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第三章 能力の覚醒
ストーカーのしたいこと
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「あと3日」
薄暗い部屋で、椅子に寄りかかりながらヒュウガが呟いた。「何が?」と、レンガイが聞く。その質問を受けて、ヒュウガはヒナノの方を微笑みながら見る。ヒナノが僅かにそれに応じたのを確認してから、ヒュウガは答えた。
「何って、夏祭りだよ、夏祭り! 調べてみたら、花火も上がるんだってよ。オイラは姉ちゃんと一緒に行くんだ」
「夏祭りかあ。……プーアちゃんと行きたいな。でも無理だろうな。ああ」
レンガイはここ最近のプーアの様子を思い返していた。一緒に出かけたあの日から、どうもプーアの対応が一層冷たくなってしまった気がする。これ以上険悪な仲になりたくない。レンガイはため息をついた。それを見逃さなかったヒュウガは、瞬時に言う。
「レンガイの兄ちゃんってめちゃくちゃため息つくよな。1番ストレス抱えてるのって兄ちゃんだと思うぜ。……その原因って、プーアだろ?」
――ヤケに鋭いな、ヒュウガくん。
自分の心の中を見透かされたような気がして、ヒュウガを感心の目で見た。ヒュウガはレンガイの考えを言い当てることができて満足したようだ。俗に言うドヤ顔をしている。
「……それで、邪神プーアは、どこに、行った」
「プーアちゃんはなんか、夜風に当たってくるとかなんとかで、そこら辺を散歩してるよ。ここのところ毎日行ってる」
「アイツってそんなことするタイプか? 落ち込んでるんだか知らねーけどさ、感傷的になるタイプじゃないと思うんだけど」
ヒュウガは炭酸飲料が入ったペットボトルを口に運びながら、興味がなさそうに話した。レンガイが即座に反論する。
「プーアちゃんはめちゃくちゃ心が繊細だ! ここにいる皆……いや、神の中で誰よりもセンチメンタルな気分に陥りやすい女の子なんだよ。だから、夜風に当たるのもごく当たり前のことだよ」
「……邪神プーアは、なぜ、おセンチ、になっている?」
ヒナノは聞く。しかし、レンガイはそれに答えることができず、固まってしまった。やや長めの沈黙が訪れる。
沈黙を破ったのは、ヒュウガだった。
「おセンチは死語だよ、姉ちゃん。いつの言葉だ」
「……チョベリバ」
意味が微妙に違う気がするが、レンガイはその世代ではないので用例がよく分からなかった。ヒュウガもヒナノも違うと思うが、謎のブームが2人の間に到来しているようなので、そのことについては無視することにした。
「プーアちゃんが落ち込んでいる原因は……なんだろう……いや、思い当たる節はあるんだ。この前、君たちが出かけてた日に、僕とプーアちゃんも一緒に遊びに行ったんだよ。多分、その時があんまり楽しくなかったか、何か地雷を踏んだのか……」
レンガイはまた俯いてたため息をついた。
「地雷踏んだかはよくわかんねえけど、見てた限りだと楽しそうだったけどな……あ」
自分の発言を取り消すかのように、ヒュウガは口を抑えた。その様子をみたレンガイは、今度はヒナノの方を向いた。ヒナノはレンガイと目があった瞬間、微妙に目を逸し、絶対に目を合わせないようにする。レンガイは眉をひそめた。
――見てた限りだと? この2人、まさか――
レンガイが問いただそうと身を乗り出した瞬間、ただならない雰囲気を感じ取ったヒュウガは先取りするかのように慌てて話し始めた。
「ご、ご、ゴメン! 兄ちゃん! そ、その日のオイラ達は、2人のことを尾行してたんだ!」
「尾行? なんで――」
「……神レンガイ、邪神プーアは、先日、私達の、買い物に、尾行した、だろう。その、仕返し、だ。別に、目的などは、ない」
