魔王様と勇者な姫君 ~倒しに行った魔王に求婚されました~

朔雲みう (さくもみう)

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5. 魔王の見える愛 ②

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 翌朝――


 魔王の朝餉あさげに招かれたユズリハは、朝陽の入る広々とした食事の間へと案内された。広大な部屋の中央には、清楚な白いクロスの掛けられた縦長のテーブルがある。魔王がユズリハの為にと付けてくれた侍女の一人が椅子を引いてくれ、ユズリハは腰を下ろした。

 魔王は既に席についていた。向かいに座ったユズリハを、悦に入ったように見ている。

「な、何よ……?」

「見惚れておった」 

「――」

 手近にあるフォークを投げ付けたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢する。

「そ、そう」
 
 と、視線を逸らして素っ気なく返した。

 しかし、魔王はユズリハの頬が僅かに赤く染まっていることを見逃さなかった。追い打ちをかけるかのように、ユズリハの麗姿を褒めそやす。

「剣を携えたあの凛とした勇姿も良かったが、そのドレスも似合っておるぞ」

 ユズリハは、魔王に戦いを挑んだ時の殺伐とした旅装ではなく、レース飾りやフリルがふんだんに使われている純白のドレスに身を包んでいた。

 金色の髪はおろし、紫水晶アメジスト青玉サファイアを散りばめた繊細な細工のティアラをさしている。身の回りの世話をする為に遣わされたという数名の侍女達が、衣装棚からドレスやその他装飾品を姫の意見を聞きながら選び、身支度を整えてくれたのだ。

 自ら仕立てさせたドレスや宝飾品が愛する姫をより一層美しく見せていることに、魔王は喜んでいるようだった。食事をする間にも、思い付いては賛辞を送り、実に満足げだ。

 初めは頑なだったユズリハも、そんな風にあけすけに嬉しそうにされると、ほんの少しだが、そんな無邪気な魔王を……ちょっと可愛いかも、などと思ってしまう。

 ――って、何考えてるのよ、私は。

 ちらりと、あくまで気付かれないようにと魔王を窺い見る。
 自信に満ちた深紅の瞳、僅かに口の端を引き上げ、威厳を備えた口元。魔王たらしめる尊大で横柄な態度、そして昨日、目の当たりにしたあの問答無用の強さ。……可愛さの欠片もない。可愛いだなんて、一体、どうしてそんな感想を抱いてしまったのか。

 自己嫌悪のように悩んでいると、最初からユズリハの視線に気付いていた魔王は、隠しきれずにくつくつと笑い声を上げ始めた。

「良いものだな、そなたに見つめられるのは」

「っ、料理に見惚れてるのよ」

 止まっていた手を動かし、慌ててスープを口に運ぶ。勿論、動揺を悟られないよう、あくまで優雅に。じゃじゃ馬姫の異名を持つ彼女だが、流石に宮廷作法は一通り心得ている。

 誤魔化す為にするりと出てしまった言葉だったが、一国の姫でさえも見惚れてしまう程、本当に豪華なものだった。

 果物がきれいに盛られたクリスタルの器が中央に置かれ、目の前には、美味しそうに湯気を立てているスープ、上等な肉を使ったステーキ、見たこともない魚のエスカベージュ、肉と野菜を彩りよく炒めたソテー、そして果肉の入った赤く透き通ったゼリー等、見た目も味もどれも一級品だ。

