62 / 86
【夜の治験 卒業編】 メイドは一晩限りの過ちを望む
1
しおりを挟む
─── 子ウサギが部屋に迷い込んできた数日後。
「先生、今度のお手伝いはいつでしょうか?」
夕食後のお茶を出しながら、ファルナは軽い口調でグリジットに切り出した。内心、声が震えないようにと祈りながら。
「そうだな……」
問われた側のグリジットは、即答せず黙りこくる。その表情は険しい。まるで何かに葛藤しているかのように。
ファルナはグリジットを急かすことはしない。じっと待つ。それはご主人様に向かって急かすような真似をするのは無礼だからというのもあるが、それよりファルナ自身が迷っているから。
とても狡いが……ファルナはこの選択をグリジットに託したかった。決めて貰えたら後は行動に移すのみ。その結果、最悪な事態になるかもしれないが、もう腹は括った。
どのみちどんな結果になろうとも、この生活が終わるのは決まっているのだから。
そんな投げやりな気持ちを隠すために、ファルナはにこっと微笑む。意味はない。気持ちとは真逆の表情を浮かべるほうが良いと漠然と思ったから。
「───なら」
「はい」
長い沈黙の後、グリジットは口を開く。頷いた拍子に、ごくりと喉が鳴ったが幸い気付かれなかった。
「今日、お願いしても良いかい?」
穏やかに尋ねるグリジットの目をファルナはじっと見る。彼の夜の森を思わせる深緑色の瞳の奥に特別な感情を探したけれど、どうしても見つけることはできなかった。
けれど、グリジットは選択してくれた。だからファルナは決心した。
「もちろんです。では、後ほど」
相手はお医者様だ。自分の気持ち───そして、この計画など簡単に読み取ってしまうだろう。
それを恐れたファルナはペコっと頭げて自室へと駆け込んだ。
***
いつも通り湯を浴びて、寝間着に着替えてショールを羽織って。
でも真っすぐグリジットの私室には向かわない。キッチンに立ち寄りお茶を淹れる。
慣れ切った作業のはずなのに、今日に限ってファルナの手つきはぎこちない。心情を表すかのようにカチャカチャと不快な音がキッチンに響く。
これまで自分に優しくしてくれたグリジットに対して、騙すような真似をすることにファルナの良心は痛んでいた。そしてこの後に起こることを想像して軽蔑されることを恐れている。
でも、今更引き返すつもりはない。やらないほうが、間違いなく後悔するから。
「先生、入ります」
「ああ。どうぞ」
扉を開けて顔を覗かせれば、グリジットはいつもと寸分変わらない態度で迎えてくれた。ただ、ファルナがトレーを持っていることに目を丸くする。
「お茶を淹れてくれたのか?」
「はい。いつも淹れてもらってますから。今日は私が」
「そうか、ありがとう。では、君が淹れたのは私が頂くから、君はこれを飲みなさい」
「はい」
互いの淹れたお茶を交換する形になったが、ファルナは素直にグリジットからカップを受け取る。そして、グリジットはファルナから。
それから二人は、同時に口に含む。けれども、
「……なっ───?!」
二口ほど飲んだ後、何かを感じたのかグリジットはカップから口を離した。カップを持つ彼の手は震えていた。
「何を……」
動揺するグリジットを、ファルナは真っ直ぐに見つめる。
「ファルナ、これに何を入れた?怒らないから言いなさい」
詰問するグリジットにファルナは黙ったままショールの中に隠していた小瓶を取り出す。
そして苦しそうに歯を食いしばる彼に向けて、それを見せつけ口を開く。
「───媚薬です。……先生、ごめんなさい」
ファルナの信じられない告白に、グリジットは顔色を失った。
「なぜ……こんな真似を」
頭ごなしに叱らない彼に、ファルナは泣き出す寸前の子供のようにくしゃりと顔を歪めた。
でも普段は無邪気にクルクル動くダークブラウンの瞳は熱を帯びている。男を求める女の目だった。
「先生に抱いて欲しかったから……私、お茶に媚薬を混ぜました」
─── 一夜限りの過ちで構いません。だからどうか私に消えない後を残してください。
ファルナは決死の覚悟でグリジットに思いの丈をぶつけた。
「先生、今度のお手伝いはいつでしょうか?」
夕食後のお茶を出しながら、ファルナは軽い口調でグリジットに切り出した。内心、声が震えないようにと祈りながら。
「そうだな……」
問われた側のグリジットは、即答せず黙りこくる。その表情は険しい。まるで何かに葛藤しているかのように。
