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第1章
第16話 紹介とかしてもらって友達を作ればいいのに
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ティスリをからかうことができて溜飲を下げたアルデだったが、その後の運転練習では、ティスリは大失敗することはなかった。
何しろめっちゃ集中して運転してたからな、目を三角にして。オレにからかわれたことが癪に障ったらしい。
縦列駐車とかS字カーブとか坂道発進とか、いろんな運転を練習し、それらが一通り終わる頃には日も暮れるかという時分になる。
すると支配人さんから「もう公道に出ても大丈夫でございましょう」とお墨付きを頂いたので、オレたちは、魔動車商会にいったん戻ると購入手続きに入った。
応接間で、ティスリが購入代金を小切手に書き込んでいくのを見るにつれ、オレの目が飛びださんばかりになる。
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……えーと、ティスリさん?」
「なんですか?」
「いったいいくつ、ゼロを書き込んだのでせう……?」
「八個ですが何か?」
「つ、つまり……?」
「一億ペルンです」
「い、いちオク!?」
その代金を聞き、思わずオレの声は裏返っていた。
対面に座っていた支配人さんが苦笑しながら言ってくる。
「ティスリ様は開発者でもあらせられますから、お代はけっこうなのですが……」
しかしティスリは首を横に振る。
「それではあなた方の商会が赤字になるでしょう? わたしはこの商会にも投資しているのですから、それでは困るのですよ」
「なんともったいないお言葉……ではこの代金は、ありがたく頂戴させて頂きます」
いや……近所でお裾分けでもするかのような感覚でしゃべっているが、一億だぞ!?
衛士をやってた頃、詰所食堂で食べてたオレの昼食が500ペルン前後だったから……いったい昼食何食分になるんだよ……
だからオレは、呆然とつぶやいた。
「いやはや……商人同士の金銭感覚にはついて行けんわ……」
オレのつぶやきを聞いていたティスリが、鼻を鳴らしながら言ってくる。
「ふふん? こんなことで驚くだなんて、アルデはやはり庶民ですね」
「そりゃあ言われなくても庶民だから仕方がないだろ」
なんか、運転練習中からずっと、ティスリはマウントを取りたがるんだよな。エンストをからかったことをまだ根に持っているらしい。
まぁ、衛士貴族のイヤミや嫌がらせに比べたら、可愛らしいレベルで失笑しそうになるが。ティスリは、普段の言動こそアレだが根はいいヤツなんだろう。
そんなやりとりをしつつ、オレたちは魔動車を買うと、買ったその車で魔動車商会を後にする。日もすっかり暮れてしまったが、魔動車のヘッドライトという灯りで馬車道はしっかりと照らし出されていた。
当然、運転しているのはティスリである。っていうか、車の金額を目の当たりにしたオレは、運転してみたい気持ちがゼロになっていた。
「な、なぁティスリ……この車を壁とかにぶつけたらどうなるんだ?」
「それはもちろん壊れますよ。むしろ、ショック吸収のために潰れやすくしていますから」
「だ、だよな……」
「自分で運転したときのことを心配しているのですか? であれば安心なさい。上達するまで、街中で運転なんてさせませんから。物損事故ならまだしも、人を轢いたりしたら大変ですからね」
「そりゃあそうだよな」
馬車だって、たまに死亡事故は起こるのだ。それよりずっと早く走る魔動車なら、通行人なんてひとたまりもないだろう。確かにしばらくは、街の外の荒野を走るとかにさせてもらいたい。
そんなことを考えていると、魔動車は、小高い丘の坂道を一気に登っていく。けっこうな傾斜だというのにまるでスピードが落ちないことに、オレは改めて驚いたりした。
