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第2章
第34話 ちょっとはワザを磨いとけ
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「おい、分かっているのだろうな!? お前には大金が掛かっているのだぞ!」
準決勝を前にして、ジェフは控え室でストレッチをしていたら、領主が駆け込んできて小うるさく喚いている。
オレは適当に相づちをうちながらストレッチを続けていると、領主はさらに言い募った。
「今回のアルデという対戦相手は、他の選手とは別格だ!」
「そうかもな」
「前大会優勝者のボブズまでもを一撃で下しているのだぞ!」
「そうだったな」
「しかもヤツに送り込んだ刺客の一人も帰ってこないのだ! 返り討ちにされたに違いない!」
「市中での殺しなら、それを理由に捕まえればいいだろ」
「刺客の死体が出てこないのだ! 立件できるはずなかろう!」
「それは災難なことだ」
「他人事のように言いおって! 万が一にでもキサマが負ければ──」
「分かっている。オレは負けない」
いい加減うんざりしてきたので、オレは立ち上がると領主を睨み付ける。
「調整の邪魔だ。お前が喚くほどに勝率が下がると分からないのか?」
「くっ、キサマ……!」
「早く出て行ってくれ。いざとなれば魔具もあるんだ。負けるはずないだろ」
「負ければどうなっているのか、肝に銘じておけよ!?」
領主はそんな捨て台詞を吐いてから退出する。
まったく……あの男はどうしてヤル気を削ぐことしか言わないのか。こっちも大金が掛かっていなければ、わざと負けてやりたいくらいだ。
「まぁいい……あと少しの辛抱だ」
この大会で優勝すれば、優勝賞金なんて目じゃないほどの大金をせしめられる。それこそ、一生遊んで暮らしても使い切れないほどの大金が。
つまり領主は、それ以上のカネを手に入れるのだろうが、そんなことはどうでもいい。使い切れないカネがあったって意味ないしな。領主とか貴族とかの強欲は底知れんよ、本当に。
そして大金を手に入れたならば、こんな、いつ果てるともしれない裏家業なんて辞めてやる。その後は、いい女を十数人囲って、貴族のような屋敷に住んで、あとは面白おかしく暮らしてやるさ。この大会を観戦している女を数人引っかけるのもいいだろう。
そんな華やかな人生が、もう目の前に迫っているのだ。
あと二人。
たった二人を打ち倒せば、オレは夢を叶えることが出来る。
だったら、あの豚領主の小言も苦じゃなくなるというものだ。
オレは自身にそう言い聞かせていると、控え室の扉がノックされる。
「ジェフ選手、そろそろ時間ですので闘技台にお越しください」
「分かった」
オレはストレッチを終了させると、控え室を出た。
闘技台への通路を進むにつれて、コロシアムの歓声が大きくなる。そして通路を抜けて、太陽の光が溢れんばかりに輝いたとき、その歓声は一際大きくなった。
コロシアム内に実況アナウンスが流れた。
『皆さま、お待たせ致しました! 準決勝の選手入場です! 西門からは、今大会ナンバーワンの実力者と名高いジェフ選手!!』
実況に伴って、歓声が一際大きくなる。オレは片手を上げてその声援に応えた。
くく……裏家業を生業としていたオレが、まさかこんな晴れ舞台に立つ日が来ようとはな。これだけは、あの豚領主に感謝だ。
『そして東門からは、今大会二人目のダークホース! 並み居る強敵を一撃で屠ってきたアルデ選手です!!』
向こうから、腑抜けた顔つきの男が歩いてくる。ベラトを攫ったときに顔は合わせているから、オレが何かを企んでいることはすでに気づいているはずだ。
にも関わらず、これまで何も仕掛けてこないということは……ただの馬鹿なのか、あるいは領主の存在にまで行き着いて、だからこそ恐れを成したか。
あのマヌケ面を見る限り、ただの馬鹿に違いないか。
いずれにしても勝てばいいのだ。オレには魔具もあるし、万が一にでも魔法発現がバレたところで、領主の力でどうにでもなる。
つまり今のオレには、実力があり、奥の手もあり、さらには権力まである。こんな勝ち確の戦いで、負けろというほうが無理な話だ。
オレはそんなことを考えながら闘技台の上にあがった。
そして、アルデという男と真っ正面から対峙する。
オレはアルデに声を掛けた。
「まさか、この大会で会うとは思ってなかったぞ」
アルデは気の抜けた声で答えてきた。
「オレも出たいわけじゃなかったんだがなぁ」
「なら、なぜ出場した?」
「そりゃあなぁ……言わなくても分かるだろ?」
「フン……何を言っているのかさっぱりだよ」
なるほど。この男、何かを感づいているのには間違いないか。
どこまで気づいているのかは知らんが……最終的には、領主の権力で全てをねじ伏せるのだから、いくら詮索したところで意味のないことだ。
まったくもって、お気の毒にとしかいいようがないな。
オレが微苦笑を浮かべていると、主審が声を張り上げた。
「それではこれより、準決勝を開始する! 双方構え!」
オレは、レイピア型の模造刀を構える。アルデも正眼に剣を構えた。
「では始め!」
そうして戦いの火蓋が切られる。
まずはお手並み拝見と行こうか!