ヒナノの主張に、レンガイは冷静さを取り戻した。彼らの後を付いて行ったのは、確かなことだ。言い返す余地が無かった。レンガイは「ごめん」と頭を下げ、椅子に正しく座る。
「い、言い出したのは姉ちゃんだからな。でも、追われているって分からなかっただろう?」
レンガイはその日の大まかな出来事を振り返り、ヒュウガもヒナノも痕跡が見当たらなかったので、首を縦に振った。ヒュウガは続ける。
「オイラ達のスキルを存分に利用したからな。例えば――」
こうして、ヒュウガとヒナノはその時のことについて詳細を語りだした。
「なあ、姉ちゃん、尾行するってのは分かったけど、気づかれずに一日過ごすのは難しくないか?」
その日、異常に早起きしたヒュウガとヒナノ。眠い目を擦りながら、ヒュウガは聞く。ヒナノは、双子であるヒュウガにしか分からないくらい微妙にニヤッと笑い、ヒュウガの問いに答える。
「……私の、スキルは、『ハッカー』。五感を、惑わす。……やりたいことは、分かるな?」
「あ、なるほど! それで、オイラ達の存在を無かったように見せるってことか!」
「……そう、だ。2人同時に、スキルをかけるのは、体の負担が、大きい。だが、ヒュウガは、心配しなくて、いい。……双子とはいえ、私は、姉だから、な」
そう言ってヒナノは集中モードに入り、自分たちの存在を、レンガイとプーアの世界から消した。今回は抜かりないように、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚、全ての五感をコントロールして。術士のヒナノですら味覚を惑わせる必要性を理解できなかったが。
この『ハッカー』によって、2人は1日もの間、誰にも気づかれることなく尾行に成功したのだ。
気配を完全に消すことには成功したものの、2人には困難が待ち受ける。
スキルの負担が大きいせいで、ヒナノの体が持ちそうにないということもあったが――
1番の問題点は、2人には移動手段がないということだった。いざ出発というところで、レンガイが急に自転車を持ち出してきた。プーアと揉めながらも、遂には自転車を漕ぎはじめ、尾行対象者がどんどん先に行ってしまった。ヒュウガは唖然とし、ヒナノに助けを求める。
「ど、どうしよう! 姉ちゃん、プーアとレンガイの兄ちゃんがどっか行っちまったよ!」
「……慌てるな、ヒュウガ。行き先は、『くまくま園』で、間違いない。追いつけない、という話かも、しれない、が、お前の、脚と、スキルは、なんの、ために、ある?」
やや間を置いて、納得した様子のヒュウガが言った。
「なるほど! オイラの『最高速』で、あの自転車に追いつけばいいんだな! って、待ってくれよ、姉ちゃん。オイラ、姉ちゃんのこと、おんぶしながら走らなきゃいけないのか?」
ヒナノは無表情を貫いたまま、ヒュウガの腹を殴った。
「……そんなものは、気合、だ」
「ぐ……姉ちゃんって、案外、精神論者なんだな……でも、大丈夫だ、オイラは、姉ちゃんのことをおぶっていようが、『快速少年』であることには変わりねえ!」
ヒュウガはそう言って、ヒナノをおぶった。そして、深呼吸をしたあと、地面を強く踏んで走り始める。
あらゆる景色が、ヒュウガ達の視界に入ってきて、そして消えていく。
消え去っていくものは風景などだけではない。
音すらも、……否、音は置いてきた!
「……速い……! さすがだ、ヒュウガ!」
超スピードに興奮したヒナノは、珍しく笑顔でヒュウガを褒め称えた。ヒュウガはまんざらでもない様子で、誇らしげだった。
だが
「悪い、姉ちゃん。お、オイラ……」
ヒュウガは自身のスピードに似合わず、気後れする様子で言った。
「お、オイラ……」
「とまんねえええええええええええええええ!!」
ドォォーン!!!
