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第1章

第4話 そもそもオレの酒を同じジョッキで呑むなよ

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 王族追放の憂き目にあったティスリわたしは、着の身着のままで護衛も付けずに王城裏門にやってきました。

 正門を開けるのには手間が掛かるし、今や野に下ったわたしには、裏門から出ていくのがお似合いでしょう。

 お父様では、国政を切り盛りするのは無茶がすぎると思いますが、もう知ったことではないのです。今まで扱き使われた分、せいぜいゆるりと過ごすことにしましょう。

 そんなことを考えながら歩いていると、背後から、何やら揉め事の気配を感じました。

 わたしは木の陰に隠れて様子を窺うと──どうやら、衛士の一人が追放クビになったようですね。

 このわたしと同じ日・同じ時間に追放されるとは、奇妙な縁を感じなくもないのです。

 それに追放の理由も理不尽なもののようですし……お父様といい、やはりこの国の王侯貴族は腐っていますね。

 わたしがまだ王女であったなら、平民を見下しているあの衛士たちこそを追放するのだけれど……王族追放となった今のわたしでは、そんな権限も失ってしまいました。

 だからでしょうか……彼に接近したのは。

 何もできなかった元王女として、せめてもの罪滅ぼしをしたかったのかもしれません。

 そうしてお互いの自己紹介を終えると、わたしはアルデと酒場にやってきていました。

「へぇ……ここが酒場ですか。なかなかに辛気くさい場所ですね」

「ちょ、ちょっと……! いきなりそんなこと言うなよ!?」

 わたしの素直な感想に、アルデはワタワタとしています。

 正直は美徳だというのに、何をそんなに慌てているのでしょうね?

「ってかティスリ、酒場は初めてなのか?」

「ええ、始めてです。普段は、外食するにもレストランとかでしたから」

「はぁ……なるほど。さすがは政商の娘さんだ……」

 アルデは、どうやらわたしが本当に政商の娘なのだと信じたようです。今や身分もない身ですから、そう思わせておいても問題ないでしょう。

 元王女だったと知られたら、アルデもろとも、トラブルに巻き込まれかねませんからね。

 着席するとアルデが言ってきました。

「それでティスリは吞めるのか? 見た感じ、まだ若いようだが……」

「どこからどう見ても、成人している16歳の美少女でしょう?」

「まぁ……そうだな……そしたら何を呑む?」

「葡萄酒をお願いします」

 わたしは葡萄酒を頼み、アルデは麦芽酒を頼みました。あといくつかサイドメニューも注文したようです。

 程なくして注文の品が運ばれて、アルデがジョッキ片手に言いました。

「それじゃあ……えーと……なんというか……」

 よい言葉が出てこないようです。なのでわたしが代わりにいました。

「アルデ、ご愁傷様でした」

「それは言わない約束だろ!?」

 はて? そんな約束をした覚えは微塵もありませんが。

 わたしが首を傾げていると、アルデがジョッキを一気に煽ります。

「なるほど……それがヤケ酒というものですか」

「ほっとけ……!」

 わたしも試しに葡萄酒を煽ってみます……が。

「……まずい」

「だから、そういう台詞を店の中でいうなよ……」

「これ、本当に葡萄酒ですか?」

「やめろってば……!?」

 わたしたちが座るテーブルの横を歩いていた給仕が、なぜかギロリと睨んできます。

 これほどまずい葡萄酒を出しているのは店の方々だというのに、なぜわたしが睨まれるのか意味が分かりません。

 わたしはため息交じりに言いました。

「はぁ……この酒場は、よい葡萄酒は置いていないようですね。アルデのお酒はどうなのですか?」

「麦芽酒か? これは、どこにでもある酒だが……」

「ちょっと呑ませてください」

「え?」

 わたしは手を伸ばしてジョッキを掴むと、少し呑んでみました。

「ふむ……麦芽酒というのは始めて呑みましたが、こちらのほうがまだ吞めますね」

「麦芽酒が始めてだとか、まだ吞めるとか、そもそもオレの酒を同じジョッキで呑むなよとか、ツッコミどころが多すぎるんだが……」

「いいではないですか。ここはわたしがご馳走しますと言ったでしょう?」

「いや……そういう問題ではないのだが……まぁいいか……」

 なぜかアルデが困り顔をしていますね?

