41 / 132
第1章
番外編2 リゴールサマの苦難
しおりを挟む
リゴールは、体中の激痛で目が覚める。
「ぐえぇぇぇぇ……!」
そうしてあまりの痛さに、苦悶の声を上げた。
「リ、リゴール様!」
「大丈夫ですか!?」
「自分のことはお分かりになりますか!?」
声を掛けられ、うっすら目を開けると、取り巻き達がオレを覗き込んでいるのが分かった。
だからオレは、擦れた声で問うた。
「ど……どういう状況だ……?」
「リゴール様は、アルデの野郎に反撃を喰らって、全身に大やけどを負った次第です……!」
「は、反撃……だと?」
「はい。あの男が隠し持っていた魔具により、リゴール様は負傷されたんです」
「ま、魔具……」
まるで全身が悲鳴を上げているような痛みに、オレは顔をしかめながらも自身の体を確認する。
体には、至る所に包帯が巻かれていて、まるでミイラ男のようだった。そんな状態でオレは寝かされていて……ここは王城の医務室か?
周囲を見回すためにちょっと起き上がろうとしただけで全身に激痛が走り、オレは思わず「うぐあぁぁぁぁぁ……!」と呻く。
しかも呻いただけでさらに体に痛みが走り、もはやぐうの音も出なかった。
そんなオレに、取り巻きの一人が言ってくる。
「し、しばしお待ちください……! すぐに医師を呼んできます!」
「は、早く……!」
あまりの痛みに、オレは息も耐え耐えになる。
オレが痛みに耐えて──何時間もの痛みに耐えていると、ようやく医者がやってきた。
だからオレは思わず言った。
「お、遅い……!」
「遅いって、数分で来たでしょうが。キミが死にそうだと呼ばれたから来てみれば……」
この医者は何を言っている!? 人を何時間も待たせておいて……!
オレはさらに文句を言おうとしたが、しかし医者の顔を見て口をつぐむ。
こ、この男は──いや、このお方は、オレの家より格上の出身だ。医術に長け、優れた回復術士でもあるため政治には関わっていないが、この王城の病院長を勤めている。おいそれと文句を言っていい相手ではない。
なのでオレはグッと我慢すると、目を伏せるだけで非礼を詫びる。
「し、失礼致しました……あまりの痛さゆえ……非礼をお許しください」
「詫びるなら最初から呼ばないで欲しいね。こっちは今大忙しなんだから」
「い、忙しいとは……どういうことでしょう……?」
「キミのように、犯罪者の爆発魔法で怪我をした衛士が大勢いるんだよ。だからこちらと、その治療にてんてこ舞いなんだ」
「ほ、本当ですか……?」
「本当だよ。だから、死にかけてもいないのに呼ばないでもらえるかな。キミの治療はもう済んでいるんだから」
「ま、待ってください……」
その場を立ち去ろうとする病院長に、オレは擦れた声でお願いする。
「い、痛みが……痛みが酷くて死にそうなんです……!」
「痛みが酷いって、もう治療は済んでいると言ったでしょ。その程度の痛みは我慢しなさいよ」
「し、しかし……もう痛みでどうにかなってしまいそうなんです……!」
「痛みでどうにかって……その痛みは、筋肉痛に毛が生えた程度だよ?」
「ですが……!」
「ああもう、分かった分かった」
病院長が沈痛と魔法発現すると、オレの体が淡く光る。
すると痛みが、若干だが引いていった。
「ほら、これでいいでしょ。大人しくしてなさい」
そう言って病院長は病室を後にする。
鎮痛魔法が発現されても、オレの体はじくじくと痛むが……しかしこれ以上、格上の相手に文句を言うわけにもいかず、オレは顔をしかめるしかなかった。
「くそっ……まだ痛いというのに……」
「リゴール様、お体に触りますから横になられては──」
「こんなに痛むのに寝られるわけがないだろ!」
ぐっ……!