あまりのスピードに、自分がついていけなくなり、コントロールを失ったヒュウガは、爆発音と共に、コンクリートの壁に突っ込んでいった。その際できた穴は、まるで漫画のようで、ヒュウガのランニングフォームを写し取った美しいものだった。
ヒナノもヒュウガも、衝突の衝撃からお互いの身を守る為、咄嗟に『護衛』のスキルを発動させた。衝突で生じたエネルギーの割に、無傷でいられたのは双子の愛が生んだファインプレーによるものだったのだ。
スキルを駆使したことにより、プーアとレンガイより早く『くまくま園』に着いた2人。もはや目的はどうでもよくなり、思い切って観光することに決めた。
「す、すげえ! 姉ちゃん……あの熊、オイラに向かって、立ちながら手を叩いてるぞ!」
「……エサ、だ。その手にもつ、ビスケットを、投げてみろ」
ヒナノの助言通りに、ビスケットを投げ入れるヒュウガ。投げたビスケットを1頭の熊が取り、それを口に入れる。
「……仕草といい、ポーズと、いい、かわいい」
「そうだ、オイラたちって、他の人には見えてないんだろ? というか、他に見物客がいないんだけどさ。じゃあ、こうやって――よっと!」
とんでもない事を思い付いたヒュウガは、柵を飛び越えて熊に近寄った。
「……ばか……! 私の、そのスキルは、動物には、無効! 早く、こっちに、戻れ!」
ヒナノの予想通り、咆哮を上げて立ち上がった熊たち。
その鋭い爪で、ヒュウガに襲いかかる。
――あっ。
「お? お前ら、オイラとじゃれ合いたいのか? 最近は修行してなかったしな。いいぜ、かかってこい!」
瞬間的に攻撃を避けたらしいヒュウガは、数頭の熊に向かってファイティングポーズを取った。どうやら、何か勘違いをしてしまったらしい。
ヒナノはなんとも言えない気持ちで、その戦況をひたすらに見守っていた。
その闘いは、他の熊たちも巻き込み、遺伝子に刻まれている野性を目覚めさせ――
こうして、かわいさが売りの『くまくま園』の熊たちは、殺戮マシーンへと変貌した。
「ね、姉ちゃん。お、オイラ、もうエネルギー切れだ。とてもじゃないけど、もう『最高速』は使えそうにない。どうしよう、プーア達はもう帰っちまったよ!」
熊と死闘を繰り広げたヒュウガは、自分で言うとおり、疲労困憊という感じだった。何をしているんだ、とツッコミを入れるヒナノも、『ハッカー』スキルの長時間使用によって、かなり疲労が溜まっている。
どうしたものかと周囲を見渡すヒナノ。彼女は、あるものを見つけて、心の中でニヤリと笑った。
「……あれだ」
ヒナノはその物がある方向に向かってゆっくりと歩き出す。
「どうしたんだ? 姉ちゃん……あ、バイク。まさか、それ盗むとかわけじゃ」
「……後で、返しには、来る。使えるものは、使うんだ」
この前と言ってることが違うじゃないか、ヒュウガは思った。
「それならいい……とは思わないけど。その問題は置いとくとしてもさ、姉ちゃんそれ運転できるのか?」
「……私は、一応、機械系には、精通して、いるんだ。このマシーンを、扱うことぐらい、造作も、ない」
そう言って、ヒナノは鍵を持っていないのにも関わらずバイクにエンジンをかけた。どんな手段を使ったのか、ヒュウガには全く理解できなかったが、ツッコもうとも思わなかった。
ヒュウガは身軽に、ヒナノの後ろに乗った。豪快な排気音を鳴らしながらバイクは走り出す。
途中、プーアとレンガイと思わしき二人乗りの自転車を追い越したが、2人は特に気にすることはなかった。
「――ってことがあったんだ。どうだ? バイクの件はさすがにメチャクチャだと思ったけどな」
――道中、プーアが騒いでいたヒュウガの型をした穴。
――異常に狂暴化していた『くまくま園』の熊さん達。
――プーアのささやきを聞き逃した原因の、帰り道のバイク。
ヒュウガの話を聞いて、レンガイは抑えきれなくなり言葉を洩らしてしまった。
「君たちのせいじゃないか」
その呟きを見落とすことはせず、ヒナノが聞く。
「……何が、あった」
「ああ! 色々あるが、1番言っておきたいことは、君たちのバイクだ! ……偶然だから仕方ないと思う。でも、あの時、君たちが僕らのことを追い越して行かなければ、プーアちゃんの大事な部分を知れそうだったんだよ!」
「な、なんか気持ちわりぃよ、兄ちゃん!」
その言葉で、レンガイは冷静さを取り戻した。いつの間にか椅子から立ち上がって、ずいぶん前のめりな姿勢で話をしていたようだ。座りながら、深呼吸をする。
