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第三章 能力の覚醒
お互い プーア
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今日の朝、昔の夢を見た。
「レンガイくん、大人になったらけっこんしよ!」
とレンガイに向けて言い放った、若気の至りのようなそんな夢だ。あの時、レンガイが言葉に詰まったせいで泣き出したのは、今からでは誰も想像がつかないだろう。実際、自分でも信じられないようなことだ。
それと関係あるのかどうかは分からない。
起きた時に、自分は涙を流していた。それに気づいた途端、周囲に誰か見た人がいないかを確認するため、周りを見渡した。どうやら、ヒュウガやヒナノさんはいないし、レンガイもまだ床で寝ているようだ。レンガイは幸せそうに眠っている。ほっぺたをツンツンしてみたが、起きそうにない。きっと楽しい夢を見ているんだろう。私は安堵のため息を洩らした。泣いている、弱々しい姿を誰かに見られてしまっては、自分の今までの努力が無駄になってしまうからだ。
涙が止まってから、私は台所へ向かった。軽いものでもいいから、何か食べたかった。冷蔵庫や棚の中を隈なく探したが、インスタント食品がない。あるのはいくつかの素材だけだった。ここだけの話、実は料理ができない。味付けが絶望的に下手とか、そんな漫画的なことではなくて、そもそもできないのだ。私は何かを作ってもらおうと、レンガイを起こす事にした。
「レンガイ、起きてよ」
体を揺すっても全然起きる気配がない。後になって思い出せば恥ずかしくなるような、レンガイが喜ぶであろう言葉をかけてみたが、それでも起きなかった。遂には我慢しきれなくなり、私はレンガイの横っ腹を全力で蹴った。
「あれ? プーアちゃん、おっきい」
ノロノロと目を覚ましたレンガイの第一声がそれだった。レンガイは、どうしてか涙を流していた。そんなのはお構いなしに、身長の話をされてイラッとしたのでもう一発蹴りを入れる。
「……さっき、僕らが幼い頃の夢を見ていたんだ。変わったよね、プーアちゃん。すごい変わった」
――幼い頃の夢?
私も昔の夢を見ていた。偶然とはいえ、同じような夢を見るなんて不思議だ。それよりも、変わったとはどういうことだろう。いや、分かる。私はずいぶんと変わった。でも、それはアンタだって……。
「――それより、アンタのほうが変わってる。もう無理するのはやめたら?」
2人で部屋から出て、レンガイは台所に、私は居間に向かう。レンガイが料理をしている間、私は座って、様々なことを思い返していた。
私とレンガイは、親同士の仲が良かったこともあり、物心が付く前から一緒にいたし、学院も同時に入学して一緒に学び、同時に卒業した。昔の2人を知る人によると、それはそれはとにかく仲が良かったそうだ。実際、私も学院を出るまでは、レンガイのことを特別な意味で好いていた。――――別に今だって、そんなに嫌いではない。好きというわけでもなく嫌いというわけでもなく普通というわけでもない。私にとってレンガイとは、そんな微妙な位置にいる男。あのストーカー行為は如何なものかと思うが。
学院を卒業してから、お互いに色々と変わった。これは、レンガイの言う通りだ。具体的にどう変わったかと言うと、なかなか説明に困る……ただ、レンガイのアレは、恐らく演技だと思う。何故演技をしているのかとかは、イマイチ分からない。
「プーアちゃん、ご飯できたよー。とは言っても、簡単なものだけだけどね」
そう言ってレンガイが置いてくれたのは、白米とみそ汁と目玉焼き。一般的な朝食だ。私はしっかりと味わって食べた。
「どうかな。プーアちゃんの苦手なものは無いと思うけど」
レンガイは、料理を作るたびに私に聞いてくる。レンガイの作るご飯は、普通においしい。だが、それを伝えることは一向に出来ていない。
「どうも何も、いつものご飯とみそ汁と目玉焼きじゃない。……これで味を判断しろと言われても……」
私は心中でため息をついた。やってしまった。また変にねじ曲がった性格を発揮してしまった。レンガイは、やっぱり悲しそうな顔をする。その顔を見て、原因であるはずの私が落ち込んでしまった。それでも、その感情は顔に出さないようにした。
「そっか。……そういえば今日は、何か予定とかあるの?」
調子を取り戻すように、レンガイは聞いた。
予定という予定はないが、いつ敵に襲われるかはわからない。でも、家からは出たい。――物凄く、ワガママだと思う。それをレンガイに伝えると、困惑の表情を見せられた。レンガイは少し考えて、