開始と同時に刺突を入れる。アルデがバックステップで交わす。
「甘い!」
オレの刺突は二段階に追撃する! 踏み込んだ右脚を変えることなくリーチを伸ばせるのだ!
アルデの眉間を狙った一撃は、しかし剣の腹でガードされる。どうやら目はいいよだな!
間髪入れずオレは接近すると、レイピアを袈裟懸けに振り下ろすが、アルデの剣によっていなされる。だがそれは読んでいた。袈裟斬りの勢いに乗ったオレは一回転すると脇腹めがけて刃を叩きつけ──!?
だがすでに、そこにアルデの姿はなかった。
「チッ!」
オレはいったん大きく飛び退き、アルデと距離を取る。正対するヤツを見ると、涼しい顔でこちらを見ていた。
そこで歓声が巻き起こり、実況が叫ぶ。
『す、すごい攻防だぁ! だがしかし! これまで一撃で勝利していたアルデ選手、ジェフ選手に一撃とはいかなかったァ!!』
ふん、当たり前だ。オレが一撃でやられるはずもない。
オレは、レイピアを構え直すとアルデに言った。
「大柄の割に、逃げるのは上手いようだな」
「おかげさまで。お前の剣が大振りで助かってるよ」
「ふん……だが逃げるばかりでは話にならんぞ!」
オレは再度突貫する。
開始直後の奇襲と違って、しっかりと踏み込んだこの一撃──避けることは敵わぬぞ!
「な!?」
だがその直後、アルデの姿が目の前から消えた!?
そして直ちに手のひらに衝撃──!
オレは思わずレイピアを落としそうになり、かろうじてその場に踏みとどまる。
視線でアルデを捜すと、ヤツは左前方に待避していた。どうやらレイピアを打ち落とそうとして失敗したらしい。
「チッ! ちょこまかと!」
オレは、手のしびれに構わず追撃を──また消えた!?
本能的にレイピアを構えると、まるでそこを狙ったかのように刃が飛んでくる!
「くっ──!」
な、なんて速度だ!?
さらには力も圧倒的!
アルデの猛烈な刃は縦横無尽に繰り出されて、オレは後退を余儀なくされる。いくつかの太刀筋は見失っていたはずだが、しかしそのすべてがレイピアに収斂されて、オレへのダメージは入っていない。
しかしそれでも押し巻けそうだ……!
オレは、転倒する直前に後方に飛び退くことで、ヤツの追撃をかろうじてかわす。
『す、すごいすごい、すごいぞぉぉぉぉ! さきほどとは打って変わって、アルデ選手の猛追! ジェフ選手、堪えるのがやっとだ!!』
耳障りな実況と歓声に、オレは奥歯を噛みしめる。
アルデに剣先を向けるとオレは叫んだ。
「キサマ! なんのつもりだ!?」
なぜか武器を狙い撃ちして、オレへのダメージを入れてこないことに苛立っていると、相変わらずの腑抜け顔でアルデが言ってくる。
「奥の手があるんだろ? 早く使えよ」
「なに……?」
「ベラトを傷つけたワザだよ」
「………………」
「使わないなら、次はないぞ?」
そしてヤツは、両手で剣を構え直す。
「………………!」
その威圧感に気押されて、オレは思わず息を呑んだ。
な、なんだ……!?
今さっきまで、でくの坊のように突っ立っていただけのヤツが、今は強大な魔獣のように見える……!
こ、これほどの手練れだとは思わなかった……前大会優勝者が負けたのは、優勝者が弱いからではなかったということか……!