「……神レンガイ、今、お前は、何をしたいんだ」
「僕は……プーアちゃんの心を、読みたい」
沈黙。
「や、やっぱり気持ちわりぃよ、兄ちゃん……」
先ほどと似たセリフを吐くヒュウガ。また変なことをしてしまったと、レンガイは顔を両手で覆った。そのポーズのまま、レンガイは話し始める。
「もう皆、知ってると思う。プーアちゃんは、ある意味では感情に正直だが、別の側面から見ればかなり歪曲しているんだ。単刀直入に言い表せば、素直じゃない性格というか……。そんな様子だから、僕は時々分からなくなるんだ」
「プーアの心情が、か」
レンガイの言おうとしていたことを横取りする形で、ヒュウガが言った。それを特に気にする様子も見せずに、レンガイは頷く。
「でもよ、そんなの誰だって同じじゃねえかな。オイラだって、双子の姉ちゃんの考えてることなんて、全然分かってない。兄弟だってそうなんだぜ。だから、他人の考えていることを知ろうとするなんて、エスパーにしかできないって。それに、もしも心を知れたとしてもさ、オイラは知られたくないな、絶対」
「でも……」
ヒュウガの話は、正論だ。人の心の中を覗きたいなんて、なんておこがましい話なんだろう。
だが、それで納得できるような男ではなかった。そんなレンガイの心を感じ取ったのか、ヒナノが言う。
「……そんなことを、可能に、してしまうのが、スキルだろう」
「この思いをスキルにしようって話か。ヒナノさん」
「……しようと、いうより、恐らく、もう、覚醒して、いる」
ヒナノはレンガイに、手を差し出した。「……握れ」ヒナノが言った。突然の行動に、レンガイは大きく目を見開く。ヒナノの顔を見ると、目が真剣だった。恐る恐るヒナノの手を握った。
「……念じろ」
念じる? どういうことだ――――あっ。
「サイダー……買ってきて……」
「は?」
薄暗い部屋で、椅子に寄りかかりながらヒュウガが呟いた。「何が?」と、レンガイが聞く。その質問を受けて、ヒュウガはヒナノの方を微笑みながら見る。ヒナノが僅かにそれに応じたのを確認してから、ヒュウガは答えた。
「何って、夏祭りだよ、夏祭り! 調べてみたら、花火も上がるんだってよ。オイラは姉ちゃんと一緒に行くんだ」
「夏祭りかあ。……プーアちゃんと行きたいな。でも無理だろうな。ああ」
レンガイはここ最近のプーアの様子を思い返していた。一緒に出かけたあの日から、どうもプーアの対応が一層冷たくなってしまった気がする。これ以上険悪な仲になりたくない。レンガイはため息をついた。それを見逃さなかったヒュウガは、瞬時に言う。
「レンガイの兄ちゃんってめちゃくちゃため息つくよな。1番ストレス抱えてるのって兄ちゃんだと思うぜ。……その原因って、プーアだろ?」
――ヤケに鋭いな、ヒュウガくん。
自分の心の中を見透かされたような気がして、ヒュウガを感心の目で見た。ヒュウガはレンガイの考えを言い当てることができて満足したようだ。俗に言うドヤ顔をしている。
「……それで、邪神プーアは、どこに、行った」
「プーアちゃんはなんか、夜風に当たってくるとかなんとかで、そこら辺を散歩してるよ。ここのところ毎日行ってる」
「アイツってそんなことするタイプか? 落ち込んでるんだか知らねーけどさ、感傷的になるタイプじゃないと思うんだけど」
ヒュウガは炭酸飲料が入ったペットボトルを口に運びながら、興味がなさそうに話した。レンガイが即座に反論する。
「プーアちゃんはめちゃくちゃ心が繊細だ! ここにいる皆……いや、神の中で誰よりもセンチメンタルな気分に陥りやすい女の子なんだよ。だから、夜風に当たるのもごく当たり前のことだよ」
「……邪神プーアは、なぜ、おセンチ、になっている?」
ヒナノは聞く。しかし、レンガイはそれに答えることができず、固まってしまった。やや長めの沈黙が訪れる。
沈黙を破ったのは、ヒュウガだった。
「おセンチは死語だよ、姉ちゃん。いつの言葉だ」
「……チョベリバ」
意味が微妙に違う気がするが、レンガイはその世代ではないので用例がよく分からなかった。ヒュウガもヒナノも違うと思うが、謎のブームが2人の間に到来しているようなので、そのことについては無視することにした。
