かつて聖女は悪女と呼ばれていた

朔雲みう (さくもみう)

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3. 後編

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「まあ、この方は誰かしら」


 聖女は鏡を見て声をあげた。

 鏡に映っているのは、見たことのない女性だった。

 だが、ふしぎなことに、彼女は少しも慌てなかった。


「まずは、この方が誰なのか、調べることから始めましょう」


 そう言って、名前は勿論、家族構成や交友関係。そして評判まで調べると、聖女は眉をひそめた。

 どうやら今の自分は、と呼ばれているらしい。

 普通なら大いに落胆するところだが、聖女にはもっと気にかけるべきことがあった。

 自分のいなくなった城は、どうなっているのだろう。

 ただの村娘には知る術がなく、それだけが聖女の胸を痛めた。



 農村に住まう者たちの朝は早い。

 聖女は常日頃から早起きだったので、家族と同じ時間に起きた。

 朝日がのぼる前に彼女の姿を見たことがなかったので、家族は大変驚いた。

 そして畑仕事を一緒にしたいと言うと、更に驚いた顔をした。

 聖女は畑仕事をしたことがなかったので、なにからなにまで尋ねた。悪女も畑仕事は家族に任せきりで何も知らない筈なので、家族はちっとも不審に思わなかった。

 家族は仲が良く、温かかった。

 村のみんなは、とても優しかった。

 汗水流してようやくありつける食事は、本当に美味しかった。

 なんて幸福だろうと、聖女は心から思った。

 聖女は気立てが良いばかりか、勉強熱心でとても賢かった。

 作物をよりよく育てる方法や、悪天候への備えなど、村の助けになることをたくさん考え、実行した。村は聖女のおかげでますます発展した。

 だが、月日が流れると悪政によって国が傾き、生活はとたんに苦しくなった。



 悪女は城で慌てていた。

 次から次へと文句が聞こえてきた。

 文句を言う者を片っ端から牢へ放り込んだ。それでも文句はやまず、それどころか増える一方だった。

 悪女は名声を取り戻すため、思いつく限りの善行を積んだ。しかしそれも焼け石に水だった。

 聖女が長年かけて築き上げた評判は、一瞬で地に落ちた。どれだけ時を重ねても、回復する兆しは見えなかった。

 憎みさげすんだ聖女が、いかに優秀であったかを思い知った時にはもう遅かった。

 民は荒れ果てた国を見限り、未開の地へと逃れた。

 城ではたらく者たちも、おべっかを使うわずかな者たちを残して、みんないなくなってしまった。

 玉座にすわり、静かになった城の中で、悪女は絶望に打ちひしがれた。

 すると、あのときの悪魔がやってきた。

 
「なんてざまだろうね」


 悪魔は言った。

 悪女は悪魔を睨みつけた。


「お前がしくんだのね?」


 悪魔は何のことだか分からないと答えた。


「とぼけないで。お前はこうなることが分かっていたのでしょう? あのとき、人間を絶望させることが仕事だと言っていたけれど、それは聖女ではなく私のことだったのね」


 悪魔は笑った。


自惚うぬぼれるな。私が絶望させてやろうと思ったのは、聖女の方だ。お前のように性根の腐った人間をおとしめても何の面白みもない。だが、お前が絶望してくれたお陰で、私の労力は無駄にならなかった。感謝するぞ」


 悪魔はそう言って去っていった。

 すると今度は、わずかに残った家臣のひとりがやってきた。


「聖女さま。異国の王女の使いだと言う者が来ています。王女が聖女さまとの謁見を申し出ているとのこと。いかがいたしましょうか?」


 悪女は力なく笑った。


「私は異国語が話せないのよ? この城に異国語を話せる者はいなくなってしまったでしょう。どうしようもないわ」

「それが……」


 家臣は言いよどむ。

 悪女はいぶかしげに聞いた。


「一体どうしたというの?」

「私は来た者が王女の使者だと分かりました。そう言っていたからです」

「どういうこと?」

「使者はこの国の言葉を話していました。その使者の国というのが、この国から逃れた者たちが作った国なのです」

「なんですって!?」

 悪女はこれでもかというくらいに、両目を大きく見開いた。

 悪女はすぐに王女を連れてくるよう、家臣に命じた。



 やってきた王女を見たとき、悪女は何処かで見たことがあるような気がした。だが、すぐに気のせいだと思い直した。

 なぜなら、その王女はとても美しく、このような美女を忘れることなどないと思ったからだ。

 王女は静かに口を開いた。


「私の国をずいぶん荒らしてくれましたね」


 悪女は虚をつかれた顔をした。

 この王女は、突然何を言っているのか。


「まだ分かりませんか? 私はあなたですよ」


 そこまで聞いて、悪女はようやく気づいた。

 よくよく目を凝らしてみれば、目の前にいる女性は捨てたはずの大嫌いな自分と同じ特徴を持っていた。

 くすんだ金色の髪、決して高くはない鼻に、つり上がった目。お世辞にも美人とは言えない容姿。

 ところが、これはどうしたことか。

 王女はとても美しかった。

 自信に満ちた目、口の端を僅かに持ち上げ、引き結ばれたかしこそうな唇。

 顎を引き、真っ直ぐに前を見据える姿は、凛としていて威厳さえ感じられる。


「ああ……っ」


 張り詰めていた緊張の糸が切れ、悪女は泣き崩れた。

 王女は言った。


「国を返してもらいましょう」


 悪女は泣きながら、何度も何度も頷いた。

 その胸に渦巻く感情は、悔しさなどではなく、純然たる敗北感だった。




 滅びかけた国がゆっくりと活気を取り戻していくと、国の再建に大きく貢献したひとりの女性に、人々の関心は集まった。

 しかも、その女性はかつてだったと言うのだから、興味を持たない者などいなかった。

 は、やがて、と呼ばれるようになり、すべてはもとどおりとなった。
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