ならばやむを得まい。
力加減が難しいが……魔具を使うしかないか。
そしてオレは、両脚のブーツへと意識を集中させる。
このブーツこそがオレの奥の手、翔速の軍靴。無詠唱で魔法発現することが可能で、発現後に発光したりもせず、移動速度を何倍にも高めてくれる。しかも脚が早くなるだけでなく、剣さばきも何もかもを早めてくれるチート級の魔具だ。
この魔具をフル稼働させては、さすがに素人目にも不自然な戦い方になってしまうからな。剣を切り結ぶ一瞬に発現させてやる必要があるのだが……この男相手では、最初から魔具を使った方がいいだろう。
この魔具を最初から使えば、模造刀なんて玩具に等しいから、丸腰相手に戦うようなものだ。
くく……魔具の使用を決めた途端、アルデから放たれる殺気も、そよ風のように感じられる。
結局、人間なんて使用する道具によって如何様にもなる。いくら剣術を極めたところで、今や、魔具の有無によって生死を分かつ時代なのだ。
そう──剣術なんて、もはや時代遅れの産物だ。そして魔具を買うには金が掛かる。
ワザがものを言う時代は当に終わった。これからはカネの時代なんだよ。魔具さえあれば、ひ弱な貴族だって最強になれるんだからな。
だからオレは、冷笑を浮かべながらアルデに言った。
「バカだなお前……オレの奥の手を誘わなければ、勝てたかもしれんのに」
しかしアルデはつまらなそうに言ってくる。
「それじゃ意味がないんだよ。いいから早く打ってこい」
「ならば……お望み通りに見せてやるよ!」
魔法発現したオレは、アルデの懐へ一気に飛び込む。
ほぼ一瞬でアルデの懐に飛び込んだオレは、そのままレイピアを心臓に向かって──な!?
またもオレの刺突は、剣の腹で受け止められる!
「バカな!?」
「いくら動きが早くても、ワザが凡庸では意味ないんだよ!」
「くっ!」
魔法で全身高速化されたオレに、打ち込んでくるだと!?
しかも──もはやアルデの剣筋が一筋も見えない!
それでもオレはレイピアで弾こうとするが、しかし左腕や脇腹を痛打される。
「ぐっ! がはっ!」
オレは溜まらず飛び退くが、しかしその着地点にアルデがいる!?
「ハァ!」
やられる──!
裂帛の気合いが聞こえてきた瞬間、オレは体ごと弾かれて吹き飛ばされる。
闘技台の上を何回転も転げ回り、オレはようやく止まることが出来た。
「くっ……!」
かろうじて立ち上がるも受けたダメージが想像以上で、体が軋む。
向こうで悠然と構えるアルデの姿が、またもや魔獣に見えた。
と、そこで、周囲の歓声と実況が耳に届く。
『なんということだァ! ジェフ選手がいきなり速度を増したと思いきや、アルデ選手はそれを上回る速度で応戦! ジェフ選手を闘技台に転がしたぞぉぉぉ!!』
くそっ! 忌々しい騒ぎだ!
オレがアルデに向かって剣を構えると、戦闘中だというのに、ヤツはセコンド席に顔を向けてやがる。
だが……ここで踏み込んでも返り討ちに遭うイメージしか沸かない……!
オレが躊躇っていると、アルデがセコンド席に声を掛ける。
「おーいティスリ、そろそろいいか?」
すると女の方は、尊大な態度で頷いた。
「ええ、もういいです。記録は取れました」
記録……? なんの話だ?
オレが眉をひそめると、アルデは再びこちらを向いた。
「よし、ならさっさと終わらせるか」
その台詞に、オレは剣の柄を握りしめる。
「終わらせる? いったい何をだ……!?」
オレの問いに、アルデは肩をすくめてから剣を構えた。
「決まってるだろ。この茶番みたいな試合を終わらせるんだよ」
「ほざけ!」
魔具の出力を全開にする!