「じゃあ、どっか行きたいところは?」
「まずココらへんに何があるのよ」
「……山。川。くまくま牧場」
くまくま牧場? 名前から察するに、絶対クマ牧場だ。そういえば、実際にクマを見たことがない。あのモフモフかわいい動物を間近で見れるなんて素晴らしい。行きたい。レンガイにそう言ったら、何故かまた困った顔をされた。意味がわからない。
「そ、そうだね。じゃあ、早く準備をしよう。暑くなる前にさ」
やっぱり暑い。この地球という世界の気候は異常だ。夏らしい涼しい格好をしようと思ったが、服がなかった。結局いつもの……季節で例えるならば冬のような……格好になってしまった。
レンガイと出かけるのは初めてだ。恐らく、今日は楽しい日になる。空を見上げながらボンヤリしていると、後ろに何か重い物を持ってレンガイがやってきた。
「――だから、今日は自転車で行くよ」
その重い物を、私の前にドンと置く。それは錆びた自転車だった。
「自転車あったの? じゃあ今まで歩いていた苦労は何だったの」
時間を無駄にしたような気がして、私は問いただす。レンガイは笑いながら、「君は自転車に乗れないじゃないか」と答えた。バカにされた気がして、ムッとした。
「乗れる! いつの話してるのよ!」
こうやってイラッとしやすいのが昔からのクセだ――――。良くないことだとは自覚している。こうなってしまう度に自責の念に駆られるが、直せる気が全くしない。
私はレンガイの制止も聞かず、自転車に跨がっているレンガイを車体ごとぶっ倒した。そして、レンガイの代わりにサドルに座る。身体に対して自転車が大きすぎるせいで、バランスが上手く取れない。それでも、呆気に取られているレンガイに対して言い放った。
「アタシが漕ぐから、アンタは後ろに乗りなさい。ほら、ちゃんと掴まっててよ」
でも……と立ち止まっているレンガイを、無理やり後ろに座らせる。私の腰にしっかり掴まっているレンガイが、なんだかおかしく思えた。レンガイの腕が身体にまとわりついていることに、若干の心地よさや少しの気持ち悪さなど、複雑な感情が芽ばえた。それが、やっぱりおかしかった。
自転車が錆びているせいか。私と車体のバランスが悪いせいか。レンガイが後ろに座っているせいか。すべて正解だ。自転車を上手く操縦できない。いや、正直に言おう。私は自転車に乗れるには乗れるが、そもそも乗る機会が少ないせいで、慣れていないのだ。一時の感情のせいで運転することを選択してしまったことを、非常に後悔している。
「プーアちゃん! やっぱり僕が運転する! プーアちゃんが自転車に乗れるようになったのは分かった! でもさすがに――――」
レンガイの言い分はとても分かる。だが、ここで「やっぱり交代して」などと言ってしまっては、またレンガイに頼ってしまうことになるし、今まで私が作り上げてきた性格が無駄になってしまう。何より私のプライドが許さない! カッとしてしまった私は、後ろを向いて凄い剣幕で圧倒する。そのうち、レンガイの顔がどんどん青ざめてきて、遂には叫ばれた。
「プーアちゃん! 前見て! 前! 危ない!」
レンガイがどんどんブルーになっていく。危ない、と言われたので私はふと前方に視線を戻す。そのせいで、更にハンドルがぐらついてしまった。自分が今まで走っていたはずの場所から、かなり斜めっていたのだ。レンガイも私も絶叫する。果てには自転車ごと道を外れ、横の畑に飛んでった。
レンガイの一喝を受け、私はさすがに反省の色を見せた。それでも、謝ることはしなかった。
「うるさい。アンタのそういう気遣い、好きだけど、嫌い」
またワケの分からないことを言ってしまった。
「たった一言で矛盾しないでくれ……つまりはどうすればいいんだ」
レンガイの質問にも、私はそっぽを向いてやり過ごした。
「でも、どうして、いつもそんなに強がるんだい、プーアちゃん。昔はそんなことなかったのに」
あまり信じたくはなかったが、私が意図的に周りに強く見せていることは、人によってはバレバレなのだろうか。認めたくはない私は、ささやかな抵抗をする。
「逆に質問。アンタの性癖が異常に歪んでストーカー行為に及ぶようになったのこそいつからなの? 昔はもっとマトモな人だと思っていたけど」
今現在いちばん知りたいことを、率直に聞いた。レンガイはいつもの陽気な顔ではなく、少し影を見せながら言った。
「……僕は幼女が好きなロリコンじゃなくて、ただただプーアちゃんが好きなだけだよ。ストーカー行為? 自覚はないな」
「バレバレ」
本当に微かな声でそう呟いた。レンガイには聞こえていないようだ。自覚はあるくせに。
――もう無理するのはやめたら?