「プーアちゃんが落ち込んでいる原因は……なんだろう……いや、思い当たる節はあるんだ。この前、君たちが出かけてた日に、僕とプーアちゃんも一緒に遊びに行ったんだよ。多分、その時があんまり楽しくなかったか、何か地雷を踏んだのか……」
レンガイはまた俯いてたため息をついた。
「地雷踏んだかはよくわかんねえけど、見てた限りだと楽しそうだったけどな……あ」
自分の発言を取り消すかのように、ヒュウガは口を抑えた。その様子をみたレンガイは、今度はヒナノの方を向いた。ヒナノはレンガイと目があった瞬間、微妙に目を逸し、絶対に目を合わせないようにする。レンガイは眉をひそめた。
――見てた限りだと? この2人、まさか――
レンガイが問いただそうと身を乗り出した瞬間、ただならない雰囲気を感じ取ったヒュウガは先取りするかのように慌てて話し始めた。
「ご、ご、ゴメン! 兄ちゃん! そ、その日のオイラ達は、2人のことを尾行してたんだ!」
「尾行? なんで――」
「……神レンガイ、邪神プーアは、先日、私達の、買い物に、尾行した、だろう。その、仕返し、だ。別に、目的などは、ない」
ヒナノの主張に、レンガイは冷静さを取り戻した。彼らの後を付いて行ったのは、確かなことだ。言い返す余地が無かった。レンガイは「ごめん」と頭を下げ、椅子に正しく座る。
「い、言い出したのは姉ちゃんだからな。でも、追われているって分からなかっただろう?」
レンガイはその日の大まかな出来事を振り返り、ヒュウガもヒナノも痕跡が見当たらなかったので、首を縦に振った。ヒュウガは続ける。
「オイラ達のスキルを存分に利用したからな。例えば――」
こうして、ヒュウガとヒナノはその時のことについて詳細を語りだした。
「なあ、姉ちゃん、尾行するってのは分かったけど、気づかれずに一日過ごすのは難しくないか?」
その日、異常に早起きしたヒュウガとヒナノ。眠い目を擦りながら、ヒュウガは聞く。ヒナノは、双子であるヒュウガにしか分からないくらい微妙にニヤッと笑い、ヒュウガの問いに答える。
「……私の、スキルは、『ハッカー』。五感を、惑わす。……やりたいことは、分かるな?」
「あ、なるほど! それで、オイラ達の存在を無かったように見せるってことか!」
「……そう、だ。2人同時に、スキルをかけるのは、体の負担が、大きい。だが、ヒュウガは、心配しなくて、いい。……双子とはいえ、私は、姉だから、な」
そう言ってヒナノは集中モードに入り、自分たちの存在を、レンガイとプーアの世界から消した。今回は抜かりないように、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚、全ての五感をコントロールして。術士のヒナノですら味覚を惑わせる必要性を理解できなかったが。
この『ハッカー』によって、2人は1日もの間、誰にも気づかれることなく尾行に成功したのだ。
気配を完全に消すことには成功したものの、2人には困難が待ち受ける。
スキルの負担が大きいせいで、ヒナノの体が持ちそうにないということもあったが――
1番の問題点は、2人には移動手段がないということだった。いざ出発というところで、レンガイが急に自転車を持ち出してきた。プーアと揉めながらも、遂には自転車を漕ぎはじめ、尾行対象者がどんどん先に行ってしまった。ヒュウガは唖然とし、ヒナノに助けを求める。
「ど、どうしよう! 姉ちゃん、プーアとレンガイの兄ちゃんがどっか行っちまったよ!」
「……慌てるな、ヒュウガ。行き先は、『くまくま園』で、間違いない。追いつけない、という話かも、しれない、が、お前の、脚と、スキルは、なんの、ために、ある?」
やや間を置いて、納得した様子のヒュウガが言った。
「なるほど! オイラの『最高速』で、あの自転車に追いつけばいいんだな! って、待ってくれよ、姉ちゃん。オイラ、姉ちゃんのこと、おんぶしながら走らなきゃいけないのか?」
ヒナノは無表情を貫いたまま、ヒュウガの腹を殴った。
「……そんなものは、気合、だ」
「ぐ……姉ちゃんって、案外、精神論者なんだな……でも、大丈夫だ、オイラは、姉ちゃんのことをおぶっていようが、『快速少年』であることには変わりねえ!」
ヒュウガはそう言って、ヒナノをおぶった。そして、深呼吸をしたあと、地面を強く踏んで走り始める。
あらゆる景色が、ヒュウガ達の視界に入ってきて、そして消えていく。
消え去っていくものは風景などだけではない。
音すらも、……否、音は置いてきた!