出力全開の刺突を前に生き残ったヤツは、未だかつて──
「がはっ!!」
飛び込んだ直後、強烈な痛打がみぞおちにめり込む。
「お前、魔具に頼りすぎなんだよ」
いきなり視界が真っ白になって──
「だから、なんでもかんでも大ぶりになる」
──ヤツの声だけが聞こえてきた。
「ちょっとはワザを磨いとけ」
ばかな……
自分のつぶやきは、声になっていたのかどうか……
そんなどうでもいい疑問が浮かんだ直後、視界が暗転した。
準決勝を前にして、ジェフは控え室でストレッチをしていたら、領主が駆け込んできて小うるさく喚いている。
オレは適当に相づちをうちながらストレッチを続けていると、領主はさらに言い募った。
「今回のアルデという対戦相手は、他の選手とは別格だ!」
「そうかもな」
「前大会優勝者のボブズまでもを一撃で下しているのだぞ!」
「そうだったな」
「しかもヤツに送り込んだ刺客の一人も帰ってこないのだ! 返り討ちにされたに違いない!」
「市中での殺しなら、それを理由に捕まえればいいだろ」
「刺客の死体が出てこないのだ! 立件できるはずなかろう!」
「それは災難なことだ」
「他人事のように言いおって! 万が一にでもキサマが負ければ──」
「分かっている。オレは負けない」
いい加減うんざりしてきたので、オレは立ち上がると領主を睨み付ける。
「調整の邪魔だ。お前が喚くほどに勝率が下がると分からないのか?」
「くっ、キサマ……!」
「早く出て行ってくれ。いざとなれば魔具もあるんだ。負けるはずないだろ」
「負ければどうなっているのか、肝に銘じておけよ!?」
領主はそんな捨て台詞を吐いてから退出する。
まったく……あの男はどうしてヤル気を削ぐことしか言わないのか。こっちも大金が掛かっていなければ、わざと負けてやりたいくらいだ。
「まぁいい……あと少しの辛抱だ」
この大会で優勝すれば、優勝賞金なんて目じゃないほどの大金をせしめられる。それこそ、一生遊んで暮らしても使い切れないほどの大金が。
つまり領主は、それ以上のカネを手に入れるのだろうが、そんなことはどうでもいい。使い切れないカネがあったって意味ないしな。領主とか貴族とかの強欲は底知れんよ、本当に。
そして大金を手に入れたならば、こんな、いつ果てるともしれない裏家業なんて辞めてやる。その後は、いい女を十数人囲って、貴族のような屋敷に住んで、あとは面白おかしく暮らしてやるさ。この大会を観戦している女を数人引っかけるのもいいだろう。
そんな華やかな人生が、もう目の前に迫っているのだ。
あと二人。
たった二人を打ち倒せば、オレは夢を叶えることが出来る。
だったら、あの豚領主の小言も苦じゃなくなるというものだ。
オレは自身にそう言い聞かせていると、控え室の扉がノックされる。
「ジェフ選手、そろそろ時間ですので闘技台にお越しください」
「分かった」
オレはストレッチを終了させると、控え室を出た。
闘技台への通路を進むにつれて、コロシアムの歓声が大きくなる。そして通路を抜けて、太陽の光が溢れんばかりに輝いたとき、その歓声は一際大きくなった。
コロシアム内に実況アナウンスが流れた。
『皆さま、お待たせ致しました! 準決勝の選手入場です! 西門からは、今大会ナンバーワンの実力者と名高いジェフ選手!!』
実況に伴って、歓声が一際大きくなる。オレは片手を上げてその声援に応えた。
くく……裏家業を生業としていたオレが、まさかこんな晴れ舞台に立つ日が来ようとはな。これだけは、あの豚領主に感謝だ。
『そして東門からは、今大会二人目のダークホース! 並み居る強敵を一撃で屠ってきたアルデ選手です!!』
向こうから、腑抜けた顔つきの男が歩いてくる。ベラトを攫ったときに顔は合わせているから、オレが何かを企んでいることはすでに気づいているはずだ。
にも関わらず、これまで何も仕掛けてこないということは……ただの馬鹿なのか、あるいは領主の存在にまで行き着いて、だからこそ恐れを成したか。
あのマヌケ面を見る限り、ただの馬鹿に違いないか。
いずれにしても勝てばいいのだ。オレには魔具もあるし、万が一にでも魔法発現がバレたところで、領主の力でどうにでもなる。
つまり今のオレには、実力があり、奥の手もあり、さらには権力まである。こんな勝ち確の戦いで、負けろというほうが無理な話だ。
オレはそんなことを考えながら闘技台の上にあがった。
そして、アルデという男と真っ正面から対峙する。
オレはアルデに声を掛けた。
「まさか、この大会で会うとは思ってなかったぞ」
アルデは気の抜けた声で答えてきた。
「オレも出たいわけじゃなかったんだがなぁ」
「なら、なぜ出場した?」
「そりゃあなぁ……言わなくても分かるだろ?」
「フン……何を言っているのかさっぱりだよ」
なるほど。この男、何かを感づいているのには間違いないか。
どこまで気づいているのかは知らんが……最終的には、領主の権力で全てをねじ伏せるのだから、いくら詮索したところで意味のないことだ。
まったくもって、お気の毒にとしかいいようがないな。
オレが微苦笑を浮かべていると、主審が声を張り上げた。
「それではこれより、準決勝を開始する! 双方構え!」
オレは、レイピア型の模造刀を構える。アルデも正眼に剣を構えた。
「では始め!」
そうして戦いの火蓋が切られる。
まずはお手並み拝見と行こうか!
