝罪の理由を言葉で伝えるのが更に申し訳ない。

 そんなシャンティの気持ちに気付いているのかどうかはわからないけれど、ギルフォードは少し改まった口調で、突然こんなことを問いかけた。

「さて、シャンティ。私は病人の看病などしたことがないので、教えて欲しい。私はこういう時どうすればいい?」
「は?」

 質問で質問を返す形になってしまったシャンティに、ギルフォードはもう少し詳しく問い直す。

「君に一晩付き添うのは当たり前だが、それ以外のことで何かして欲しいことを教えてほしい。なにぶん自分は、部下に対してなら、まず、日ごろの不摂生を厳しく注意してから、栄養価の高いものを見舞い品として渡し、完治するまで自宅療養を命ずるところなんだ」
「……はぁ」
「だが君は違う。部下でもないし、私にとって特別な存在だ」
「……」

 さらりと告げたギルフォードの後半の言葉を耳にして、シャンティは体温が5度ほど上がった。

 だが幸いにもギルフォードは検温することなかった。ただ、目はしっかりと答えを求めている。

 そしてシャンティはそれを無視することはできなかった。

「ではベッドを独り占めするのは申し訳ないので、できれば今日は私は別の部屋で」
「却下する」
「えー」

 最後まで言えないまま遮られて、思わず不満の声を出してしまう。

 対してギルフォードは、なぜかここで横になっているシャンティに覆い被さるように顔を近づけた。

「シャンティ、私が聞いているのは、そういうことじゃない。私にできることを言って欲しいんだ」
「……寝てれば治りますので、心配はご無用です」
「心配するなと?」
「……」

 心配はして欲しい。そしてぶっちゃけくすぐったくて嬉しい。でも、リクエストは見つからない。

 こういう時、何て答えて良いのかわからないシャンティは、無言を選ぶことしかできなかった。

 そうすればギルフォードはとんでもない提案を口にする。

「私としては、今すぐ添い寝をして君の熱を下げたいと思っているが……駄目か?」
「駄目ですっ」

 思わず大声を上げてしまったシャンティに、ギルフォードは軽く息を呑んだ。

 まさかこれほど強く拒絶されるとは思ってもいなかったのだろう。隠すことなく落胆の表情を浮かべている。なのに薄闇でもわかるほど琥珀色の瞳は、欲情の熱を孕んでいる。

 けれど、シャンティは言葉をつづけた。だって、添い寝で済むはずが無いことは目に見えている。
 そして、それを期待してしまう自分に気付いて欲しくなかったから。

「薬を飲んで寝ますっ。私は寝ますっ。なのでギルさんも早々に休んでください。その……もしかして風邪だったら移すと大変なので、別の部屋で───」
「だから、それは嫌だ」

 ギルフォードは落胆した表情を浮かべたまま、シャンティの主張をきっぱりと遮った。

 そして再びシャンティが何か言う前に口を開く。威圧的ではないが抗えない口調で。

「ではシャンティが何かして欲しいことが見つかるまで、私はここで仕事をしよう」
「……え、仕事?……嘘っ。ご、ごめんなさいっ」

 パチパチ瞬きをした後、シャンティはぎょっと目を見開いて上半身を起こした。

 ただ覆い被さるギルフォードに抱き留められる形となってしまい、再び体温が急上昇する。

 でも、今はそれに気を留めている暇はない。
 何ていうことをしてしまったんだと、今日一番に顔色を悪くさせながら、ペコペコと頭を下げる。 

「今から仕事をしなければいけないのって、今日、お仕事を早く切り上げてしまったせいですよね!?ごめんなさいっ」

 今日のギルフォードの帰宅はとても早かった。それはきっと来客があると知ってのこと。

 ちゃんとおもてなしをすると宣言したけれど、やはり不安だったのだろうか。
 
 そんなことまでも口に出してオロオロするシャンティを見て、ギルフォードはとんでもないと首を横に振る。

 ま、真相としては、ギルフォードは自分がいない間に何か余分なことを喋らないかと不安を覚えて帰宅時間を早めたのは事実である。
 けれどその不安というのは、シャンティに向けてのものではない。他の二人に向けたもの。

「いや、まさか。ああ言い忘れていたが、私は本当は今日は休みのはずだったんだ。だから君が気に病む必要はない。……私の部下もそれくらい気の回る奴らならどれだけ良かったか……」

 後半になるにつれて中間管理職の苦悩を滲ませるギルフォードに、シャンティは無意識に労わりの眼差しを向けてしまった。

 そして今日の来客二人も、きっとギルフォードが多忙になっている理由の一つなのだろう。

 ということをつらつらとシャンティは考えているが、ギルフォードの口は止まらない。

「まぁ立場上、やるべき仕事より、やっておいた方が良い仕事が多いだけだ。だから適当な時間で終わらせるし、急ぐものでもない。君もずっと寝顔を見られるより、その方が休みやすいだろう?」

 覗き込むように目を合わせてそう説得され、最後に、こつんと額が合わさる。まるで本当の夫婦のようなじゃれ合いにシャンティは眩暈すら覚えてしまう。

 ただ、頭の中では、ここで嫌と言えば、寝るまで顔を見続けられ、そして寝た後も……ずっと?そんな実力行使にでちゃうの?

 なんてことを考えていた。ただ思考はすぐに止まった。そして口から出た言葉は、否というものではなかった。 

「あまり無理をなさらないでくださいね」
「ああ、わかった。さぁシャンティ、薬を飲んでくれ。そして早く元気になっておくれ」

 包み込むように抱きしめられ、そんな言葉を耳に落とされてしまえば、シャンティは頷く以外の選択肢が見つからなかった。

 そして、言われるがまま薬を飲み、シャンティそのまま少し離れた場所にあるソファで書類と格闘するギルフォードの見つめながら、再びベッドに横になる。

 あと余談だが、どんな上質な子守唄より、その美しい横顔を独り占めしながら眠りに落ちるのは、とて贅沢なことだということも知ってしまった。
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