レンガイに向けて、何気なく放った朝の言葉。なぜかはわからないが、今になって、自分自身に響いてきた。
それからは、レンガイの安定かつ安全な運転で、のんびりとくまくま園を目指した。途中、ヒュウガがすっぽり嵌りそうなサイズの漫画みたいな穴があったりして、そんな何気ないことを楽しく話しながら、のどかな時間を過ごした。こういう時のレンガイが、「普通の男」な感じがして、なんだか恋をしている気がする。
それでも、ぜっっったいにそれをあらわにはしない。
私は、感情を隠すのが密かな特技なのだ。
それが良いことなのかは分からない。
「……クマ……漢字だと熊って書くのね……」
肝心の『くまくま園』はというと、期待していたモフモフ天国はなく、良くも悪くもダイナミック☆ネイチャーだった。飼育員の話によると、何故か今日はどの熊も気が立っていて、いつもの芸やポーズが全く出来ないらしい。巨体ではあるものの、本来はとても可愛らしいそうだ。でも、今はまるで野生だ。今にでも獲物に喰らいつきそうな目しかしていない。すぐに帰りたくなった。
子クマを抱っこできる場所があって、そこはすごく楽しかった。求めていたものがあった。でも、何となくあの悍ましい光景が頭にチラついて
「このクマさん達も、いつかはあの凶悪な姿に……」
そう言ってしまった時の、レンガイの悲しそうな目はいつまでも忘れないと思う。
なんだかんだと言いながら、私たちは『くまくま園』で一日を過ごした。さすがに暗くなってきたので、また自転車に二人乗りして帰る。その時、レンガイが言った。
「ごめんね、プーアちゃん。あんまり楽しくなかったでしょ。そもそも、僕と出かけること自体あんまり楽しくないか。目的も、イメージ通りのクマさんに会いに来ることだったでしょ?」
暗くてよく見えない。それでも、レンガイの気分が沈んでいることくらい分かる。そりゃあ、あの理想とかけ離れた姿は驚いたけど、楽しくなかったわけじゃ――。
「……まあ。確かに、アタシの思うクマさんとは違ったわね。でも、楽しくなかったって言えば嘘になる」
なんで私はいつもこうまどろっこしい言い回しをするんだろうか。後悔でいっぱいだ。
「へえ、それってどういうこと?」
それから、どうしてそうなったかはよく覚えてない。
私は、身を乗り出して、レンガイに耳打ちをした。
「そもそも、2人で出かけるなんて――好きな人とじゃなきゃやらないっての」
なぜこのタイミング? なぜ? なぜ私は行動に出た?頭の中でクエスチョンマークが大量発生する。顔の辺りが急激に熱くなっていくのが分かる。恥ずかしい。本当に、なんで急に……!