開始と同時に刺突を入れる。アルデがバックステップで交わす。
「甘い!」
オレの刺突は二段階に追撃する! 踏み込んだ右脚を変えることなくリーチを伸ばせるのだ!
アルデの眉間を狙った一撃は、しかし剣の腹でガードされる。どうやら目はいいよだな!
間髪入れずオレは接近すると、レイピアを袈裟懸けに振り下ろすが、アルデの剣によっていなされる。だがそれは読んでいた。袈裟斬りの勢いに乗ったオレは一回転すると脇腹めがけて刃を叩きつけ──!?
だがすでに、そこにアルデの姿はなかった。
「チッ!」
オレはいったん大きく飛び退き、アルデと距離を取る。正対するヤツを見ると、涼しい顔でこちらを見ていた。
そこで歓声が巻き起こり、実況が叫ぶ。
『す、すごい攻防だぁ! だがしかし! これまで一撃で勝利していたアルデ選手、ジェフ選手に一撃とはいかなかったァ!!』
ふん、当たり前だ。オレが一撃でやられるはずもない。
オレは、レイピアを構え直すとアルデに言った。
「大柄の割に、逃げるのは上手いようだな」
「おかげさまで。お前の剣が大振りで助かってるよ」
「ふん……だが逃げるばかりでは話にならんぞ!」
オレは再度突貫する。
開始直後の奇襲と違って、しっかりと踏み込んだこの一撃──避けることは敵わぬぞ!
「な!?」
だがその直後、アルデの姿が目の前から消えた!?
そして直ちに手のひらに衝撃──!
オレは思わずレイピアを落としそうになり、かろうじてその場に踏みとどまる。
視線でアルデを捜すと、ヤツは左前方に待避していた。どうやらレイピアを打ち落とそうとして失敗したらしい。
「チッ! ちょこまかと!」
オレは、手のしびれに構わず追撃を──また消えた!?
本能的にレイピアを構えると、まるでそこを狙ったかのように刃が飛んでくる!
「くっ──!」
な、なんて速度だ!?
さらには力も圧倒的!
アルデの猛烈な刃は縦横無尽に繰り出されて、オレは後退を余儀なくされる。いくつかの太刀筋は見失っていたはずだが、しかしそのすべてがレイピアに収斂されて、オレへのダメージは入っていない。
しかしそれでも押し巻けそうだ……!
オレは、転倒する直前に後方に飛び退くことで、ヤツの追撃をかろうじてかわす。
『す、すごいすごい、すごいぞぉぉぉぉ! さきほどとは打って変わって、アルデ選手の猛追! ジェフ選手、堪えるのがやっとだ!!』
耳障りな実況と歓声に、オレは奥歯を噛みしめる。
アルデに剣先を向けるとオレは叫んだ。
「キサマ! なんのつもりだ!?」
なぜか武器を狙い撃ちして、オレへのダメージを入れてこないことに苛立っていると、相変わらずの腑抜け顔でアルデが言ってくる。
「奥の手があるんだろ? 早く使えよ」
「なに……?」
「ベラトを傷つけたワザだよ」
「………………」
「使わないなら、次はないぞ?」
そしてヤツは、両手で剣を構え直す。
「………………!」
その威圧感に気押されて、オレは思わず息を呑んだ。
な、なんだ……!?
今さっきまで、でくの坊のように突っ立っていただけのヤツが、今は強大な魔獣のように見える……!
こ、これほどの手練れだとは思わなかった……前大会優勝者が負けたのは、優勝者が弱いからではなかったということか……!
