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泡沫夢幻といきたいところだけれど、事実は小説より奇なり

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「アネモネ、会えて良かった。……てっきり留守かと思ったよ」  

 ソレールはこちらに近づきながら、そう言った。

 あの日と変わらない柔らかな笑みを浮かべて。まるで彼の自宅で過ごしていた日々の続きのように。

「えっと、アネモネどうしたの?」
「……」
「ああ、驚いてるか。うん、まぁ驚くよね」
「……」
「でもさ、───……って、アネモネっ。待ってくれ!!」

 予想外の展開に、キャパを超えてしまったアネモネは、無意識にソレールに背を向けると、ものすごい勢いで自宅に掛け戻った。



 もつれる足をなんとか動かして、玄関に飛び込む。

 次いで玄関扉の鍵をがっちりとかける。混乱を極めているせいで、笑ってしまうほど全身が震えている。

 扉を背にして、ずるずるとその場にしゃがみ込んでしまった。
 
 ソレールに会いたかった。姿が見たくて、名前を呼んで欲しかった。

 けれど、もし仮に会ったときに平常心を保てるかといえば、それは別の話だった。

 ───…… 嘘、なんで、どうして、まさか。

 そんな現実を受け入れられない言葉ばかりが頭の中で暴れている。

 嬉しいとか恋しいとかそんな気持ちより、驚きが強すぎて、自分でも何でこんな行動を取ってしまったのかわからない。

 そしてアルマジロのように身を丸めていたとしても、現状は、なにも変わらないのはわかっている。

 さりとて、アネモネはなに食わぬ顔で「お久しぶり」と笑みを浮かべることも、「はて、どちらさま?」とすっとぼけることも、まして「会いたかった」などと、素直な気持ちを伝える気合いもない。

 笛の音色と共に消えてしまったはずの恋が、まだ続いている。
 しかも恋した人が、あの頃のまま変わらぬ記憶を持っている。

 そりゃあもう、十分にパニックになって良いだろう。

 ならない方がおかしいし、冷静でいられる人がいるなら今すぐ自分の元に来てご教授願いたい。

「……なんで来るのぉ」 

 弱々しい声を吐いたアネモネは、混乱する気持ちを押しつぶすように膝を抱えて、蹲った。

 ─── トントン。

 背中から振動が伝わってきて、アネモネはバッタのように跳ねあがる。

 どなたですか?など聞く必要は無い。ソレールが追ってきてくれたのだ。中途半端な浮いた身体が、自然とへたり込む。

「アネモネ、開けてくれないか?」
「……」
「頼む。少しで良いから、話を聞いてくれ」
「……」

 返事をする余裕があれば、ちゃんと会話くらいはできた。でも、今はそれすら無理だ。

 だからアネモネは、ぶんぶんと首を左右に振る。

 本当に、大変申し訳ないけれど、できることなら、今日は帰ってほしい。後日改めて、話をしたい。

 そんな気持ちとは裏腹のことを考えるアネモネは気付いていない。ソレールが疲れた顔をしていたことを。焦げ茶色のコートが土で汚れていたことを。

 ソレールは、王都から離れた領地から、寝ずに馬を走らせてきたのだ。

 そんな相手に、この態度は無いだろうと思う。

 だが、アネモネはどうしてソレールが記憶を取り戻すことができ、伝えていないはずのこの家の場所まで来ることができたのか───その経緯など知るよしもなかったし、考える余裕もなかった。
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