……だが、その告白も虚しく、途中で通りかかったバイクの音によって破壊されてしまった。どうやらレンガイの耳には届かなかったようで、「もう一回聴かせて」と言われてしまった。どうも恥ずかしくなった私は、その要求を拒んだ。
愛情表現の苦手な私が突発的にやった告白。
それがかき消されたことは、良かったことなのか、悪いことなのか、今はよくわからない。
「レンガイくん、大人になったらけっこんしよ!」
とレンガイに向けて言い放った、若気の至りのようなそんな夢だ。あの時、レンガイが言葉に詰まったせいで泣き出したのは、今からでは誰も想像がつかないだろう。実際、自分でも信じられないようなことだ。
それと関係あるのかどうかは分からない。
起きた時に、自分は涙を流していた。それに気づいた途端、周囲に誰か見た人がいないかを確認するため、周りを見渡した。どうやら、ヒュウガやヒナノさんはいないし、レンガイもまだ床で寝ているようだ。レンガイは幸せそうに眠っている。ほっぺたをツンツンしてみたが、起きそうにない。きっと楽しい夢を見ているんだろう。私は安堵のため息を洩らした。泣いている、弱々しい姿を誰かに見られてしまっては、自分の今までの努力が無駄になってしまうからだ。
涙が止まってから、私は台所へ向かった。軽いものでもいいから、何か食べたかった。冷蔵庫や棚の中を隈なく探したが、インスタント食品がない。あるのはいくつかの素材だけだった。ここだけの話、実は料理ができない。味付けが絶望的に下手とか、そんな漫画的なことではなくて、そもそもできないのだ。私は何かを作ってもらおうと、レンガイを起こす事にした。
「レンガイ、起きてよ」
体を揺すっても全然起きる気配がない。後になって思い出せば恥ずかしくなるような、レンガイが喜ぶであろう言葉をかけてみたが、それでも起きなかった。遂には我慢しきれなくなり、私はレンガイの横っ腹を全力で蹴った。
「あれ? プーアちゃん、おっきい」
ノロノロと目を覚ましたレンガイの第一声がそれだった。レンガイは、どうしてか涙を流していた。そんなのはお構いなしに、身長の話をされてイラッとしたのでもう一発蹴りを入れる。
「……さっき、僕らが幼い頃の夢を見ていたんだ。変わったよね、プーアちゃん。すごい変わった」
――幼い頃の夢?
私も昔の夢を見ていた。偶然とはいえ、同じような夢を見るなんて不思議だ。それよりも、変わったとはどういうことだろう。いや、分かる。私はずいぶんと変わった。でも、それはアンタだって……。
「――それより、アンタのほうが変わってる。もう無理するのはやめたら?」
2人で部屋から出て、レンガイは台所に、私は居間に向かう。レンガイが料理をしている間、私は座って、様々なことを思い返していた。
私とレンガイは、親同士の仲が良かったこともあり、物心が付く前から一緒にいたし、学院も同時に入学して一緒に学び、同時に卒業した。昔の2人を知る人によると、それはそれはとにかく仲が良かったそうだ。実際、私も学院を出るまでは、レンガイのことを特別な意味で好いていた。――――別に今だって、そんなに嫌いではない。好きというわけでもなく嫌いというわけでもなく普通というわけでもない。私にとってレンガイとは、そんな微妙な位置にいる男。あのストーカー行為は如何なものかと思うが。
学院を卒業してから、お互いに色々と変わった。これは、レンガイの言う通りだ。具体的にどう変わったかと言うと、なかなか説明に困る……ただ、レンガイのアレは、恐らく演技だと思う。何故演技をしているのかとかは、イマイチ分からない。
「プーアちゃん、ご飯できたよー。とは言っても、簡単なものだけだけどね」
そう言ってレンガイが置いてくれたのは、白米とみそ汁と目玉焼き。一般的な朝食だ。私はしっかりと味わって食べた。
「どうかな。プーアちゃんの苦手なものは無いと思うけど」
レンガイは、料理を作るたびに私に聞いてくる。レンガイの作るご飯は、普通においしい。だが、それを伝えることは一向に出来ていない。
「どうも何も、いつものご飯とみそ汁と目玉焼きじゃない。……これで味を判断しろと言われても……」
私は心中でため息をついた。やってしまった。また変にねじ曲がった性格を発揮してしまった。レンガイは、やっぱり悲しそうな顔をする。その顔を見て、原因であるはずの私が落ち込んでしまった。それでも、その感情は顔に出さないようにした。
「そっか。……そういえば今日は、何か予定とかあるの?」
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予定という予定はないが、いつ敵に襲われるかはわからない。でも、家からは出たい。――物凄く、ワガママだと思う。それをレンガイに伝えると、困惑の表情を見せられた。レンガイは少し考えて、