大声を出したら痛みがぶり返すじゃないか!
オレは奥歯を噛みしめて、ぶり返した痛みが引くのを待った。数分ほどで痛みが引いていき、流れる冷や汗を拭きながら言った。
「それで、アルデのヤツはいったい何をしでかしたんだ?」
卑劣にも、アルデが隠し持っていた魔具でカウンターを喰らってから、オレは丸一日寝込んでいたらしい。
その間に、アルデは王城内で暴れ回り、そのあげく王女殿下を連れて逃げてしまったとのこと。
「な、なんということだ……」
そんな話、とても信じられるものではなかったが、アルデが所持していた魔具は王女殿下が開発されたものだというから、であれば不可能な話でもない。
そう──そこまでの魔具ならば、オレが不意打ちにあったのも致し方ないことだった。
話を聞き終えオレが納得していると、唐突に伝令兵がやってきた。
「リゴール様ですね」
「うむ、そうだが」
「リリィ・テレジア様より招集命令が出ております。至急、第三執務室までご足労ください」
「リリィ様が……?」
リリィ様とは面識も何もない。だというのに急な招集命令に、オレは首を傾げるしかなかった。
だからオレは伝令兵に言った。
「今、オレはこのザマだ。とてもじゃないが歩ける状態じゃない。リリィ様には幾ばくか時間を──」
「お目覚めになり次第至急とのことですので。申し訳ございませんがご足労ください」
取り付く島もなくそう言われ、オレは閉口する。
そうしてため息をついてから文句をこぼした。
「まったく……怪我人だというのに……おい、オレの衣服を用意してくれ」
取り巻きの一人に声を掛けると、すぐさま装備一式を持ってくる。
「ん? オレの剣はどうした?」
揃えられた装備に剣がないのに気づき、オレは取り巻きに聞いた。
「そ、それが……」
「ハッキリと言え。あの剣は非常に価値のある一振りなんだぞ」
「じ、実は……」
そう言って取り巻きは、剣が収まった鞘を──
──ん!?
「お、おい! この剣の装飾はどうした!?」
剣の鍔を彩っていた、美麗で優雅な装飾がごっそり剥ぎ取られているのだが!?
「じ、実は……アルデが……」
「アルデが!?」
「取り除いたと思われます……」
「なんだと!?」
オレは目を剥いて立ち上がる!
体中の痛みなど吹き飛んでいた!
「この剣、いったいいくらしたと思っているんだ!?」
「い、いくらでしょうか……?」
「この一振りで、屋敷一つが買えるほどの最高級品なのだぞ!?」
切れ味はもちろんのこと、芸術品としても名高い一振りで、我が国から遠く離れた国の名工の手により打ち出された一品モノだというのに!?
オレは、剣と鞘をひったくりまじまじと見つめた。
「あああ……な……なんてことを……」
そしてその無残な成れの果てに涙まで出てきて──
──ゆっくりと鞘から剣を抜いてみれば。
「……は?」
そこに、美麗な刀身はなかった。
「……え?」
我が国の宝剣・フラガラッハに勝るとも劣らないほどの刀身が、溶けたかのように消えている。
「えっと……」
オレは、取り巻き連中を見た。
「これ、どゆこと?」
「じ、実は……アルデが王女殿下との決闘でその剣を使用しておりまして……その結果、殿下の攻勢魔法により溶けました」
「……………………う~~~ん……」
オレは、自身の意識が掻き消えるのを自覚した。
* * *
このリリィが呼びつけたというのに、リゴールとかいう衛士は、大切な剣を失って気絶したとかで、そこからなんと一日も待たされました。
剣を失ったくらいで寝込むとは……いったいどれほどヤワなんですか!
