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傷口に触れて愛を知る

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 ブラブラ揺れるテルミィの手足の動きは、犬にとって興味をそそるものなのか、ハクは本気でじゃれてくる。

 後ろ足で立ち上がり、つま先を甘噛みしようとするハクを避ける為に、テルミィは担がれたまま足を曲げた。

 ルドルクの足がピタリと止まる。

「テルミィ、言わなくてもわかるだろうが、往生際悪く暴れたりしたら」
「しま……しませんっ」 
「よし」

 頷いてくれたルドルクだけれどテルミィを床に下ろすことはしなかったし、ハクにお座りを命ずることもなかった。

 大股でズンズン歩いていたルドルクの足が、ベッドの前で止まる。皺ひとつないシーツの上に、テルミィは下ろされた。

 彼の手つきは、まるで花束を置くようなそれ。ついさっき強引に肩に担いだ人とは別人のようである。

「あの……あのですね……ブラブラしてた足にハクが興奮しちゃって……その……ハクの甘噛みは……ちょっと痛いから……噛まれたくなかっただけなんですぅ」

 せめて誤解だけは解いておかなければと、ガバリと勢いよく起き上がったテルミィは、ルドルクのガウンの裾を掴みながら訴える。

「そうか。強引な真似をして悪かったな」

 ポンっと頭に大きな手が乗った。見上げた彼は、本当に心から申し訳なさそうな顔をしている。

「足、見せてみろ」
「あ、大丈夫です。か、噛まれる前に……避けましたから」 
「大丈夫かどうかは俺が決める」

 トンっと肩を押され、テルミィはベットに仰向けに倒れる。起き上がろうとしたけれど、それを制すようにルドルクに足首を持ち上げられた。

「……少し触るぞ」 

 己の膝の上にテルミィの足首を乗せたルドルクは、壊れ物を扱うような手つきで小さな足に指を這わせた。

 指先を一本一本撫でるように触れられ、テルミィの肌が粟立ち身体のどこかがキュンと疼く。

「傷はないようだが、痛むところはあるか?」 
「……っ」

 唇を噛んで身をよじるテルミィを見て、ルドルクの眉が下がった。

「俺に触れられるのが嫌なのか?」

 なんて馬鹿なことを訊くのだろう、この人は。

 これからもっともっと深く触れ合う予定なのに。 

「い……嫌じゃなくって……ただ、く……くすぐったい……です」
「それは悪かったな」
 
 すぐに手を離してくれたルドルクの表情は拍子抜けしたような、それでいてこの時間を楽しむような不思議な笑みを浮かべていた。

「さて、お前の足も無事だったようだし……寝るか」
「は、はい……はいっ」

 いよいよその時が来た!と、テルミィはゴクリと唾を飲む。頭の中は姉の友人達に吹き込まれた、あっちの情報でいっぱいだった。

 けれどもさほど時間を置かず、テルミィは首を傾げることになる。




 ──……あ、あれ?……なんか違うような気がする。

 現在テルミィは、ハクとルドルクに挟まれベッドに仰向けになってる。異国の表現を使うなら『川の字』状態だ。

 ちなみにハクはシーツの上で丸くなり、ルドルクはガウンを脱ぎ薄い寝間着姿でテルミィに背を向け横になっている。

 男女の色恋に疎いテルミィだって、この状態が夜の営みとは遠くかけ離れたものであることはわかる。

「……あ、あの……ルドルクさん」
「寝ろ」
「いえ、寝ることは寝ますが……その……」
「本は逃げたりしないって言っただろ」
「いえ……そうじゃなくって……ですね」
「なんだ?」

 緩慢な動きで寝返りを打ってこちら側を向いてくれたルドルクに、テルミィはシーツの中でグッと握りこぶしを作って口を開く。

「しないんですか?」
「なっ……!?」

 限界まで目を開いたルドルクは、勢いよく身を起こした。シーツが引っ張られ、反対側に寝ていたハクがワホンと抗議の声を出す。

 テルミィはといえば、まさか彼がこんなリアクションを取るとは思っておらず、横向きに寝そべった状態でポカンとなる。

 互いの息遣いが聞こえるくらい、寝室は沈黙に包まれる。

 押しつぶされそうなこの空気に耐えられなくなったのは、テルミィの方だった。

「しないんですか?」
「……」
 
 二度目の問いかけにも、ルドルクは答えてくれない。

「……ルドルクさんの方から……誘ってくれたのに……」

 まだ服すら脱がしていないのに放棄するなんて。

 そんな抗議の声を上げたいけれど、テルミィにできることといえば、もの言いたげにジッとルドルクを見つめることだけ。

「いや……待て。それは……」 

 強い視線を受けて、ルドルクは手の甲を口元に当てて不明瞭な言葉を紡ぐ。

 言い訳にならない言い訳を聞かされると、何だか虚しさがこみ上げる。

「いいです……ごめんなさい。困らせるつもりは……なかったんです」

 テルミィも起き上がり、ルドルクに向かって頭を下げた。

 謝罪の言葉を紡いでから、己の立場を弁えていない発言をしてしまったことを自覚した。

 頼み込んで領主婚をしてもらった相手を責めるなんて、最低のことだった。彼が嫌なら嫌なのだ。そこに疑問を持つことすら間違いだったのだ。

 けれどあの時、どうしても感情の制御ができなかった。なぜなら、

 ──私、ほんのちょっとルドルクさんに期待しちゃってたんだ。

 男の人は狼だ。状況とタイミングが合えばそういうことをしたいと、いつでもチャンスを狙っていると、姉の友人達は口を揃えて言っていた。

 そんな男の人でも、それなりの美学を持っている。流石に壁に空いた穴は対象にしない。

 つまり自分はルドルクの目には、血の通った人間として映っていたのだ。

 性欲の対象に選ばれたことが嬉しかったわけじゃない。ただ自分を意思のある生き物として扱ってくれたことが嬉しくて、その扱いがこれから先、ずっと続けばいいと無意識に願っていたのだ。

 ──私……なんて図々しいことを願ってしまったのだろう。愚かすぎるよ……情けない。

 羞恥と自己嫌悪からテルミィは俯いてしまう。生まれて初めて自分の存在を消してしまいたいと思った。その時、

「テルミィ……こっちを向け」

 低く優しい声が耳に響いたと同時に、大きな手が自分の頬を包み込んだ。
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