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祖母に捧げるラブソング
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うっかりしていたとはいえ、マナー違反を犯してしまった羽咲は、さぁーっと青ざめる。そして、口に入っている煎餅をものすごい速さで嚙み砕く。
どうしてかというと、優雅に食べているのが失礼な気がしたからだ。
ただ、そうしたところでどうなるかという思いはあるが、テンパってしまった羽咲は正しい判断ができないでいる。
そんな羽咲を見て、鈴子は嬉しそうに追加のお煎餅をカバンから取り出す。
「気に入ってくれたの?嬉しいわ。塩味もあるから、こっちもどうぞ」
「あ、いえっ」
羽咲が首を横に振った途端、今度は千春がカバンから飴を取り出してしまった。
「鈴さん、違うでしょ?しょっぱいものを食べたら、今度は甘いものに決まってるわ。どのお味が好きかしら?」
「いえ、だ、大丈夫です!そうじゃなくって」
──プルルルルッ。
羽咲が自分の非常識さを謝罪しようとしたその瞬間、カラオケ時間終了10分前を知らせるコールが入ってしまった。
「もしもし?あーはいはい。わかったよー」
素早く受話器を取った宮部は、相槌を打ちながら、芳郎に片手で合図を送る。
そうすれば芳郎は、心得たように電子目次本を──なぜか、羽咲に押し付けた。
「え?これ……は……?」
受け取ったのは、カラオケの楽曲を選ぶためだけにある機材で、芳郎が押し付けたということは、羽咲に歌えと訴えているはずだ。
しかし、羽咲はあえて尋ねた。なぜなら羽咲は、救いようのないド音痴だからだ。
「やっぱ今日の締めは、羽咲ちゃんだろ?ほら、好きな曲入れな。あ、俺らに気を使って昔の歌入れなくていいから」
「あの、私……引くほど音痴で……カラオケは聞き専で……どうか他の方が歌ってください」
プルプル手を震わせながら、羽咲は電子目次本を芳郎に返そうとする。だが、彼は頑として受け取らない。
「大丈夫、大丈夫!若い子はそんなこというけど、皆上手なんだよねー」
「いえ、私は本当の音痴なんです……私が歌い出すとみんなトイレに逃げてくし、私の次に歌う子は、なんか音程がわからなくなったって言うし……他にも色々あるんですが、とにかく私は歌っちゃいけないレベルの音痴なんです……」
自分で言ってて悲しくなるが、何一つ大げさに伝えていない。むしろ控えめの表現だ。
それなのに、芳郎を含め、カラオケサークルのメンバーは全員、声を上げて笑う。こんなにも羽咲が必死に訴えているというのに。
「ささっ、時間もないし遠慮はこれくらいにして、好きな曲を選んでちょうだい」
「そうよ。ゆきさんもお孫さんが歌ってくれたら喜ぶわ」
「いやぁー、若い子の歌が聞けるなんて長生きしてみるもんだね」
「こら、芳さん。それセクハラ!」
「あちゃー。失敬、失敬!」
そんなことを言いながら、カラオケサークルのメンバーはあっという間に片付けを終え、聞く体制に入っている。羽咲の前にはマイクが用意され、もう後戻りはできない。
「……羽咲さん、俺、歌おっか?」
追い詰められた羽咲を助けるべく、大和はさりげなくマイクと電子目次本を回収しようとしてくれる。
その申し出は泣くほどありがたい。しかし、今日は大和に助けられっぱなしだ。
「いい、歌う。その代わり、大和君、耳塞いでて」
「はぁ!?なんで俺だけ聞いちゃダメなん?」
「私が音痴だから!」
「そんな言うほど酷くないでしょ?」
「それは私が歌い終えてから言って!」
大和と短い会話をしながら、羽咲は昭和歌謡を入力した。
「……これは、おばあちゃんのため。おばあちゃんのために、歌うんだから……」
自分に言い聞かせながら、羽咲はマイクを両手で握って立ち上がった。
どうしてかというと、優雅に食べているのが失礼な気がしたからだ。
ただ、そうしたところでどうなるかという思いはあるが、テンパってしまった羽咲は正しい判断ができないでいる。
そんな羽咲を見て、鈴子は嬉しそうに追加のお煎餅をカバンから取り出す。
「気に入ってくれたの?嬉しいわ。塩味もあるから、こっちもどうぞ」
「あ、いえっ」
羽咲が首を横に振った途端、今度は千春がカバンから飴を取り出してしまった。
「鈴さん、違うでしょ?しょっぱいものを食べたら、今度は甘いものに決まってるわ。どのお味が好きかしら?」
「いえ、だ、大丈夫です!そうじゃなくって」
──プルルルルッ。
羽咲が自分の非常識さを謝罪しようとしたその瞬間、カラオケ時間終了10分前を知らせるコールが入ってしまった。
「もしもし?あーはいはい。わかったよー」
素早く受話器を取った宮部は、相槌を打ちながら、芳郎に片手で合図を送る。
そうすれば芳郎は、心得たように電子目次本を──なぜか、羽咲に押し付けた。
「え?これ……は……?」
受け取ったのは、カラオケの楽曲を選ぶためだけにある機材で、芳郎が押し付けたということは、羽咲に歌えと訴えているはずだ。
しかし、羽咲はあえて尋ねた。なぜなら羽咲は、救いようのないド音痴だからだ。
「やっぱ今日の締めは、羽咲ちゃんだろ?ほら、好きな曲入れな。あ、俺らに気を使って昔の歌入れなくていいから」
「あの、私……引くほど音痴で……カラオケは聞き専で……どうか他の方が歌ってください」
プルプル手を震わせながら、羽咲は電子目次本を芳郎に返そうとする。だが、彼は頑として受け取らない。
「大丈夫、大丈夫!若い子はそんなこというけど、皆上手なんだよねー」
「いえ、私は本当の音痴なんです……私が歌い出すとみんなトイレに逃げてくし、私の次に歌う子は、なんか音程がわからなくなったって言うし……他にも色々あるんですが、とにかく私は歌っちゃいけないレベルの音痴なんです……」
自分で言ってて悲しくなるが、何一つ大げさに伝えていない。むしろ控えめの表現だ。
それなのに、芳郎を含め、カラオケサークルのメンバーは全員、声を上げて笑う。こんなにも羽咲が必死に訴えているというのに。
「ささっ、時間もないし遠慮はこれくらいにして、好きな曲を選んでちょうだい」
「そうよ。ゆきさんもお孫さんが歌ってくれたら喜ぶわ」
「いやぁー、若い子の歌が聞けるなんて長生きしてみるもんだね」
「こら、芳さん。それセクハラ!」
「あちゃー。失敬、失敬!」
そんなことを言いながら、カラオケサークルのメンバーはあっという間に片付けを終え、聞く体制に入っている。羽咲の前にはマイクが用意され、もう後戻りはできない。
「……羽咲さん、俺、歌おっか?」
追い詰められた羽咲を助けるべく、大和はさりげなくマイクと電子目次本を回収しようとしてくれる。
その申し出は泣くほどありがたい。しかし、今日は大和に助けられっぱなしだ。
「いい、歌う。その代わり、大和君、耳塞いでて」
「はぁ!?なんで俺だけ聞いちゃダメなん?」
「私が音痴だから!」
「そんな言うほど酷くないでしょ?」
「それは私が歌い終えてから言って!」
大和と短い会話をしながら、羽咲は昭和歌謡を入力した。
「……これは、おばあちゃんのため。おばあちゃんのために、歌うんだから……」
自分に言い聞かせながら、羽咲はマイクを両手で握って立ち上がった。
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