 ああ、わたしがジョッキを握ったままだからですか。

 わたしはジョッキをアルデに返しましたが、アルデはなぜか困り顔のままでした。

 わたしは、葡萄酒を横に置いてから改めて麦芽酒を注文しました。すると給仕の方は、もの凄く不機嫌そうに、ジョッキをドンッとテーブルに置いていきました。

 なんとも態度が悪いですね。わたしが王女だったなら不敬罪に問われてもおかしくはありませんが、今のわたしはただの平民です。まぁ市井とはこのようなものなのでしょう。

 そんなことを考えていたら、アルデが言ってきました。

「それで、君は一体何者なんだ?」

 質問の趣旨が分からず、わたしは首を傾げながら言いました。

「政商の娘といったはずですが」

「いやそういう意味ではなくて。例えばどんな商売をやってるんだ?」

 そう問われて、わたしは瞬時に、出入りの政商を数人思い浮かべてから答えました。

「主に香辛料を扱っています。東の大陸から輸入されてきた品々を王宮に納めるのがわたしたちの仕事です」

「香辛料って……まぢか。最高級品じゃないか」

「まぁ……そうなりますね」

「どおりで味にうるさいわけだ。なら、貴族街のレストランにでも連れて行ってもらえばよかったかな」

「構いませんよ。まだ日は高いですし、このあと行きましょうか?」

「えっ!? いや、それは……やっぱりやめておくよ。堅苦しそうだし」

 自分から行きたいと言っておいて、やっぱりやめるとか……この人は本当に不思議な言動をしますね。

 わたしが不思議な気分になっていると、アルデはさらに聞いてきました。

「それで、そんな大商人の娘さんが、一体オレになんの用なんだ?」

 そう問われても、特になんの用もありません。

 なのでわたしは素直に言いました。

「とくに用はありませんが?」

「はぁ……? 用もないのに、見ず知らずの男に付いてきて一杯やっているってのか?」

「まぁ……そう言われてみればそうなりますね」

「おいおい……知らない男に付いてきたら危ないだろ。特に君は可愛いんだから」

「………………」

「おーい、話聞いてるか?」

「………………ええ、聞いてますよ」

 この男に可愛いと言われるのは、なんだかちょっと変な気分になります。

 気持ち悪い、というのともちょっと違うような……くすぐられているような……

 なのでわたしは、そんな気分を掻き消したくなって言いました。

「お気遣いには感謝しますが、わたし、武芸も天才ですから問題ありません」

「そんな細腕で言われてもな……」

「筋力は関係ありませんよ。魔法で強化できるわけですから」

「えっ!? キミ、魔法士だったのか!?」

「正確には『魔法士もできる』といった方がいいでしょうね」

「はぁ……そうなのか……まぁ本職は商人だもんな」

「ええ、そうです」

 今は本職も何も無職なのですが、元王女を隠すためには嘘も方便です。

 そもそも『魔法士もできる』と言ったのは、わたしは、剣士もできれば弓士もできますし、戦場の指揮官だってこなせるので、魔法士できると言ったのですが。

 わたしが内心だけで付け加えていると、アルデが干し肉をほおばりながら言いました。

「身に危険はないとしても、こんなところで油を売っていていいのか?」

「売っているのは香辛料と言ったはずですが?」

「いや、そういう意味じゃなくて。政商の娘ともなれば忙しいんじゃないのか?」

「そうですね……昨日までは忙しかったのですが、今日からは暇なので問題ありません」

「ああ、休みを取ったのか」

「いえ、違います」

 そうしてわたしは、麦芽酒を飲み干してからハッキリと言いました。

「わたしも追放されましたので。実家を」
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