そして、王城の次に大きな建物である高級旅館に近づいていく。
「今日はあそこに泊まりますからね」
「……いやもう……今日は色々驚きすぎて、もはや声も出ねぇよ……」
「出してるじゃないですか、声」
オレは、自分でも分かるほど口をあんぐり開けて高級旅館の店構えを眺めていると、ティスリが言ってくる。
「そもそもアルデは衛士だったのですから、大きな建物の出入りはなれているでしょう? 王城に出入りしてたんですから」
「王城といってもな……オレが入れたのは王城回りの城壁だけだったから、豪華な建物に出入りするというより、要塞に出入りしている感覚だったんだよ」
「そんな決まりがあったのですか……わたしは知りませんでしたのに……」
「? そりゃあ、政商のティスリが知るはずないだろ?」
「そ……それはそうですが……まぁいいです。魔動車を降りますよ」
魔動車が正面の馬車寄席に着くと、そこに待ち構えていた旅館の人(受付係か?)が寄ってきて、恭しく車の扉を開けた。
ティスリが魔動車から降りながら受付係に説明する。
「さきほど通信魔法で連絡したティスリです」
「はい、存じております。ようこそティスリ様。当館のご利用、職員一同誠に喜ばしく思っております」
このクラスの宿屋ともなると通信魔法を受信できる魔具が備わっているそうだ。
魔具と言っても、ティスリが持っている指輪なんかとは違い、人の背丈の10倍はある巨大な鉄塔が通信魔法の魔具なのだ。オレは、衛士になりたての頃、城壁に設置されていた通信魔具を見たことがあった。
だというのにどういう能力なのか、ティスリは呪文一つで通信魔法を使っていた。いきなりブツブツ言い始めたときは、頭が良すぎて気でも触れたかと思ったが。
なお今日回った街中の店なんかには、スペース的にも予算的にも通信魔具は設置できないから、予め連絡したいときは先触れという使いを出すらしい。もっとも、ティスリの場合はよほど顔が広いのか、先触れ無しでも顔パスだったが。
こいつ、ぼっちの癖に顔は広いとか不思議なヤツだなぁ……だったら紹介とかしてもらって友達を作ればいいのに。
などと思っていたら、さっさと歩き始めたティスリが振り返って言った。
「アルデ、何をしているのですか? ついてきなさい。部屋に案内して貰いますよ」
「あ、ああ……分かった……」
そうしてオレは、気後れしながらも高級旅館の玄関ホールに入った。
何しろめっちゃ集中して運転してたからな、目を三角にして。オレにからかわれたことが癪に障ったらしい。
縦列駐車とかS字カーブとか坂道発進とか、いろんな運転を練習し、それらが一通り終わる頃には日も暮れるかという時分になる。
すると支配人さんから「もう公道に出ても大丈夫でございましょう」とお墨付きを頂いたので、オレたちは、魔動車商会にいったん戻ると購入手続きに入った。
応接間で、ティスリが購入代金を小切手に書き込んでいくのを見るにつれ、オレの目が飛びださんばかりになる。
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……えーと、ティスリさん?」
「なんですか?」
「いったいいくつ、ゼロを書き込んだのでせう……?」
「八個ですが何か?」
「つ、つまり……?」
「一億ペルンです」
「い、いちオク!?」
その代金を聞き、思わずオレの声は裏返っていた。
対面に座っていた支配人さんが苦笑しながら言ってくる。
「ティスリ様は開発者でもあらせられますから、お代はけっこうなのですが……」
しかしティスリは首を横に振る。
「それではあなた方の商会が赤字になるでしょう? わたしはこの商会にも投資しているのですから、それでは困るのですよ」
「なんともったいないお言葉……ではこの代金は、ありがたく頂戴させて頂きます」
いや……近所でお裾分けでもするかのような感覚でしゃべっているが、一億だぞ!?