そうしてイライラしながら丸一日待ち、わたしの執務室に件の衛士がようやくやって来てみれば……
目の下に隈を作り、フラついている始末です。
こんなひ弱な貴族が、王城守護の要である衛士であるとか……お姉様の危惧もよく分かるというものですね。
片膝をついて最敬礼をするリゴールに、わたしは、執務室の机に座ったまま言いました。
「面を上げなさい」
「はっ」
リゴールは顔をしかめながら、のらりくらりと立ち上がります。
病院長からは『筋肉痛に毛が生えた程度の痛み』と聞いているのですが、この男は、なんだってこんなに緩慢な動きなのですかね?
だからわたしはイライラが募って思わず言いました。
「しゃっきり動きなさい、みっともない!」
「も、申し訳ございません……!」
リゴールは直立不動の姿勢を取ります。
「さてリゴール。あなた、なぜわたしに呼び出されたのか分かっておりますわよね?」
「いえその……皆目見当つかない次第なのですが……」
「あなた、いったい自分が何をしでかしたのか分かっていないんですの?」
「は、はぁ……?」
リゴールは、額に汗を浮かべながらも、しかし本気で分かっていないようでした。
この男……どうやら頭も相当に鈍いようです。
だからわたしはあきれ果てて、次第に怒りも消えていきました……が、だからといってこの男の罪を見逃すはずもありません。
「あなたには、アルデという犯罪者の逃亡を手助けした罪──すなわち逃走援助罪の容疑が掛けられています」
「え……?」
「すでに別の衛士から、あの男の牢屋の鍵をあなたが開けたという証言も取れています」
「は、はぁ!?」
事の重大さをようやく理解したらしいリゴールは、姿勢を崩し、大慌てで弁明を始めました。
「ま、待ってください! 自分はただ取り調べをしただけで──」
「衛士のあなたに、取り調べをする職務も義務もないでしょう?」
「で、ですがアルデは元同僚でしたから──」
「元同僚だからといって取り調べを行う権利もありません」
「し、しかし──」
「つまりあなたは、職権濫用罪の疑いもあるということですね」
「ま、待ってください! 自分は──」
わたしに詰め寄りかけたリゴールを、背後にいたわたし直属の親衛隊二人が、両脇から取り押さえます。
それでもリゴールは体をよじって暴れていました。
「き、聞いてくださいリリィ様! 自分はよかれと思ってやっただけで──」
「よかれと思おうがなんだろうが、殿下の魔具を所持したアルデを逃がしたことは十二分な過失です」
「そもそも! 魔具を所持させたまま投獄した人間の過失だって──」
「ええいうるさい! 黙りなさい!」
わたしの一喝に、リゴールはびくりと肩を震わせて黙ります。
わたしは立ち上がると、リゴールを見下ろしました。
「あなたの罪状は、今後の裁判で明らかになることでしょう」
「オ、オレは何もやっていない! 何かの間違いだ!!」
「ですがアルデを逃がした過失は、衛士罷免に十分値する失態です」
「そ、そんな!?」
「ゆえにわたしの職権を持って、あなたを衛士から罷免します! 以後は警備隊に引き渡しますから、裁判まで留置所で反省してなさい!」
「バ、バカな!? オレは何もやっていない! 冤罪だ! 冗談だろ!?」
怪我をしているはずなのにジタバタ暴れるリゴールを、親衛隊が引きずって部屋から連れ出していきました。
執務室の扉が閉まり、静寂が戻ってからわたしはため息をつきます。
「はぁ……確かに、お姉様が懸念していた通りですわね……」
あんな考え無しの人間を王城に入れておくこと自体が間違いなのかもしれません。もしも、似たような人間が衛士にまだいるとしたら……それを考えるだけでゾッとします。
まぁいずれにしてもあの男は、良くて地位剥奪か、悪ければ懲役刑でしょう。
アルデ・ラーマのほうが、実は冤罪だったとでもならない限りは。
「まぁ……そんな可能性、万に一つもないでしょうけれども」
そうしてわたしは、この国の行く末とお姉様の行き先を案じ、再びため息をつくのでした。
(リゴールのお話はこれでおしまい)
「ぐえぇぇぇぇ……!」
そうしてあまりの痛さに、苦悶の声を上げた。
「リ、リゴール様!」
「大丈夫ですか!?」
「自分のことはお分かりになりますか!?」
声を掛けられ、うっすら目を開けると、取り巻き達がオレを覗き込んでいるのが分かった。
だからオレは、擦れた声で問うた。
「ど……どういう状況だ……?」
「リゴール様は、アルデの野郎に反撃を喰らって、全身に大やけどを負った次第です……!」
「は、反撃……だと?」
「はい。あの男が隠し持っていた魔具により、リゴール様は負傷されたんです」
「ま、魔具……」
まるで全身が悲鳴を上げているような痛みに、オレは顔をしかめながらも自身の体を確認する。
体には、至る所に包帯が巻かれていて、まるでミイラ男のようだった。そんな状態でオレは寝かされていて……ここは王城の医務室か?
