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第1章

第34話 ふふ……シラを切るのですね?

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 アルデオレは今、天空宮てんくうぐうへと向かっている。

 天空宮とは、カルヴァン城の屋上にある空中庭園だ。最大収容数が千人というほどに巨大で、色とりどりの花々に青々とした樹々が整然と植えられている場所だという。そのモチーフは天国だとか。

 国賓などを招待したときの晩餐会や舞踏会に使われるそうだ。もちろんオレは入ったこともないが。

 なぜそんな場所に向かっているのかと言えば、ティスリが王城に戻ったというのでその面会をするためなのだが……どうしてそんなご大層な場所で面会なんぞするのだろう?

 オレはてっきり……ティスリが戻ってきてくれたら、勘違いしている貴族連中に真相を話してくれて、晴れて釈放されたらそれで解決だとばかり思っていたのだが……

 うーん? 詫びの一つでも入れるために晩餐会でも開いてくれるのだろうか?

 でもそれは、ちょっとティスリらしくないなぁ……などと考えていたら天空宮の入場門へと辿り着いた。

 オレを確認した門兵が二人がかりで入場門を開いていく。

「うおっ!? な、何事だ!?」

 その天空宮内を見るや否や、オレはドン引きしていた。

 まだ昼頃だというのに、曇天のせいで暗闇で覆われている空中庭園は、まるで亡霊のように衛士たちがズラリと整列している。せっかくの花壇や樹々も台無しなほどに、黒光りする甲冑が庭園全体の雰囲気を重くしていた。

 その数……数百人は下らないだろう。どうやら城中の衛士たちが終結しているらしい。

 そしてその中央がぱっかりと空いていて、レッドカーペットが庭園中央へと伸びている。

 中央は数十段ある高台になっていて、そこにはおそらくティスリが座っているのだろう。今は遠すぎて見えないが。

「な、なぁ……オレってこの絨毯の上を歩いていいのか……?」

 オレが門兵に聞くと、門兵は無言で頷いてきた。

 通常、王侯貴族しか歩くことを許されないレッドカーペッドの上を、オレは気後れしながら歩いて行く。いったいなんのつもりなのかは知らないが……この演出は、平民であるオレに取っては針のむしろも同然だ。

 そんな居たたまれない気分になりながら歩くこと数分、ようやくティスリの姿が見える位置にまで来たのだが……

 ティスリを視認し、オレは眉をひそめるしかなかった。

 最初は「ティスリって本当に王女だったんだな……」などと思ったのだが、その出で立ちが不自然すぎて、そんな思考は消し飛んでしまう。

 なぜなら……ティスリはフルプレートメイルを着込んでいるのだ。

 衛士たちのごっつい鎧と違い、白銀に輝くフルプレートは美しささえ感じる。おそらくオリハルコンを用いた特別製だろう。下半身もスカートを模したデザインになっていて女性らしさを失っていない。

 ティスリは華奢な体つきだが、こうしてフルプレートメイルを着込むと、なかなかどうしてサマになっているものだ。

 これから合戦へ出陣したとしても、誰も侮ったりはしないだろう──

 ──そう、これから戦に出向くのであれば、だが。

(い、いったいなんだって……完全武装なんだ……?)

 オレの背中に嫌な汗が浮かび始める。そもそも、ティスリの体から、仄暗いオーラみたいな煙がゆらゆらと立ち上がっているのだが……あれは……魔力か?

 魔力が体から漏れ出ているだなんて、いったいどんだけ魔力を持ってんだよ……!? それが溢れているということは……魔力を制御できないほどに殺気だっているということか!?

 ってかなぜに!?

 オレは、ティスリの表情が見える距離まで近づき、そこでようやく彼女の感情を伺うことが出来たが──無、だった。

 その表情には、まったくなんの感情も浮かんでいない。美しいが作り物の人形のように、ティスリは無表情で玉座についていた。

 そう──ティスリは玉座に座っている。

 十段ほど上がった台座の上には玉座が据えられており、そこにティスリが座っているのだ。アジノス陛下ではなく、まだ王女であるティスリが。

 そしてそれを、この場にいる誰一人として疑問にも思っていない。天空宮には数百人の衛士の他に、国を代表するお偉方まで壇上脇に並んでいるというのに。

 つまりこの国の実質的な支配者はティスリで、それを誰もが認めているということなのか……まるでこの状況すべてが、ティスリの絶大な権力を象徴しているかのようだった。

 ってか一体全体……これはどういう状況なのだろう?

