今の恋を美味しく味付ける辛い失恋のスパイス

赤茄子橄

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中学生男子はすぐ浮かれちゃうんだ

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梨樹人と柚津は小学校4年生のときから同級生だ。

小学3年生の冬、柚津が親の転勤に伴って転校してきており、次の年度から卒業までクラスメイトだった。
さらに小学校卒業後はお互い順当に地元の公立中学に進学したため、同級生の関係は中学3年まで続くことになっていた。

とはいえこの間に何か大きな進展があったわけではない。
何の因果か、中学2年のとき以外は同じクラスになり、班分けで同じグループになることも何度もあった。
それでも、それだけの関係だった。

お互いに部活動や勉学に精を出しており、放課後や週末に遊びに行くこともなかったし、学校での会話も少なくとも梨樹人にとって色っぽいと認識できるものではなかった。

何もこの状況は不思議なものではなく、むしろ当然である。
柚津の同級生は梨樹人だけではないんだし、現実に「遅刻してパンを咥えた転校生と曲がり角でゴッツンコ」からのラブコメだとか、出会っていきなり愛が育まれるなんてことはありえない。

しかし、運命は中学の卒業式の日に事態は動く。

その日、中学最後のホームルームで、先生からのお祝いメッセージや中学での心得なんかが書かれた最後のプリントが配布された。
前の人から後ろに回していく、あの方式だ。

柚津の席は梨樹人の1つ前で、ちょうどプリントを渡してくる場所にいる。
回ってくるプリントと一緒に柚津は梨樹人に向けて小さなメモを渡してきた。

ん?なんだこれ?後ろに渡せばいいのか?

あまり勘の良いタイプではない梨樹人はそれが何かわからず、自分の後ろの席の男子、春朝 慧莉(はるあさ けいり)に対する手紙だろうと考えた。
梨樹人がそれらを春朝に手渡そうと後ろを振り返ったとき、前方から「バンバンッ」と小さく木の机を叩く音がした。

何事かと思い前を向いてみると、耳まで赤くした柚津がこちらを睨んでいる。
どうした?と尋ねると、小さな声で怒りの言葉が飛んできた。

「ちょっと!それは後ろに回すんじゃなくて、神夏磯くんの!」

あーなるほど、そういうことか。

「もう最悪!いいから、それ開けて読んで!」

「はいはい、ごめんよー」

折りたたまれた手紙を開いて見てみると、可愛らしい丸っこい文字で「部活の方が終わったら教室に戻ってきてくれない?」と書かれていた。

いくら勘の悪い梨樹人といえども、こんな内容の手紙を、普段呼び出されることなんて無い関係の女子から、卒業式のこのタイミングで渡されて何もわからないほどのバカではない。

それまで彼女ができたことのない・気安い女友達も多いわけではない・思春期真っ只中と飜数の高い手を張っている梨樹人の心臓は早鐘を打ちながら、喜びと中二心にまみれた自己内対話を繰り出している。

なるほどなるほど~。んー、まじかー。えー。えっ?まじ?なんで?嬉しすぎるんだが。。。
でも待て、まだそうと決まったわけじゃないしな。あんまりがっつくとダサいしな。
俺は普段から割とクールキャラだし、ここでもクールめでいこう。うん。

その短い手紙を読み終えて再び前を向くと、ずっとこちらを見ていたのか、半身をこちらに向けている柚津。

かろうじて返せたのは、なんでもない風を装った軽い笑顔とシンプルなサムズアップだけだった。

その後は担任の先生が最後の挨拶としてなにか感動的らしい演説をする中、数名のクラスメイトはそれを聞いて涙を流していたりもしたが、梨樹人の頭の中はそんな雑念で支配され、多くないメモリがオーバーフローして何も耳に入ってはこなかった。

ホームルームが終わると、柚津はクラスメイトとしばらく談笑した後、梨樹人に向けて小さく一言「じゃあ後でね」と言い残し、部活動の方に向かった。


***


ホームルームのさらに1時間半後。
未だに梨樹人が所属している水泳部での卒業送り出しイベントは続いている。

水泳部では例年この時間に、後輩たちからの感謝の言葉や卒業生からのメッセージを1人ずつ披露するのがお決まりとなっている。
この水泳部は学内でも指折りの大規模な部活動でそれなりに人数もいるため、予想していた通りではあるものの、かなりの時間を要してしまった。

柚津の手紙に「部活の方が終わったら」と書いてあったのは、この時間があることを知っていてタイミングを指定しているのだろう。

柚津の方も部活動に参加しているが、所属している美術部は水泳部の5分の1にも満たない小規模な部活動である。
こちらでも水泳部同様の卒業生の送り出しイベントが催されているとはいえ、全行程の遂行に要する時間は比較にならないほどに短い。

早く終わってくれないかなぁ。

他の部員がメッセージを伝える間、梨樹人の心は柚津を待たせているであろうことに対する焦燥感で満ちていた。

これまでの振る舞いから誤解を受けるかもしれないが、梨樹人はクラスメイトや部活仲間達と不仲であったり無関心というわけではない。
普段はクラスの最後の雑談や別れの挨拶、部活仲間や後輩との会話をじっくりと味わう普通に友達が大事な男子中学生だ。

しかし、人生で初めて彼女ができるかもしれないという事実が、多感過ぎる男子中学生の思考を専有するのも無理からぬ事であった。

「まぁまぁイソよぉ、そうソワソワすんなってw」

副キャプテンが喋っているなか、隣にいる春朝が軽いノリで肩を殴りながら小声で話しかけてくる。

「イソ」とは、俺の名前の神夏磯の最後の文字だけをとってつけたあだ名らしい。

春朝はいつも軽薄そうに見える振る舞いをしていて、実際に軽薄なところはあるけど、実際は気のいいやつなんだ。
こいつとは席が前後なだけじゃなく、部活でも一緒、幼稚園のころからよくつるんでいる友達の一人なのだ。

いや、そんな気づかれるほど浮ついてないだろ?

「......なにが?」

「なにが?じゃねぇよwwwwさっきからわかり易すぎるわwwwもうちょっと引退を寂しがれよwww」

ちょっとうざいな。

「は?普通に寂しいが?」

「いやそうかもしれんけど、早く終わらせて夏海のところに行きたいっていうオーラがでてるw」

「まじで?」

「まじでwまぁ近くで見たらわかるってくらいだから良いけどよw」

「焦ったわ。ビビらせんな!」

そう言って春朝の肩を軽く殴り返す。

このやり取りも、これからはあんまりしなくなるんだろうか。

春朝は地元からほど近い高校に進学する一方で、梨樹人は地元から少し離れた高校に進む予定であり、一緒にいる時間がこれまでに比べて短くなるだろうことは想像に難くない。
ここにきて漸くそんな寂寥感も少し生まれてくる。

「もう終わんだから、辛抱しろよw」

「わかってるよ」

そうこうしてるうちに最後の部長のメッセージも終わり、元気のいい挨拶の後、解散の流れになった。
いやーほんと長いようで短かったなぁ、などと同期の仲間が雑談を始めようとしていたが、ソワソワの限界を迎えた梨樹人は

「すまん、今日はこの後用事があるんだ!名残惜しいけどお先に失礼するわ!部活にもまた顔出すから。お前らもまた遊びに行こーぜ!」

と言い残して急いで鞄をとり、ニヤけ面の春朝を横目に教室の方へと駆け出した。
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