 魔王は、赤い葡萄酒の注がれたグラスを傾けながら訊いてきた。

「どうだ、味は?」

「……美味しいわ」

 何だか意地を張るのにも疲れてきて、気が付けば素直な感想を述べていた。

 ユズリハのグラスには、酒精のない甘い香りの果実水が注がれている。

 ――酔わせてどうこう、という気もないみたいね。

 本当に調子を狂わせる男だ、と内心で思う。少しでも手篭てごめにしてやろうという素振りを見せてくれれば、いっそ抵抗出来るのに。

 そんなことを考えながら果実水を口に含み、そういえば、と顔を上げた。

「ゼフィーは?」

 朝からまだ一度も顔を見ていない。

「何だ、気付いておらんのか。そなたが参るより先に、とうに来ておるぞ?」

 え、来てる? 何処に…… 

 ユズリハは広い部屋を見渡し、そして見つけた――。

「ゼ、ゼフィー!?」

 宮廷作法そっちのけで、思わず叫んでしまった。

 テーブルから離れた部屋の片隅に、彼は座っていた。床の上に、直に。

 磨き上げられた床の上には、正方形の無地の布が敷かれ、その上にパンと思しきものを一つ乗せた皿とコップが置かれている。

「あ、姫様。おはようございます」

 彼の落ちついた声が静かな広間に響く。

「ええ、おはよう……って、ちょっとっ!」

 ユズリハは、魔王に向かって声を荒げた。

「何なのアレは!?」

「ん、何を怒っておるのだ。気は進まなかったが、あの男も我らの朝餉に相伴しょうばんさせてやったのだぞ?」

 相伴しょうばん、アレが!?

「どう見ても、一人でピクニックしてるようにしか見えないわよ!?」

 ユズリハが抗議すると、魔王は側近たちに命じ、ゼフィランサスの席を魔王と姫の座るテーブルに近付けさせた。長テーブルの隣で、ゼフィランサスがちょこんと床に腰を下ろし、ささやか過ぎる朝食を前にしている……。

「これでどうだ?」

「私が言いたいのは、この差よ!」

 ユズリハはテーブルの上の豪華な食事を指差してから、ゼフィランサスの質素極まりない朝食をびしっと指差した。細身で小柄なユズリハなら耐えられるかもしれないが、大の男にパン一つなんて。殺す気だろうか。

「ああ、つまりこれが――」

「我が愛!?」

「おお、漸く気付いてくれたか」

 にこにこと嬉しそうに言う魔王に、ユズリハは少し躊躇ためらってから言った。

「ねぇ、一つお願いしていい?」

「ん、何だ? 望みがあるならば、言ってみよ」

 ユズリハは、すっと深く息を吸ってから、ご機嫌な魔王に向かって告げた。

「私への愛を、少しゼフィーに分けてあげてちょうだい――」


 ……


「何なのよ、もう……」

 朝のことを思い出しながら、ユズリハはベッドの上に転がった。

 その様子を見て、ゼフィランサスが少し面白そうに言う。

「愛されてますね、姫」

「愛……」

 今まで、愛は目に見えなくて、漠然としていて。

 なのに、魔王の愛は目に見えるようだ。いや、見えすぎるくらいなのだが。

 ……って、何も見えない、見えないわ! 

 ユズリハは、ぶんぶんと首を振った。

「そ、それより、ゼフィー……また来てるけど大丈夫なの?」

 ベッドの上に突っ伏しながら視線を上げると、魔物達の目を盗んで、今度はひょっこりとテラスから現れた彼は笑んで答えた。

「もし魔王に殺されそうになりましたら、また愛のおすそ分けをお願いします」

 ゼフィランサスの軽口に、ユズリハの目がすいっと細くなる。そして彼が笑みを崩さないのを見て溜息を落とし、独り言のように呟いた。

「まぁ……あの魔王は殺すなんてしないでしょうけど」

 何だかんだ、悪い奴ではないのだ。そこがまた憎いというか、胸の奥がもやもやするというか、妙に落ちつかない気分にさせる。

「もう、いらいらするわね……」

 魔王から贈られた紅玉ルビーの首飾りを指先で弄びながら、ぶつぶつと呟く。

 こんな風に心をかき乱した、その責任をとってもらわないと何だか気が済まない。そんな気がしてきた。

 自分でも良く分からない感情に流されながら、ユズリハは策を練り始めた。
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