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【夜の治験 中級編】 メイドは見た。ご主人様のアレを
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ファルナが森に入ったのは、この季節に赤い実を付けるチェッカーベリーを探すためだった。
草丈が低くこんもり茂った深い緑色の葉の隙間から見える赤い実は、食べることはできないが花の無いこの季節には見るものを楽しませてくれる。
年中屋敷の至るところに花を飾ることが趣味だった亡き母も、雪の季節には毎年決まってチェッカーベリーを飾っていた。
グリジッドの屋敷は病院でもある。病を抱えた患者がやって来る場所なのだから、華やか過ぎるのは控えないといけない。しかしキッチンにほんの少し飾る程度なら許されるだろう。
そして目立つところに飾っておけば、グリジッドならきっと気付いてくれるはず。そして「これはどうしたんだ?」と尋ねてくれるはず。
(そうすれば今日からでも、夜のお手伝いができることを伝えられる......かな?)
我ながら随分遠回しな伝え方だと自覚しているが、女性特有のそれだけに、どんなふうに普通に動けるようになりましたと報告すれば良いのかわからないのだ。
そんなわけで、ファルナは赤い実を探して森の中を歩く。正直、違う品種でも構わない。要は、ちょっと目を引く何かをこの森で見付けたいだけなのだ。
といっても、一面銀世界のここではなかなか色の付いた何かを見つけることは難しい。そしてかなり遠くで銃声が聞こえる。多分、狩りをしているのだろう。あまり近づくのは危険だ。
(......戻ろうかな)
グリジッドからあまり森の奥に入るなときつく言われている。今いる場所から病院は微かに見える。だからさほど離れてはいないが、銃弾が飛んでくる可能性は否定できない。
医者の世話をするメイドが、その医者に傷の手当てを受けるのはあまりに情けない。
だからファルナは志半ばではあるが、踵を返そうとした。しかし、反転して歩き出した途端、声を掛けられた。
「───......ファルナ?」
「え?」
聞き覚えのある声に驚いて振り替えれば、貴族の狩人衣装に身を包んだ青年が立っていた。
「ああ、やっぱりファルナじゃないか」
白い息を吐き出しながら無邪気に笑う青年を、ファルナは知っていた。
(......嘘、どうしてこんな場所に?)
知らず知らずのうちにファルナは口元を両手で覆って、一歩、足を後退させていた。
望んでいない邂逅だった。
生まれ育った屋敷を放り出されてから、会いたいなどと一度も思ったことはなかった。
名前さえ忘れてしまいそうになっていた。二度とこんなふうに言葉を交わすことなんて絶対に無いと思っていた。
ファルナはかつての婚約者───ロガート・バリダに向け、今、自分がどんな表情を浮かべているのかわからなかった。
草丈が低くこんもり茂った深い緑色の葉の隙間から見える赤い実は、食べることはできないが花の無いこの季節には見るものを楽しませてくれる。
年中屋敷の至るところに花を飾ることが趣味だった亡き母も、雪の季節には毎年決まってチェッカーベリーを飾っていた。
グリジッドの屋敷は病院でもある。病を抱えた患者がやって来る場所なのだから、華やか過ぎるのは控えないといけない。しかしキッチンにほんの少し飾る程度なら許されるだろう。
そして目立つところに飾っておけば、グリジッドならきっと気付いてくれるはず。そして「これはどうしたんだ?」と尋ねてくれるはず。
(そうすれば今日からでも、夜のお手伝いができることを伝えられる......かな?)
我ながら随分遠回しな伝え方だと自覚しているが、女性特有のそれだけに、どんなふうに普通に動けるようになりましたと報告すれば良いのかわからないのだ。
そんなわけで、ファルナは赤い実を探して森の中を歩く。正直、違う品種でも構わない。要は、ちょっと目を引く何かをこの森で見付けたいだけなのだ。
といっても、一面銀世界のここではなかなか色の付いた何かを見つけることは難しい。そしてかなり遠くで銃声が聞こえる。多分、狩りをしているのだろう。あまり近づくのは危険だ。
(......戻ろうかな)
グリジッドからあまり森の奥に入るなときつく言われている。今いる場所から病院は微かに見える。だからさほど離れてはいないが、銃弾が飛んでくる可能性は否定できない。
医者の世話をするメイドが、その医者に傷の手当てを受けるのはあまりに情けない。
だからファルナは志半ばではあるが、踵を返そうとした。しかし、反転して歩き出した途端、声を掛けられた。
「───......ファルナ?」
「え?」
聞き覚えのある声に驚いて振り替えれば、貴族の狩人衣装に身を包んだ青年が立っていた。
「ああ、やっぱりファルナじゃないか」
白い息を吐き出しながら無邪気に笑う青年を、ファルナは知っていた。
(......嘘、どうしてこんな場所に?)
知らず知らずのうちにファルナは口元を両手で覆って、一歩、足を後退させていた。
望んでいない邂逅だった。
生まれ育った屋敷を放り出されてから、会いたいなどと一度も思ったことはなかった。
名前さえ忘れてしまいそうになっていた。二度とこんなふうに言葉を交わすことなんて絶対に無いと思っていた。
ファルナはかつての婚約者───ロガート・バリダに向け、今、自分がどんな表情を浮かべているのかわからなかった。
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