周囲を見回すためにちょっと起き上がろうとしただけで全身に激痛が走り、オレは思わず「うぐあぁぁぁぁぁ……!」と呻く。
しかも呻いただけでさらに体に痛みが走り、もはやぐうの音も出なかった。
そんなオレに、取り巻きの一人が言ってくる。
「し、しばしお待ちください……! すぐに医師を呼んできます!」
「は、早く……!」
あまりの痛みに、オレは息も耐え耐えになる。
オレが痛みに耐えて──何時間もの痛みに耐えていると、ようやく医者がやってきた。
だからオレは思わず言った。
「お、遅い……!」
「遅いって、数分で来たでしょうが。キミが死にそうだと呼ばれたから来てみれば……」
この医者は何を言っている!? 人を何時間も待たせておいて……!
オレはさらに文句を言おうとしたが、しかし医者の顔を見て口をつぐむ。
こ、この男は──いや、このお方は、オレの家より格上の出身だ。医術に長け、優れた回復術士でもあるため政治には関わっていないが、この王城の病院長を勤めている。おいそれと文句を言っていい相手ではない。
なのでオレはグッと我慢すると、目を伏せるだけで非礼を詫びる。
「し、失礼致しました……あまりの痛さゆえ……非礼をお許しください」
「詫びるなら最初から呼ばないで欲しいね。こっちは今大忙しなんだから」
「い、忙しいとは……どういうことでしょう……?」
「キミのように、犯罪者の爆発魔法で怪我をした衛士が大勢いるんだよ。だからこちらと、その治療にてんてこ舞いなんだ」
「ほ、本当ですか……?」
「本当だよ。だから、死にかけてもいないのに呼ばないでもらえるかな。キミの治療はもう済んでいるんだから」
「ま、待ってください……」
その場を立ち去ろうとする病院長に、オレは擦れた声でお願いする。
「い、痛みが……痛みが酷くて死にそうなんです……!」
「痛みが酷いって、もう治療は済んでいると言ったでしょ。その程度の痛みは我慢しなさいよ」
「し、しかし……もう痛みでどうにかなってしまいそうなんです……!」
「痛みでどうにかって……その痛みは、筋肉痛に毛が生えた程度だよ?」
「ですが……!」
「ああもう、分かった分かった」
病院長が沈痛と魔法発現すると、オレの体が淡く光る。
すると痛みが、若干だが引いていった。
「ほら、これでいいでしょ。大人しくしてなさい」
そう言って病院長は病室を後にする。
鎮痛魔法が発現されても、オレの体はじくじくと痛むが……しかしこれ以上、格上の相手に文句を言うわけにもいかず、オレは顔をしかめるしかなかった。
「くそっ……まだ痛いというのに……」
「リゴール様、お体に触りますから横になられては──」
「こんなに痛むのに寝られるわけがないだろ!」
ぐっ……!
大声を出したら痛みがぶり返すじゃないか!