「じゃあ、どっか行きたいところは?」
「まずココらへんに何があるのよ」
「……山。川。くまくま牧場」
くまくま牧場? 名前から察するに、絶対クマ牧場だ。そういえば、実際にクマを見たことがない。あのモフモフかわいい動物を間近で見れるなんて素晴らしい。行きたい。レンガイにそう言ったら、何故かまた困った顔をされた。意味がわからない。
「そ、そうだね。じゃあ、早く準備をしよう。暑くなる前にさ」
やっぱり暑い。この地球という世界の気候は異常だ。夏らしい涼しい格好をしようと思ったが、服がなかった。結局いつもの……季節で例えるならば冬のような……格好になってしまった。
レンガイと出かけるのは初めてだ。恐らく、今日は楽しい日になる。空を見上げながらボンヤリしていると、後ろに何か重い物を持ってレンガイがやってきた。
「――だから、今日は自転車で行くよ」
その重い物を、私の前にドンと置く。それは錆びた自転車だった。
「自転車あったの? じゃあ今まで歩いていた苦労は何だったの」
時間を無駄にしたような気がして、私は問いただす。レンガイは笑いながら、「君は自転車に乗れないじゃないか」と答えた。バカにされた気がして、ムッとした。
「乗れる! いつの話してるのよ!」
こうやってイラッとしやすいのが昔からのクセだ――――。良くないことだとは自覚している。こうなってしまう度に自責の念に駆られるが、直せる気が全くしない。
私はレンガイの制止も聞かず、自転車に跨がっているレンガイを車体ごとぶっ倒した。そして、レンガイの代わりにサドルに座る。身体に対して自転車が大きすぎるせいで、バランスが上手く取れない。それでも、呆気に取られているレンガイに対して言い放った。
「アタシが漕ぐから、アンタは後ろに乗りなさい。ほら、ちゃんと掴まっててよ」
でも……と立ち止まっているレンガイを、無理やり後ろに座らせる。私の腰にしっかり掴まっているレンガイが、なんだかおかしく思えた。レンガイの腕が身体にまとわりついていることに、若干の心地よさや少しの気持ち悪さなど、複雑な感情が芽ばえた。それが、やっぱりおかしかった。
自転車が錆びているせいか。私と車体のバランスが悪いせいか。レンガイが後ろに座っているせいか。すべて正解だ。自転車を上手く操縦できない。いや、正直に言おう。私は自転車に乗れるには乗れるが、そもそも乗る機会が少ないせいで、慣れていないのだ。一時の感情のせいで運転することを選択してしまったことを、非常に後悔している。
「プーアちゃん! やっぱり僕が運転する! プーアちゃんが自転車に乗れるようになったのは分かった! でもさすがに――――」
レンガイの言い分はとても分かる。だが、ここで「やっぱり交代して」などと言ってしまっては、またレンガイに頼ってしまうことになるし、今まで私が作り上げてきた性格が無駄になってしまう。何より私のプライドが許さない! カッとしてしまった私は、後ろを向いて凄い剣幕で圧倒する。そのうち、レンガイの顔がどんどん青ざめてきて、遂には叫ばれた。
「プーアちゃん! 前見て! 前! 危ない!」
レンガイがどんどんブルーになっていく。危ない、と言われたので私はふと前方に視線を戻す。そのせいで、更にハンドルがぐらついてしまった。自分が今まで走っていたはずの場所から、かなり斜めっていたのだ。レンガイも私も絶叫する。果てには自転車ごと道を外れ、横の畑に飛んでった。
レンガイの一喝を受け、私はさすがに反省の色を見せた。それでも、謝ることはしなかった。
「うるさい。アンタのそういう気遣い、好きだけど、嫌い」
またワケの分からないことを言ってしまった。
「たった一言で矛盾しないでくれ……つまりはどうすればいいんだ」
レンガイの質問にも、私はそっぽを向いてやり過ごした。
「でも、どうして、いつもそんなに強がるんだい、プーアちゃん。昔はそんなことなかったのに」
あまり信じたくはなかったが、私が意図的に周りに強く見せていることは、人によってはバレバレなのだろうか。認めたくはない私は、ささやかな抵抗をする。
「逆に質問。アンタの性癖が異常に歪んでストーカー行為に及ぶようになったのこそいつからなの? 昔はもっとマトモな人だと思っていたけど」
今現在いちばん知りたいことを、率直に聞いた。レンガイはいつもの陽気な顔ではなく、少し影を見せながら言った。
「……僕は幼女が好きなロリコンじゃなくて、ただただプーアちゃんが好きなだけだよ。ストーカー行為? 自覚はないな」
「バレバレ」
本当に微かな声でそう呟いた。レンガイには聞こえていないようだ。自覚はあるくせに。
――もう無理するのはやめたら?