 オレは、ティスリにどう接していいのかまるで分からず……仕方なく、公式の場ということで片膝を突いて頭を下げた。

「招集に従いはせ参じました、ティス──いえ王女殿下」

 するとティスリは無機質な声で言ってきた。

おもてを上げなさい、アルデ・ラーマ」

 まったくの他人行儀なその物言いに、オレは少し寂しさを感じながらも立ち上がって姿勢を正す。

 顔を上げることの許された衛士は、起立した後も両手を後ろに組み、直立不動で王侯貴族に相対しなければならない。そしてあちらから声が掛かるのを待つのだ。

 その作法に則って、オレがティスリの言葉を待っていると──しばらくティスリは黙ったままだ。

 なんとも言えない威圧感に、一筋の汗がオレの頬を伝っていき、その汗が何度か落ちたところで、ティスリがようやく口を開く。

 その声は、なぜか震えていた。

「ふふ……感謝しなさい……アルデ……」

 可笑しくて声が震えているわけでは……ないよな?

「この天国を模した天空宮で、あなたを実際の天国に送ってあげるのですから……」

 そんな物言いように、オレは思わず姿勢を崩して地を出してしまう。

「はい? 今なんつった……!?」

「ああ……違いましたね……外道のあなたは地獄に落ちるのですから……」

 ティスリは玉座からゆらりと立ち上がり、オレを見下ろす。

 その瞳は、まるで愉悦と激怒が入り交じったかのような炎を灯していて……

「アルデ──あなたにとって、ここは最期の楽園ということですね──!」

「──!?」

 無意識だった。

 ティスリの姿が消えた瞬間、オレは抜刀していて──

 ティスリの刃は、オレの刃と交差していた。

「な!?」

「へぇ……思ったよりよい反応をするではありませんか、アルデ」

「なに急に斬りかかってきやがる!? お前本気だったな!」

「当たり前です」

 ティスリは数歩後退すると、吸い込まれそうなほどに磨き上げられた刀身をだらんと構えた。

「このわたしをもてあそび──いわんや、わたしの親衛隊にまで手を出した罪、今この場で償ってもらうのですからね!」

 いきなり斬りつけられ、身に覚えのないことまで言われ、オレは思わず叫んでいた。

「な、なんの話だそれは!?」

「ふふ……シラを切るのですね?」

「シラなんて切ってないわ! だいたいお前──」

「いいでしょう。そう来なくてはわたしの気が晴れません」

「だから違うって──」

「ああ、安心してください。あなた程度の相手に、魔法を使ったりしませんから」

「だから話を──」

「魔法を使ったら、一瞬でケリが付いてしまいますからね。それでは面白くないでしょう?」

「………………」

「わたしが受けたあの屈辱を何百倍かにして返すには、一瞬では足りないのです」

 ………………やっべぇ。

 あいつ、目がマジだぞ?

 取り巻き連中に、いったい何を吹き込まれたのかは知らんが……完全にオレを敵視してやがる。

 話は無駄と悟ったオレが黙ると、ティスリはなお饒舌になった。

「ああ、その守護の指輪は引き続き使って構いませんから。カウンターの爆発魔法はわたしに発現しませんけど、完全防御結界は発現しますよ。だから精々足掻あがいて見せなさい」

「……なら、なんで今の攻撃がとおったんだ?」

「そんなの、簡単なことです」

 ティスリの体が、わずかに揺らぐ。

「結界が発現するより速いスピードで、切り込めばいいのですから──」

「!?」

「──ね!」

 キィン──!

 ティスリの太刀筋をオレはなんとか受け止めるが──

「くっ!」

 ──まるで瞬間移動のように間合いを詰められて、オレは思わず苦悶の声を上げた!
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