オレは奥歯を噛みしめて、ぶり返した痛みが引くのを待った。数分ほどで痛みが引いていき、流れる冷や汗を拭きながら言った。
「それで、アルデのヤツはいったい何をしでかしたんだ?」
卑劣にも、アルデが隠し持っていた魔具でカウンターを喰らってから、オレは丸一日寝込んでいたらしい。
その間に、アルデは王城内で暴れ回り、そのあげく王女殿下を連れて逃げてしまったとのこと。
「な、なんということだ……」
そんな話、とても信じられるものではなかったが、アルデが所持していた魔具は王女殿下が開発されたものだというから、であれば不可能な話でもない。
そう──そこまでの魔具ならば、オレが不意打ちにあったのも致し方ないことだった。
話を聞き終えオレが納得していると、唐突に伝令兵がやってきた。
「リゴール様ですね」
「うむ、そうだが」
「リリィ・テレジア様より招集命令が出ております。至急、第三執務室までご足労ください」
「リリィ様が……?」
リリィ様とは面識も何もない。だというのに急な招集命令に、オレは首を傾げるしかなかった。
だからオレは伝令兵に言った。
「今、オレはこのザマだ。とてもじゃないが歩ける状態じゃない。リリィ様には幾ばくか時間を──」
「お目覚めになり次第至急とのことですので。申し訳ございませんがご足労ください」
取り付く島もなくそう言われ、オレは閉口する。
そうしてため息をついてから文句をこぼした。
「まったく……怪我人だというのに……おい、オレの衣服を用意してくれ」
取り巻きの一人に声を掛けると、すぐさま装備一式を持ってくる。
「ん? オレの剣はどうした?」
揃えられた装備に剣がないのに気づき、オレは取り巻きに聞いた。
「そ、それが……」
「ハッキリと言え。あの剣は非常に価値のある一振りなんだぞ」
「じ、実は……」
そう言って取り巻きは、剣が収まった鞘を──
──ん!?
「お、おい! この剣の装飾はどうした!?」
剣の鍔を彩っていた、美麗で優雅な装飾がごっそり剥ぎ取られているのだが!?
「じ、実は……アルデが……」
「アルデが!?」
「取り除いたと思われます……」
「なんだと!?」
オレは目を剥いて立ち上がる!
体中の痛みなど吹き飛んでいた!
「この剣、いったいいくらしたと思っているんだ!?」
「い、いくらでしょうか……?」
「この一振りで、屋敷一つが買えるほどの最高級品なのだぞ!?」
切れ味はもちろんのこと、芸術品としても名高い一振りで、我が国から遠く離れた国の名工の手により打ち出された一品モノだというのに!?
オレは、剣と鞘をひったくりまじまじと見つめた。
「あああ……な……なんてことを……」
そしてその無残な成れの果てに涙まで出てきて──
──ゆっくりと鞘から剣を抜いてみれば。
「……は?」
そこに、美麗な刀身はなかった。
「……え?」
我が国の宝剣・フラガラッハに勝るとも劣らないほどの刀身が、溶けたかのように消えている。
「えっと……」
オレは、取り巻き連中を見た。
「これ、どゆこと?」
「じ、実は……アルデが王女殿下との決闘でその剣を使用しておりまして……その結果、殿下の攻勢魔法により溶けました」
「……………………う~~~ん……」
オレは、自身の意識が掻き消えるのを自覚した。
* * *
このリリィが呼びつけたというのに、リゴールとかいう衛士は、大切な剣を失って気絶したとかで、そこからなんと一日も待たされました。
剣を失ったくらいで寝込むとは……いったいどれほどヤワなんですか!