ならばやむを得まい。
力加減が難しいが……魔具を使うしかないか。
そしてオレは、両脚のブーツへと意識を集中させる。
このブーツこそがオレの奥の手、翔速の軍靴。無詠唱で魔法発現することが可能で、発現後に発光したりもせず、移動速度を何倍にも高めてくれる。しかも脚が早くなるだけでなく、剣さばきも何もかもを早めてくれるチート級の魔具だ。
この魔具をフル稼働させては、さすがに素人目にも不自然な戦い方になってしまうからな。剣を切り結ぶ一瞬に発現させてやる必要があるのだが……この男相手では、最初から魔具を使った方がいいだろう。
この魔具を最初から使えば、模造刀なんて玩具に等しいから、丸腰相手に戦うようなものだ。
くく……魔具の使用を決めた途端、アルデから放たれる殺気も、そよ風のように感じられる。
結局、人間なんて使用する道具によって如何様にもなる。いくら剣術を極めたところで、今や、魔具の有無によって生死を分かつ時代なのだ。
そう──剣術なんて、もはや時代遅れの産物だ。そして魔具を買うには金が掛かる。
ワザがものを言う時代は当に終わった。これからはカネの時代なんだよ。魔具さえあれば、ひ弱な貴族だって最強になれるんだからな。
だからオレは、冷笑を浮かべながらアルデに言った。
「バカだなお前……オレの奥の手を誘わなければ、勝てたかもしれんのに」
しかしアルデはつまらなそうに言ってくる。
「それじゃ意味がないんだよ。いいから早く打ってこい」
「ならば……お望み通りに見せてやるよ!」
魔法発現したオレは、アルデの懐へ一気に飛び込む。
ほぼ一瞬でアルデの懐に飛び込んだオレは、そのままレイピアを心臓に向かって──な!?
またもオレの刺突は、剣の腹で受け止められる!
「バカな!?」
「いくら動きが早くても、ワザが凡庸では意味ないんだよ!」
「くっ!」
魔法で全身高速化されたオレに、打ち込んでくるだと!?
しかも──もはやアルデの剣筋が一筋も見えない!
それでもオレはレイピアで弾こうとするが、しかし左腕や脇腹を痛打される。
「ぐっ! がはっ!」
オレは溜まらず飛び退くが、しかしその着地点にアルデがいる!?
「ハァ!」
やられる──!
裂帛の気合いが聞こえてきた瞬間、オレは体ごと弾かれて吹き飛ばされる。
闘技台の上を何回転も転げ回り、オレはようやく止まることが出来た。
「くっ……!」
かろうじて立ち上がるも受けたダメージが想像以上で、体が軋む。
向こうで悠然と構えるアルデの姿が、またもや魔獣に見えた。
と、そこで、周囲の歓声と実況が耳に届く。
『なんということだァ! ジェフ選手がいきなり速度を増したと思いきや、アルデ選手はそれを上回る速度で応戦! ジェフ選手を闘技台に転がしたぞぉぉぉ!!』
くそっ! 忌々しい騒ぎだ!
オレがアルデに向かって剣を構えると、戦闘中だというのに、ヤツはセコンド席に顔を向けてやがる。
だが……ここで踏み込んでも返り討ちに遭うイメージしか沸かない……!
オレが躊躇っていると、アルデがセコンド席に声を掛ける。
「おーいティスリ、そろそろいいか?」
すると女の方は、尊大な態度で頷いた。
「ええ、もういいです。記録は取れました」
記録……? なんの話だ?
オレが眉をひそめると、アルデは再びこちらを向いた。
「よし、ならさっさと終わらせるか」
その台詞に、オレは剣の柄を握りしめる。
「終わらせる? いったい何をだ……!?」
オレの問いに、アルデは肩をすくめてから剣を構えた。
「決まってるだろ。この茶番みたいな試合を終わらせるんだよ」
「ほざけ!」
魔具の出力を全開にする!
出力全開の刺突を前に生き残ったヤツは、未だかつて──
「がはっ!!」
飛び込んだ直後、強烈な痛打がみぞおちにめり込む。
「お前、魔具に頼りすぎなんだよ」
いきなり視界が真っ白になって──
「だから、なんでもかんでも大ぶりになる」
──ヤツの声だけが聞こえてきた。
「ちょっとはワザを磨いとけ」
ばかな……
自分のつぶやきは、声になっていたのかどうか……
そんなどうでもいい疑問が浮かんだ直後、視界が暗転した。
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