レンガイに向けて、何気なく放った朝の言葉。なぜかはわからないが、今になって、自分自身に響いてきた。
それからは、レンガイの安定かつ安全な運転で、のんびりとくまくま園を目指した。途中、ヒュウガがすっぽり嵌りそうなサイズの漫画みたいな穴があったりして、そんな何気ないことを楽しく話しながら、のどかな時間を過ごした。こういう時のレンガイが、「普通の男」な感じがして、なんだか恋をしている気がする。
それでも、ぜっっったいにそれをあらわにはしない。
私は、感情を隠すのが密かな特技なのだ。
それが良いことなのかは分からない。
「……クマ……漢字だと熊って書くのね……」
肝心の『くまくま園』はというと、期待していたモフモフ天国はなく、良くも悪くもダイナミック☆ネイチャーだった。飼育員の話によると、何故か今日はどの熊も気が立っていて、いつもの芸やポーズが全く出来ないらしい。巨体ではあるものの、本来はとても可愛らしいそうだ。でも、今はまるで野生だ。今にでも獲物に喰らいつきそうな目しかしていない。すぐに帰りたくなった。
子クマを抱っこできる場所があって、そこはすごく楽しかった。求めていたものがあった。でも、何となくあの悍ましい光景が頭にチラついて
「このクマさん達も、いつかはあの凶悪な姿に……」
そう言ってしまった時の、レンガイの悲しそうな目はいつまでも忘れないと思う。
なんだかんだと言いながら、私たちは『くまくま園』で一日を過ごした。さすがに暗くなってきたので、また自転車に二人乗りして帰る。その時、レンガイが言った。
「ごめんね、プーアちゃん。あんまり楽しくなかったでしょ。そもそも、僕と出かけること自体あんまり楽しくないか。目的も、イメージ通りのクマさんに会いに来ることだったでしょ?」
暗くてよく見えない。それでも、レンガイの気分が沈んでいることくらい分かる。そりゃあ、あの理想とかけ離れた姿は驚いたけど、楽しくなかったわけじゃ――。
「……まあ。確かに、アタシの思うクマさんとは違ったわね。でも、楽しくなかったって言えば嘘になる」
なんで私はいつもこうまどろっこしい言い回しをするんだろうか。後悔でいっぱいだ。
「へえ、それってどういうこと?」
それから、どうしてそうなったかはよく覚えてない。
私は、身を乗り出して、レンガイに耳打ちをした。
「そもそも、2人で出かけるなんて――好きな人とじゃなきゃやらないっての」
なぜこのタイミング? なぜ? なぜ私は行動に出た?頭の中でクエスチョンマークが大量発生する。顔の辺りが急激に熱くなっていくのが分かる。恥ずかしい。本当に、なんで急に……!
……だが、その告白も虚しく、途中で通りかかったバイクの音によって破壊されてしまった。どうやらレンガイの耳には届かなかったようで、「もう一回聴かせて」と言われてしまった。どうも恥ずかしくなった私は、その要求を拒んだ。
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