上 下
26 / 132
第1章

第26話 つまり、子供ができるようなことをしたと……

しおりを挟む
「逃げられた!? それはいったいどういうことです!」

 アルデ逃亡の第一報に、リリィわたしは怒号を放ちました。

 しかしわたしの怒りもなんのその、ラーフルは淡々と言ってきます。

「我々が地下拘置所を出てから少しして、容疑者の元同僚が拘置所を訪れたとのことで……」

「元同僚って……あの間男は衛士でしたわよね? 拘置所の労務とは関係のない衛士がなんのために?」

「どうやら私刑を企てていたようですが……返り討ちに遭い、開け放たれたままの鉄格子から容疑者は逃亡したとのことです」

「馬鹿なんですの!? いったい誰ですかその衛士とやらは!?」

「マテオ家の長男でリゴールという男です」

「知りませんよそんな貴族!」

「は、はぁ……」

「とにかくそのリゴールとやらは厳罰に処しなさい!」

「かしこまりました……ただリゴールが気になることを申しておりまして」

「気になることとはなんです?」

「リゴールはあくまでも尋問しただけと言い張っていますが、それはともかく、その尋問の末に容疑者が容疑を認めたと」

「容疑を認めた? お姉様をたぶらかしたことですか?」

「ええ……それはつまり……」

「だったら早くあの間男を打ち首になさい!」

「いやですからリリィ様。容疑を認めたということはすなわち、アレを公言したのも同然なわけで……」

「アレとはなんですか!?」

 珍しく歯切れの悪い言い回しをしてくるラーフルに、わたしはイライラしながら聞きました。

 するとラーフルは、頬を赤らめて言ってきます。

「つまり、子供ができるようなことをしたと……」

「………………!!!?」

 わたしは二の句が継げなくなり、ソファの上で呆然となります。

 お姉様が出奔されたと聞きつけ、学院寮からイの一番ではせ参じ、陛下に事情を伺った上でとりあえずタコ殴りにしていると、お姉様の所在は掴んでいると聞いたから、今まで大人しく我慢していたというのに……

「い、いったい、あなた方親衛隊は何をしておりましたの!?」

「……面目次第もございません。まさか、あの王女殿下が気を許すなど思いもよらず……」

「お姉様の色香に惑わされない殿方など今までいなかったでしょう!?」

「ええ……ですが殿方らは、王女殿下と話せばすぐに廃人同然になっておりましたので……」

「そんなことは今どうでもいいのです!」

「も、申し訳ございません……」

 まずい……まずいですわ……!

 何がまずいのかと言えば、大別すると問題は二つあります!

 まず、犯罪者がこの王城内を好き勝手にうろついていること。あの間男とお姉様をこれ以上接触させるわけにはいきませんでしたから、お姉様が絶対に立ち寄らないであろう場所──つまり出奔されたこの王城の地下牢に収監したのですが……それが仇になりました。

 そしてこちらのほうがよっぽど問題ですが……お姉様と平民間男の間に、子供が出来たということです……!

「陛下に謁見を! 今すぐに!」

 わたしが立ち上がるとしかし、ラーフルは首を横に振ります。

「お待ちくださいリリィ様」

「この非常事態に待ってなどいられますか! 陛下は何をなされているのです!」

「リリィ様がタコ殴りされたせいで病床に伏せっております」

「あんなのかすり傷でしょう!?」

「いえ……あばら骨が三本折れるという重症ですが……」

「そんなもの魔法ですぐに治るでしょ!」

「ですがそれ以上に、従姪いとこめいに殴られたことがトラウマになったようです」

「そんなことで、この緊急時に執務をほったらかしているのですか!?」

 陛下は昔から気の弱いところがありましたが……たかがわたしに殴られた程度で、肋骨はおろか心まで折れるとは情けない!

「もういいです! 陛下もお姉様もいない今、第二王位継承者であるわたしが指揮を執ります!」

「それは心強いお言葉ですが、しかしリリィ様……この部屋から出るのは、容疑者の所在がはっきりするまでお待ち頂きたく」

「まだ何かありますの!?」

「容疑者は、魔具を持っています」

「だからなんだというのです!? この王城の近衛隊には魔法士もたくさんいるでしょう!?」

「しかし容疑者が所持する魔具は……おそらく、王女殿下が開発されたものです」

「………………え?」

 その言葉を聞いて。

 わたしの煮えたぎっていた血液が。

 さぁーーーっと、冷えていくのが自分でも分かりました。

「うそ……ですわよね?」

「信じたくはありませんが……リゴールを倒した魔法を解析したところ、王女殿下がよく使われていた爆発系の攻勢魔法であることが分かりました。容疑者は魔法士ではないことから……王女殿下の魔具が容疑者の手に渡ったものと思われます」

「そ、そんな馬鹿な……」

 外交・軍事・内政にとどまらず、魔法の天恵まで与えられたお姉様が……そんな天才魔法士が作った魔具を、あの間男が所持していると……?

 その魔具の中には、手のひらサイズにもかかわらず、この王都を一瞬で灰燼に帰すものまで含まれているというのに!?

 い、いえ……ちょっと待ちなさい。

 落ち着きなさいわたし。

 お姉様の魔具をあの間男が持っているだなんて、そんなわけあるはずありません……!

 だからわたしは、滝汗を流しながらも言い放ちました。

「そもそも! 一体どうやってお姉様から魔具を奪ったというのです!? あの、、お姉様から!」

 使用魔法の解析は正確性に乏しいのです。爆発系の魔法=お姉様の魔具だと決めつけるのは早計にすぎ──

「奪ったのではなく、魔具を下賜された、、、、、のだとしたら?」

「……は?」

 ──ラーフルは、一縷の望みに縋りたいわたしの気持ちを打ち砕くかのように口を開きます。

 いつも淡々としている彼女には珍しく、真っ青になって。

「下賜されたのだとしたら、容疑者が王女殿下の魔具を所持していてもおかしくはありません」

「い、いったい何を根拠に──」

「諜報部の報告によれば、この二日間、王女殿下とあの容疑者は、大変に仲睦まじかったとのことです」

「あ、あのお姉様が男になびくなんて──」

「もちろん我々も考えたくはありませんが……仲良くなった男女、魔具の下賜、そしてその……夜の営み……それらをもろもろ合わせて考えると、すべてに辻褄が合ってしまうのです」

「そ、そんな……嘘ですわ……あのお姉様が……」

 あの、お姉様が?

 美しくて、凛としていて、神々しくて、どんな男にもなびかず孤高の天才を貫いていた、あのお姉様が!?

 合意の上で事に及んだと!?

 わたしのお姉様が!!!?

「う、う~~~ん……」

「リリィ様!? お気を確かに──」

 わたしは、意識が遠のくのを感じたのでした……
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...