そうしてイライラしながら丸一日待ち、わたしの執務室に件の衛士がようやくやって来てみれば……
目の下に隈を作り、フラついている始末です。
こんなひ弱な貴族が、王城守護の要である衛士であるとか……お姉様の危惧もよく分かるというものですね。
片膝をついて最敬礼をするリゴールに、わたしは、執務室の机に座ったまま言いました。
「面を上げなさい」
「はっ」
リゴールは顔をしかめながら、のらりくらりと立ち上がります。
病院長からは『筋肉痛に毛が生えた程度の痛み』と聞いているのですが、この男は、なんだってこんなに緩慢な動きなのですかね?
だからわたしはイライラが募って思わず言いました。
「しゃっきり動きなさい、みっともない!」
「も、申し訳ございません……!」
リゴールは直立不動の姿勢を取ります。
「さてリゴール。あなた、なぜわたしに呼び出されたのか分かっておりますわよね?」
「いえその……皆目見当つかない次第なのですが……」
「あなた、いったい自分が何をしでかしたのか分かっていないんですの?」
「は、はぁ……?」
リゴールは、額に汗を浮かべながらも、しかし本気で分かっていないようでした。
この男……どうやら頭も相当に鈍いようです。
だからわたしはあきれ果てて、次第に怒りも消えていきました……が、だからといってこの男の罪を見逃すはずもありません。
「あなたには、アルデという犯罪者の逃亡を手助けした罪──すなわち逃走援助罪の容疑が掛けられています」
「え……?」
「すでに別の衛士から、あの男の牢屋の鍵をあなたが開けたという証言も取れています」
「は、はぁ!?」
事の重大さをようやく理解したらしいリゴールは、姿勢を崩し、大慌てで弁明を始めました。
「ま、待ってください! 自分はただ取り調べをしただけで──」
「衛士のあなたに、取り調べをする職務も義務もないでしょう?」
「で、ですがアルデは元同僚でしたから──」
「元同僚だからといって取り調べを行う権利もありません」
「し、しかし──」
「つまりあなたは、職権濫用罪の疑いもあるということですね」
「ま、待ってください! 自分は──」
わたしに詰め寄りかけたリゴールを、背後にいたわたし直属の親衛隊二人が、両脇から取り押さえます。
それでもリゴールは体をよじって暴れていました。
「き、聞いてくださいリリィ様! 自分はよかれと思ってやっただけで──」
「よかれと思おうがなんだろうが、殿下の魔具を所持したアルデを逃がしたことは十二分な過失です」
「そもそも! 魔具を所持させたまま投獄した人間の過失だって──」
「ええいうるさい! 黙りなさい!」
わたしの一喝に、リゴールはびくりと肩を震わせて黙ります。
わたしは立ち上がると、リゴールを見下ろしました。
「あなたの罪状は、今後の裁判で明らかになることでしょう」
「オ、オレは何もやっていない! 何かの間違いだ!!」
「ですがアルデを逃がした過失は、衛士罷免に十分値する失態です」
「そ、そんな!?」
「ゆえにわたしの職権を持って、あなたを衛士から罷免します! 以後は警備隊に引き渡しますから、裁判まで留置所で反省してなさい!」
「バ、バカな!? オレは何もやっていない! 冤罪だ! 冗談だろ!?」
怪我をしているはずなのにジタバタ暴れるリゴールを、親衛隊が引きずって部屋から連れ出していきました。
執務室の扉が閉まり、静寂が戻ってからわたしはため息をつきます。
「はぁ……確かに、お姉様が懸念していた通りですわね……」
あんな考え無しの人間を王城に入れておくこと自体が間違いなのかもしれません。もしも、似たような人間が衛士にまだいるとしたら……それを考えるだけでゾッとします。
まぁいずれにしてもあの男は、良くて地位剥奪か、悪ければ懲役刑でしょう。
アルデ・ラーマのほうが、実は冤罪だったとでもならない限りは。
「まぁ……そんな可能性、万に一つもないでしょうけれども」
そうしてわたしは、この国の行く末とお姉様の行き先を案じ、再びため息をつくのでした。
(リゴールのお話はこれでおしまい)
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
378
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる