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【夜の治験 卒業編】 メイドは一晩限りの過ちを望む
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子ウサギを使って自分を森の中に呼び出したのは、グリジットの弟であるルブだった。
しっかりと閉じていた窓からどうして子ウサギが入ってこれたのかといえば、彼が自称天才的な手品師だから……らしい。
自分で自分のことを天才というのはどうかと思う。だが窓ガラスをすり抜けられるトリックを持っているなら、それは天才なのかもしれない。
あとルブはグリジットが研究していた夜のお薬の依頼者で、先日、突然訪問した奇麗な女性はルブの奥方だった。
容姿はルブとグリジットはあまり似ていない。しかし醸し出す独特の雰囲気は同じだった。医者の兄と、手品師の弟という組み合わせはどうしても理解できなかったけれど。
とにかく諸々の事情を含めて驚きだった。でも、この程度では驚いてはいけなかった。
ルブは目を丸くする自分に、淡々と告げた。
『グリジットは、近いうちにこの森を離れる』と。
耳を疑った。信じたくなかった。陽だまりのようなこの日々が終わることを、グリジット以外の誰かから聞きたくなんてなかった。
だってグリジットからは何も聞かされていない。毎日顔を合わせているというのに。話す機会などいくらでもあったのに何も話さないということは、つまり自分はその程度の存在でしかなかったということ。
もちろん診療所のメイドに志願したのは、グリジットに特別な想いを抱いていたからではない。厳しい冬を乗り越える為に、屋根のある生活と今後の生活費が欲しかったから。
ただグリジットがこの森を出るという発想は、ファルナには一切無かった。
出て行くのは自分で、グリジットはずっとずっとここに居るものだと信じて疑わなかった。
おこがましい考えだとわかっている。引き留める権利が無いことも。
……そうわかっていても、グリジットが自分の視界から消えてしまうのがどうしても嫌だった。
『泣かせちゃったね、ごめん』
心底申し訳なさそうな声が耳朶に響いて、ファルナはここで自分が泣いていることに気付く。
泣き顔を見られるのは恥ずかしい。それにここで泣くというのは、グリジットを好いている何よりの証拠にもなってしまう。
彼に恋をしていることは誰にも気づかれたくなかった。自分だけの大切な宝物にしたかった。
なのにルブは泣き顔を必死に隠そうとする自分に近づきハンカチを押し付ける。
『君が……兄上と離れたくないなら、一つだけ手段があるよ。教えて欲しい?』
ファルナは考える間もなく頷いた。もう誰かが自分の前から消えてしまうのは耐えられなかった。
その強い気持ちが伝わったのだろうか、ルブは外套に手を突っ込みある物を取り出した。
『兄上に出す飲み物に数滴入れてごらん』
『……これは?』
『媚薬だよ』
まるで菓子の名を告げるようなルブの口調にファルナは出しかけた手を引っ込めた。
だってルブは、暗に既成事実を作ってしまえと提案しているのだ。そうして責任を取ってもらう形で、一生グリジットの傍にいる権利をもぎ取れと言っているのだ。
正直言って一瞬、その提案を嬉々と受け入れたくなった。でも少し考えて、そんなことなど自分は望んではいないことに気付いた。
本人の意思を無視して責任だけを押し付けるなんていう卑怯な真似はしたくなかった。
それでもファルナはルブから媚薬を受け取った。
グリジットを引き留める代わりに、一度だけ愛されたかったから。メイドでも助手でもなく……一人の女性として。
偽りとはいえ、彼に愛される自分を想像したら心が泣きたくなるほど温かくなった。
その思い出さえあれば、この先何があっても一人で生きていけるだろうと思えるほど。
しっかりと閉じていた窓からどうして子ウサギが入ってこれたのかといえば、彼が自称天才的な手品師だから……らしい。
自分で自分のことを天才というのはどうかと思う。だが窓ガラスをすり抜けられるトリックを持っているなら、それは天才なのかもしれない。
あとルブはグリジットが研究していた夜のお薬の依頼者で、先日、突然訪問した奇麗な女性はルブの奥方だった。
容姿はルブとグリジットはあまり似ていない。しかし醸し出す独特の雰囲気は同じだった。医者の兄と、手品師の弟という組み合わせはどうしても理解できなかったけれど。
とにかく諸々の事情を含めて驚きだった。でも、この程度では驚いてはいけなかった。
ルブは目を丸くする自分に、淡々と告げた。
『グリジットは、近いうちにこの森を離れる』と。
耳を疑った。信じたくなかった。陽だまりのようなこの日々が終わることを、グリジット以外の誰かから聞きたくなんてなかった。
だってグリジットからは何も聞かされていない。毎日顔を合わせているというのに。話す機会などいくらでもあったのに何も話さないということは、つまり自分はその程度の存在でしかなかったということ。
もちろん診療所のメイドに志願したのは、グリジットに特別な想いを抱いていたからではない。厳しい冬を乗り越える為に、屋根のある生活と今後の生活費が欲しかったから。
ただグリジットがこの森を出るという発想は、ファルナには一切無かった。
出て行くのは自分で、グリジットはずっとずっとここに居るものだと信じて疑わなかった。
おこがましい考えだとわかっている。引き留める権利が無いことも。
……そうわかっていても、グリジットが自分の視界から消えてしまうのがどうしても嫌だった。
『泣かせちゃったね、ごめん』
心底申し訳なさそうな声が耳朶に響いて、ファルナはここで自分が泣いていることに気付く。
泣き顔を見られるのは恥ずかしい。それにここで泣くというのは、グリジットを好いている何よりの証拠にもなってしまう。
彼に恋をしていることは誰にも気づかれたくなかった。自分だけの大切な宝物にしたかった。
なのにルブは泣き顔を必死に隠そうとする自分に近づきハンカチを押し付ける。
『君が……兄上と離れたくないなら、一つだけ手段があるよ。教えて欲しい?』
ファルナは考える間もなく頷いた。もう誰かが自分の前から消えてしまうのは耐えられなかった。
その強い気持ちが伝わったのだろうか、ルブは外套に手を突っ込みある物を取り出した。
『兄上に出す飲み物に数滴入れてごらん』
『……これは?』
『媚薬だよ』
まるで菓子の名を告げるようなルブの口調にファルナは出しかけた手を引っ込めた。
だってルブは、暗に既成事実を作ってしまえと提案しているのだ。そうして責任を取ってもらう形で、一生グリジットの傍にいる権利をもぎ取れと言っているのだ。
正直言って一瞬、その提案を嬉々と受け入れたくなった。でも少し考えて、そんなことなど自分は望んではいないことに気付いた。
本人の意思を無視して責任だけを押し付けるなんていう卑怯な真似はしたくなかった。
それでもファルナはルブから媚薬を受け取った。
グリジットを引き留める代わりに、一度だけ愛されたかったから。メイドでも助手でもなく……一人の女性として。
偽りとはいえ、彼に愛される自分を想像したら心が泣きたくなるほど温かくなった。
その思い出さえあれば、この先何があっても一人で生きていけるだろうと思えるほど。
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