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第1章

第20話 性格は最悪でも裸体はきっと最高だぞ!?

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 ティスリには絶対に手を出さない──ついさきほど、ほんの30分前にそう誓ったはずのアルデオレだったのだが……

 なぜか、だだっ広い部屋の隅に追い込まれ、半裸になったティスリに命乞いをしていた。

「か、勘弁してくれティスリ! これ以上は近づかないでくれ!?」

 冗談抜きに、これはガチの命乞いだ。

 平民出身のオレだって、衛士を志したときから、例え志半ばであっても死ぬ覚悟はしていた。だがしかし、こんな分けの分からない状況で爆死するのは御免被りたい……!

「なんれ近づいちゃいけないんれるら!?」

 おちょこ一杯で、モノの見事に酔っ払うティスリ──そこまでは読めていた。そしてすぐに寝落ちするだろうと思っていたのだが、ここからがオレの読み違いだったのだ。

 お酒の品質がよかったのが仇になったのか、酔っ払ったティスリはまだ寝落ちしていない。

 だからティスリは千鳥足で、左手指先でとっくりをつまみ、右手でおちょこを持っていたが……今、おちょこをタタミに落としたのもお構いなしに、オレに向かって歩いてくる。

 こっちからしたら死神が迫ってきているかのようだ!

 しかもその死神は、浴衣の半分がはだけ、胸の谷間や足の太ももがチラチラと見え隠れしてしまうという、なんとも悩ましい状態なのだ!!

 これじゃあ死神というより淫魔サキュバスだ! 色香に惑わされたら精気を吸い尽くされて死んでしまう!!

「アルデ……このわたしに魅力がないというろれるら……?」

「んなこと言ってないだろ!?」

 むしろ魅力がありすぎて、オレは生命的な意味で昇天しそうなんだが!?

「だったら、わたしの魅力にくっしならい……」

「分かった、分かったから! 屈するから!! お前は十分に魅力的だ!!」

「ならなんれ、お風呂を覗きにこないのですら!」

「覗いたら殺されるからだよ!? おまいに!」

 覗かなくても覗かれるわ、理不尽に怒られるわ、しまいには手を出さなくてもいま絶体絶命のピンチだわ。

 オレ、いったい何をしているんだろう……(涙)

 このまま死んでしまうなら、最期の思い出にいっそ手を出しちゃおうかな……?

 進退窮まってオレはよからぬ事を考え始めると、ティスリは意外なことを言ってきた。

「わたしがあなたをコロす? いったい誰がそんなこといっらのれる?」

「おまい自身だろーが!?」

「わたし? そんなこと言ってないれるが?」

「何度も言ってるし、例え言ってなかったとしても、お前のその指輪が自動的にオレを爆発させるんだって!」

「指輪……?」

 オレの目前までやってきて、四つん這いになってオレに近づこうとしていたティスリだったが、いちど止まってちょこんと座ると、左手薬指の指輪をしげしげと見た。

「ああ……この指輪を怖がってたんれるら……」

「そうだよ!」

「だいじょーぶれるよ。この指輪は、殺意に反応するだけれるら……」

「誤作動しないとも限らないだろ!?」

 殺意はなくてもスケベ心は過積載なのだ。命の危機に瀕している今だって、夜風に吹かれて大変に上機嫌の息子、、はメチャクチャ元気なんだぞ!?

「まっらく……あなたは疑り深いれるれ……」

 そもそもティスリが何を考えているのかも分からないが、次第に何を言っているのかも分からなくなってきて、何を思ったのか知らないがティスリはその指輪を取った。

 そしてヒンヤリとした指先でオレの左手を取ると、その指輪を填めようとしている……!?

「な、何してるんだオイ!?」

「このわたしが、どれほどに天才なのか、しょーめいしてあげましょ~」

「意味分からんが!?」

 オレの薬指に指輪が近づくと、指輪がほんのり光り出した!?

「な、何が起こるんだ!?」

 オレは固唾を呑んで指輪を凝視すると、なんと指輪のサイズが大きくなった!

 そして指輪は、まるで磁石で引き寄せられるかのように、オレの指へとすっぽり収まる。

「ふふん、どうれす?」

「い、いや……どうと言われても……」

 指輪が爆発してオレの指が吹き飛ぶのでは? という最悪の想像が脳裏をよぎり、冷や汗がドッと出てきたが、どうやらそういう分けでもないらしい。

 いったいティスリが何をしたいのか、サッパリ分からずオレは聞いた。

「お前、いったい何がしたいんだ……?」

「こうしたいのれる……」

 そうしてティスリは──戸惑うオレにガバッと抱きつく!?

 ティスリの髪の毛からほんのりといい香りがして、オレの鼻孔を思いっきり刺激し、コンパクトでほっそりしているのに出るところは十二分に出ている柔らかな肢体は、オレの全身を刺激して、その血流は下半身へと一気に集まる……!

 ま、まずい!? これはもう欲望が抑えきれない!?

