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第4章

第9話 興奮のあまりゾクゾクしているというか……

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「あああ、あなた様がティスリさんのお貴族様でありますか!?」

 アルデオレが、ナーヴィンとリリィを引き合わせた途端、ナーヴィンはカチコチに身を固めてしまう。

 ちなみに、『ティスリのお貴族様』という表現は、ティスリが本当に平民だったのなら、まず間違いなく貴族の逆鱗に触れるのだが、ティスリはそもそも王女だし、そのティスリに心酔しきっているリリィは気にした様子もなかった。

 というよりリリィは、ナーヴィンに関心がまったくないようだ。

「ええ、わたしはリリィ・テレジアです。平民のあなたが同行する旨は、お姉様から聞いておりますわ」

「そそそ、そうでありましたか! どどど、どうぞよろしくお願い致しますデス!!」

「ええ、こちらこそ。さてさて、お姉様……」

 まったくもって形式的な挨拶を済ませると、リリィはティスリに向き直った。

「さっそく、このわたしのお力が必要とのことで嬉しい限りですわ!」

 もういっそ、清々しい程に態度が違うな。ある意味では、リリィって正直者なのかもしれない。裏表がすぐ分かるところなんかは、今後の扱いはむしろラクかもなぁ。

 そんなリリィに、ティスリはつまらなそうに答えた。

「あなたから言い出したのですから、もちろんすぐに役立ってもらいますよ」

「お姉様のためとあらば当然ですわ!」

 今日は、ティスリと近隣の街へ出向く予定になっていた。

 その目的は、年貢を割り増しで取り立てている貴族を取り締まるためと、あとは農業魔具の素材買い出しだ。

 元々の予定だと、街へ出向くことはすでに終わっているはずだったのだが、ティスリが二日酔いで寝込んでしまったり、リリィと出会ったりで、予定がずれ込んだのだ。

 ということで、今日は朝からうちの前に集合している。

 いるのはティスリとオレのほかに、リリィ、ナーヴィン、ユイナスだ。

 まずリリィと再会したことで、取り締まりはリリィが行うことになった。リリィが同行する利点はまさにこういうときのためだし、本人もそれを画策しての提案だったのだろう。

 つぎになぜナーヴィンがいるかは、アイツもティスリの従者を希望しているので、今日はその試験というわけだ。

 ナーヴィンの場合、言うことは一人前だが性根はビビりなので、貴族と相対したら使い物にならないだろう──というオレの思惑からの試験だ。あともちろん、ティスリにも予め説明しておりオッケーをもらっている。

 そしてオレの思惑通り、貴族のリリィと挨拶しただけで、ナーヴィンはめちゃくちゃビビったわけだ。

 最後にユイナスが同行する理由は……ぶっちゃけ何もないのだが……

 そのユイナスが口を開く。

「で、どうやって街まで行くの? 狭い魔動車にすし詰めなんてわたし嫌よ?」

「いや、お前がついて来なければいいだけだろう?」

 今回、同行する理由のまったくないユイナスに、オレは呆れた顔を向けた。

「お兄ちゃん! なんだか最近冷たくない!?」

「だって、お前は所構わずケンカをふっかけるし……」

「そんなことしてないでしょ!?」

「そうかぁ? だとしても、お前が同行する理由はないだろ?」

「別に、一人二人増えたっていいじゃない!」

「いやだから、一人増えるから魔動車がすし詰めになるんだよ」

 ティスリの魔動車は六人乗りだが、最後部の二席は荷物で埋まっているので、四人しか乗れない。後部座席は詰めれば三人座れるが、それがすし詰めということだった。

 これから荷物を降ろすのもめんどいし、だとしたら、余計な人間を一人置いてったほうが効率的なのだが……

 するとティスリが言ってきた。

「まぁいいではありませんか。魔動車はリリィの天幕にもありますから、分乗して行きましょう」

 ティスリのその提案に、ユイナスは胸を撫で下ろしたようだ。今日もティスリはユイナスに甘いなぁ……こんなワガママ娘のどこを気に入っているのやら。

 ということで、オレたちはまずリリィの天幕まで移動して、そこで魔動車を追加する。

 分乗するメンバーだが……ここは、王侯貴族組と平民組で分かれるのが妥当だろう。

 例えば、ナーヴィンとリリィを同乗させたら、ナーヴィンがビビりすぎて気絶しかねないし、もちろんナーヴィンとティスリを同乗させるわけにもいかない。ついでにティスリとユイナスでは、ユイナスが何をしでかすか分からない。

 なのでオレが分乗メンバーを発案したら、ティスリは、ちょっと不服そうに口を開いた。

「そうですね……まぁ、それが無難でしょうね。わたしも、リリィとは取り締まりの打ち合わせをしておきたかったですし」

 ってかなぜ不満げなんだ? まさか、護衛のオレが同乗しないことに腹を立てているとか?

 まぁ本来の護衛なら、確かに同乗しないのはおかしいが、オレより強いティスリにそこまでする必要もないし、だとしたらリリィとの同乗が嫌なのだろう、たぶん。

 逆に、リリィは嬉々としているが。

「ではさっそく参りましょうお姉様! うふふ……お姉様とふたりっきりですわね♪」

 腕を絡めようとするリリィをさっと交わすと、ティスリは近くにいた侍女に声を掛ける。

「魔動車を運転できる侍女はいるかしら?」

「はい、わたくしが運転できます」

「ではお願いできますか? リリィと二人っきりだなんてごめんですので」

「承知致しました」

 ティスリの身分を知っている侍女は、直属の主であるはずのリリィをフォローすることもなく深々と頭を下げる。

 そして、絶対零度的なことを言われたリリィは……顔を赤くして……………………

 ……なんだか喜んでないか?

 悲しくて身震いしているというより、興奮のあまりゾクゾクしているというか……………………

 ……ま、まぁ……いっか!

 例えリリィが変態サンだったとしても、ティスリには指一本触れられないだろうし!

 オレの主任務は男避けであり、女避けではないのだし!

「じゃ、じゃあ……アシも確保できたところで、そろそろ行くか」

 こうしてオレたちは、それぞれの魔動車を発進させるのだった。
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