衛士をやってた頃、詰所食堂で食べてたオレの昼食が500ペルン前後だったから……いったい昼食何食分になるんだよ……
だからオレは、呆然とつぶやいた。
「いやはや……商人同士の金銭感覚にはついて行けんわ……」
オレのつぶやきを聞いていたティスリが、鼻を鳴らしながら言ってくる。
「ふふん? こんなことで驚くだなんて、アルデはやはり庶民ですね」
「そりゃあ言われなくても庶民だから仕方がないだろ」
なんか、運転練習中からずっと、ティスリはマウントを取りたがるんだよな。エンストをからかったことをまだ根に持っているらしい。
まぁ、衛士貴族のイヤミや嫌がらせに比べたら、可愛らしいレベルで失笑しそうになるが。ティスリは、普段の言動こそアレだが根はいいヤツなんだろう。
そんなやりとりをしつつ、オレたちは魔動車を買うと、買ったその車で魔動車商会を後にする。日もすっかり暮れてしまったが、魔動車のヘッドライトという灯りで馬車道はしっかりと照らし出されていた。
当然、運転しているのはティスリである。っていうか、車の金額を目の当たりにしたオレは、運転してみたい気持ちがゼロになっていた。
「な、なぁティスリ……この車を壁とかにぶつけたらどうなるんだ?」
「それはもちろん壊れますよ。むしろ、ショック吸収のために潰れやすくしていますから」
「だ、だよな……」
「自分で運転したときのことを心配しているのですか? であれば安心なさい。上達するまで、街中で運転なんてさせませんから。物損事故ならまだしも、人を轢いたりしたら大変ですからね」
「そりゃあそうだよな」
馬車だって、たまに死亡事故は起こるのだ。それよりずっと早く走る魔動車なら、通行人なんてひとたまりもないだろう。確かにしばらくは、街の外の荒野を走るとかにさせてもらいたい。
そんなことを考えていると、魔動車は、小高い丘の坂道を一気に登っていく。けっこうな傾斜だというのにまるでスピードが落ちないことに、オレは改めて驚いたりした。
そして、王城の次に大きな建物である高級旅館に近づいていく。
「今日はあそこに泊まりますからね」
「……いやもう……今日は色々驚きすぎて、もはや声も出ねぇよ……」
「出してるじゃないですか、声」
オレは、自分でも分かるほど口をあんぐり開けて高級旅館の店構えを眺めていると、ティスリが言ってくる。
「そもそもアルデは衛士だったのですから、大きな建物の出入りはなれているでしょう? 王城に出入りしてたんですから」
「王城といってもな……オレが入れたのは王城回りの城壁だけだったから、豪華な建物に出入りするというより、要塞に出入りしている感覚だったんだよ」
「そんな決まりがあったのですか……わたしは知りませんでしたのに……」
「? そりゃあ、政商のティスリが知るはずないだろ?」
「そ……それはそうですが……まぁいいです。魔動車を降りますよ」
魔動車が正面の馬車寄席に着くと、そこに待ち構えていた旅館の人(受付係か?)が寄ってきて、恭しく車の扉を開けた。
ティスリが魔動車から降りながら受付係に説明する。
「さきほど通信魔法で連絡したティスリです」
「はい、存じております。ようこそティスリ様。当館のご利用、職員一同誠に喜ばしく思っております」
このクラスの宿屋ともなると通信魔法を受信できる魔具が備わっているそうだ。
魔具と言っても、ティスリが持っている指輪なんかとは違い、人の背丈の10倍はある巨大な鉄塔が通信魔法の魔具なのだ。オレは、衛士になりたての頃、城壁に設置されていた通信魔具を見たことがあった。
だというのにどういう能力なのか、ティスリは呪文一つで通信魔法を使っていた。いきなりブツブツ言い始めたときは、頭が良すぎて気でも触れたかと思ったが。
なお今日回った街中の店なんかには、スペース的にも予算的にも通信魔具は設置できないから、予め連絡したいときは先触れという使いを出すらしい。もっとも、ティスリの場合はよほど顔が広いのか、先触れ無しでも顔パスだったが。
こいつ、ぼっちの癖に顔は広いとか不思議なヤツだなぁ……だったら紹介とかしてもらって友達を作ればいいのに。
などと思っていたら、さっさと歩き始めたティスリが振り返って言った。
「アルデ、何をしているのですか? ついてきなさい。部屋に案内して貰いますよ」
「あ、ああ……分かった……」
そうしてオレは、気後れしながらも高級旅館の玄関ホールに入った。
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