ファルナはグリジットを急かすことはしない。じっと待つ。それはご主人様に向かって急かすような真似をするのは無礼だからというのもあるが、それよりファルナ自身が迷っているから。
とても狡いが……ファルナはこの選択をグリジットに託したかった。決めて貰えたら後は行動に移すのみ。その結果、最悪な事態になるかもしれないが、もう腹は括った。
どのみちどんな結果になろうとも、この生活が終わるのは決まっているのだから。
そんな投げやりな気持ちを隠すために、ファルナはにこっと微笑む。意味はない。気持ちとは真逆の表情を浮かべるほうが良いと漠然と思ったから。
「───なら」
「はい」
長い沈黙の後、グリジットは口を開く。頷いた拍子に、ごくりと喉が鳴ったが幸い気付かれなかった。
「今日、お願いしても良いかい?」
穏やかに尋ねるグリジットの目をファルナはじっと見る。彼の夜の森を思わせる深緑色の瞳の奥に特別な感情を探したけれど、どうしても見つけることはできなかった。
けれど、グリジットは選択してくれた。だからファルナは決心した。
「もちろんです。では、後ほど」
相手はお医者様だ。自分の気持ち───そして、この計画など簡単に読み取ってしまうだろう。
それを恐れたファルナはペコっと頭げて自室へと駆け込んだ。
***
いつも通り湯を浴びて、寝間着に着替えてショールを羽織って。
でも真っすぐグリジットの私室には向かわない。キッチンに立ち寄りお茶を淹れる。
慣れ切った作業のはずなのに、今日に限ってファルナの手つきはぎこちない。心情を表すかのようにカチャカチャと不快な音がキッチンに響く。
これまで自分に優しくしてくれたグリジットに対して、騙すような真似をすることにファルナの良心は痛んでいた。そしてこの後に起こることを想像して軽蔑されることを恐れている。
でも、今更引き返すつもりはない。やらないほうが、間違いなく後悔するから。
「先生、入ります」
「ああ。どうぞ」
扉を開けて顔を覗かせれば、グリジットはいつもと寸分変わらない態度で迎えてくれた。ただ、ファルナがトレーを持っていることに目を丸くする。
「お茶を淹れてくれたのか?」
「はい。いつも淹れてもらってますから。今日は私が」
「そうか、ありがとう。では、君が淹れたのは私が頂くから、君はこれを飲みなさい」
「はい」
互いの淹れたお茶を交換する形になったが、ファルナは素直にグリジットからカップを受け取る。そして、グリジットはファルナから。
それから二人は、同時に口に含む。けれども、
「……なっ───?!」
二口ほど飲んだ後、何かを感じたのかグリジットはカップから口を離した。カップを持つ彼の手は震えていた。
「何を……」
動揺するグリジットを、ファルナは真っ直ぐに見つめる。
「ファルナ、これに何を入れた?怒らないから言いなさい」
詰問するグリジットにファルナは黙ったままショールの中に隠していた小瓶を取り出す。
そして苦しそうに歯を食いしばる彼に向けて、それを見せつけ口を開く。
「───媚薬です。……先生、ごめんなさい」
ファルナの信じられない告白に、グリジットは顔色を失った。
「なぜ……こんな真似を」
頭ごなしに叱らない彼に、ファルナは泣き出す寸前の子供のようにくしゃりと顔を歪めた。
でも普段は無邪気にクルクル動くダークブラウンの瞳は熱を帯びている。男を求める女の目だった。
「先生に抱いて欲しかったから……私、お茶に媚薬を混ぜました」
─── 一夜限りの過ちで構いません。だからどうか私に消えない後を残してください。
ファルナは決死の覚悟でグリジットに思いの丈をぶつけた。
2
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
抱かれたい騎士No.1と抱かれたく無い騎士No.1に溺愛されてます。どうすればいいでしょうか!?
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ヴァンクリーフ騎士団には見目麗しい抱かれたい男No.1と、絶対零度の鋭い視線を持つ抱かれたく無い男No.1いる。
そんな騎士団の寮の厨房で働くジュリアは何故かその2人のお世話係に任命されてしまう。どうして!?
貧乏男爵令嬢ですが、家の借金返済の為に、頑張って働きますっ!
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる