ゆきばあの、あしあと

当麻月菜

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両親への秘密は、お酢の味

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 夕方の熱気の中、雲はオレンジ色に染まっている。

 行き交う車の音と、セミの鳴き声が住宅街に響く中、羽咲は泳ぐように歩く。

 歩くたびに、リュックの中にある二つの水筒がぶつかり合って、カタカタと揺れている。

「はぁー……恥の多い一日を送って来ました」

 とある文豪の代表作の一節をもじって呟いた羽咲は、ついさっき別れたばかりの大和のことを思い出す。

『……あんま、気にするなよ。俺は、まぁ……いいと思うけど?』

 羽咲と目を合わせることなく、大和はそう言った。

 あれは、さんざんだった羽咲の歌に対する、彼なりの精一杯のフォローだったのだろう。年下に気を遣わせてしまい申し訳ない。

「はぁー……恥ずかし」

 断れる空気ではなかったにせよ、どうせ歌うなら、もっと無名な曲を選べばよかった。

「おばあちゃんにも、恥ずかしい思いをさせちゃったよね……」

 祖母は、自分のことを自慢の孫だと言ってくれた。

 きっとその言葉は、文句や不満を隠して紡いでくれたもののはず。それなのに、あんな下手な歌を披露してしまった。

 祖母の足跡を辿りたかっただけなのに、どうして祖母の顔に泥を塗るような真似をしてしまったのだろう。

 また一つ、祖母に嫌われることをしてしまったと、がっくりと肩を落とす羽咲は、トボトボ歩きになり、ついに足が止まってしまった。

 羽咲が足を止めても、車道ではせわしなく車が行き交い、雲は夕風に乗って流れていく。そんな当たり前の光景に、羽咲は鼻の奥がツンと痛む。

 この景色は明日も、明後日も、その次の日も、ずっとずっと変わらないはずなのに、祖母だけがいない。

 一緒に暮らして一年半。この道を祖母と肩を並べて歩いたことは、何度もあった。交わした言葉は、どれもとりとめもないものだったけれど、今はその全部が恋しい。

「……ちょっとは、ここに住んで楽しいって思ってくれたのかな」

 祖父が亡くなってからも、祖母は地元長野で沢山の友人知人に囲まれていた。

 いつのまにかできた名古屋の友人は、長野に比べれば遥かに少ないけれど、少しは祖母の孤独を癒してくれたのだろうか。

 そんな疑問を持つ羽咲だが、すぐに首を横に振る。だって、もうわからないから。

 祖母の足跡を辿り始めてわかったことがある。それは、どれだけ足跡を辿っても、祖母の本当の気持ちを知ることができないということ。

 そこに虚しさが無いと言えば、嘘になる。祖母の交友関係を突き止め、満足したかと問われれば、まだ足りないと即答する。

 見えない糸に導かれるように、不思議な出会いが続き、羽咲はこの夏休みを祖母に捧げると決心した。

 動き出したきっかけは単なる自己満足だったけれど、今は何か意味があるように思える。その意味がわかった時、やっとゴールが見えるのだろう。

「……そう。だから……”文化のみち”にも行かなくっちゃ」

 胸の端っこに残っている避けて通りたい願望を追い出すように、羽咲はリュックからスマホを取り出し、節子にメッセージを送る。

 後悔する間もなく、希望の日時が送られてきた。やっぱり、何かに導かれている。

「あーもーこうなったら、とことんやってやる!」

 両腕を伸ばして気合を入れた羽咲が、再び歩き出そうとした、その時──。

「あれぇー?羽咲じゃないか」

 背後から声を掛けられ、羽咲は振り返る。すぐに満面の笑みを浮かべた。

「パパ!」
「おー、羽咲ぁー」

 少し離れた場所から大きく手を振る父親に、羽咲は手を振り返しながら全速力で駆け寄った。
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