 オレが目を白黒させていると、抱きついたティスリがオレの腕の中で見上げてきて、得意げな顔で言ってくる。

「どうれす? すごいでしょう?」

「す、すごいとは……?」

 ティスリのスタイルが凄いということか? とオレは考えたがそうではなかった。

「ばくはつしないことが、すごいでしょうといっれるのれる」

「え……? 爆発?」

 そう言われてみれば、確かに……

 ティスリの辿々しい説明で、オレはようやく、ティスリが何をしたいのかを理解する。

 今、指輪をしているのはオレだ。だから本来なら、オレの体に指一本でも触れたら爆死するのはティスリのはずだ。しかしもちろん、ティスリは生きている。

 ということはこの指輪は、害意や殺意を検知して、相手を爆殺するかどうかを正確に分別しているということになる。

 ティスリはそれを証明したくて、わざわざオレに指輪を身につけさせたのだろう。

 そんなティスリは、オレの胸に頭を預けて言ってくる。

「この指輪は、相当な害意がないと簡単には反応しないのれるよ。そうじゃないとしょっちゅう爆発して危険れるからね……」

「ま、まぁ……そりゃそうか……」

「だから、アルデがわたしに触れたくらいれは爆発なんてしないのれる……」

「そ、そうなのか……」

「ふふ……あんしんしました?」

 そう言って、ティスリがにこやかに笑いながらオレを見上げる。

 オレの腕の中で、すぐ間近で。

 まるで甘えてくる猫のように。

 も、もう……限界だ……!

「な、なぁ……ティスリ……」

「なんれる?」

「も、もしかしてなんだが……」

「はい?」

「今この指輪を取ってくれて、浴衣がはだけるのもお構いなしに、オレの腕の中で笑っているということは……その、いいんだよな?」

「いいとは?」

「だ、だから……! 一緒に寝てもいいってことなんだな!?」

「ええ、いいれるよ?」

「ま、まぢか!?」

「では一緒に寝ましょうクー……」

「…………え?」

 ………………………………ええ?

 ティスリは言い終えるや否や、見事に寝息を立て始めた。

「お、おーい……ティスリ?」

 オレはティスリの、柔らかくて赤く上気した白い頬をペチペチ叩いてみるが、ティスリは起きる気配すらない。

 わずか一秒間のうちに、完全に寝入っていた。

「ま……まぢかよ……?」

 オレは、ティスリの華奢な肩を揺すってもみたが、薬でも盛られたかのように見事な寝っぷりだ。ティスリは微動だにしない。

「こ、こんなタイミングで、本当に寝るとか!?」

 目前には、たわわに実った胸の谷間がある。手を伸ばせば、見惚れるほどに美しい曲線を描く脚がある。

 あと数センチ、もうちょっと薄布をずらせば、神々に祝福されたかのような透明な素肌の、そのすべてを拝めるというのに……!!

 一体これは、どんな据え膳なんだ!? 食べてもいいのかダメなのか!?

「……! ……ッ!! ……………………ッッッ!!」

 オレは何度も、頭を振り、目をつぶり、滝汗を掻きながらも考える。

「こ……これは……絶対にダメなやつだ……!!」

 そもそも、酒に酔った勢いで行為に及ぶこと自体がいかがなものかって感じなのに、完全に寝入ってしまった女の子を、欲望のままにアレしてしまうのは外道だろう……

 それに明日、ティスリが意識を取り戻したときに、何を言われるのか分かったものではない……というより逆上した彼女に何をされるかも分からない。

 いやだがしかし……!

 これほどまでに美しい果実が目の前にある、などというこんな機会、今後二度と訪れないぞ!? 例え明日コロされるとしても、ティスリほどの美少女なら死んでも悔いナシなのではなかろうか!?

 顔と体だけは抜群にいいんだし!

 今夜だけは爆殺される心配もないわけだし!!

 性格は最悪でも裸体はきっと最高だぞ!?

「……………………いやダメだ!」

 あと少しで、ティスリの胸を鷲掴みしそうになっていた右手を、オレはグッと握りしめる。

 ティスリがこんな無防備な姿を晒しているのも、ひとえにオレを信頼してくれているからだ……!

 その信頼を裏切るわけにはいかない!

 ………………いや、たんに男だと思われていない節もあるが、だったとしてもやはり、酒の酔って意識のない女の子にアレやコレやするのは間違っている!

「ク、クソ……生殺しとはまさにこのことだ……」

 オレは、まぢで血涙が流れ出てくるのではないかと思うほどに堪えると、ティスリを抱えて、彼女の寝室へ運ぶ。

 そうして布団にティスリを寝かせると、彼女の寝言が聞こえてきた。

「う、ん……アルデ……あなたはどれほど……おばかさん……」

 いったいどんな夢を見ているのやら……

 無邪気なそのティスリの寝顔に、オレはようやく毒気を抜かれ、でもため息を付く。

「まったく……お前といると心労が絶えないよ」

 そうしてオレは苦笑しながら、ティスリの頭を撫でるのだった。
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