「……速い……! さすがだ、ヒュウガ!」
超スピードに興奮したヒナノは、珍しく笑顔でヒュウガを褒め称えた。ヒュウガはまんざらでもない様子で、誇らしげだった。
だが
「悪い、姉ちゃん。お、オイラ……」
ヒュウガは自身のスピードに似合わず、気後れする様子で言った。
「お、オイラ……」
「とまんねえええええええええええええええ!!」
ドォォーン!!!
あまりのスピードに、自分がついていけなくなり、コントロールを失ったヒュウガは、爆発音と共に、コンクリートの壁に突っ込んでいった。その際できた穴は、まるで漫画のようで、ヒュウガのランニングフォームを写し取った美しいものだった。
ヒナノもヒュウガも、衝突の衝撃からお互いの身を守る為、咄嗟に『護衛』のスキルを発動させた。衝突で生じたエネルギーの割に、無傷でいられたのは双子の愛が生んだファインプレーによるものだったのだ。
スキルを駆使したことにより、プーアとレンガイより早く『くまくま園』に着いた2人。もはや目的はどうでもよくなり、思い切って観光することに決めた。
「す、すげえ! 姉ちゃん……あの熊、オイラに向かって、立ちながら手を叩いてるぞ!」
「……エサ、だ。その手にもつ、ビスケットを、投げてみろ」
ヒナノの助言通りに、ビスケットを投げ入れるヒュウガ。投げたビスケットを1頭の熊が取り、それを口に入れる。
「……仕草といい、ポーズと、いい、かわいい」
「そうだ、オイラたちって、他の人には見えてないんだろ? というか、他に見物客がいないんだけどさ。じゃあ、こうやって――よっと!」
とんでもない事を思い付いたヒュウガは、柵を飛び越えて熊に近寄った。
「……ばか……! 私の、そのスキルは、動物には、無効! 早く、こっちに、戻れ!」
ヒナノの予想通り、咆哮を上げて立ち上がった熊たち。
その鋭い爪で、ヒュウガに襲いかかる。
――あっ。
「お? お前ら、オイラとじゃれ合いたいのか? 最近は修行してなかったしな。いいぜ、かかってこい!」
瞬間的に攻撃を避けたらしいヒュウガは、数頭の熊に向かってファイティングポーズを取った。どうやら、何か勘違いをしてしまったらしい。
ヒナノはなんとも言えない気持ちで、その戦況をひたすらに見守っていた。
その闘いは、他の熊たちも巻き込み、遺伝子に刻まれている野性を目覚めさせ――
こうして、かわいさが売りの『くまくま園』の熊たちは、殺戮マシーンへと変貌した。
「ね、姉ちゃん。お、オイラ、もうエネルギー切れだ。とてもじゃないけど、もう『最高速』は使えそうにない。どうしよう、プーア達はもう帰っちまったよ!」
熊と死闘を繰り広げたヒュウガは、自分で言うとおり、疲労困憊という感じだった。何をしているんだ、とツッコミを入れるヒナノも、『ハッカー』スキルの長時間使用によって、かなり疲労が溜まっている。
どうしたものかと周囲を見渡すヒナノ。彼女は、あるものを見つけて、心の中でニヤリと笑った。
「……あれだ」
ヒナノはその物がある方向に向かってゆっくりと歩き出す。
「どうしたんだ? 姉ちゃん……あ、バイク。まさか、それ盗むとかわけじゃ」
「……後で、返しには、来る。使えるものは、使うんだ」
この前と言ってることが違うじゃないか、ヒュウガは思った。
「それならいい……とは思わないけど。その問題は置いとくとしてもさ、姉ちゃんそれ運転できるのか?」
「……私は、一応、機械系には、精通して、いるんだ。このマシーンを、扱うことぐらい、造作も、ない」
そう言って、ヒナノは鍵を持っていないのにも関わらずバイクにエンジンをかけた。どんな手段を使ったのか、ヒュウガには全く理解できなかったが、ツッコもうとも思わなかった。
ヒュウガは身軽に、ヒナノの後ろに乗った。豪快な排気音を鳴らしながらバイクは走り出す。
途中、プーアとレンガイと思わしき二人乗りの自転車を追い越したが、2人は特に気にすることはなかった。
「――ってことがあったんだ。どうだ? バイクの件はさすがにメチャクチャだと思ったけどな」
――道中、プーアが騒いでいたヒュウガの型をした穴。
――異常に狂暴化していた『くまくま園』の熊さん達。
――プーアのささやきを聞き逃した原因の、帰り道のバイク。
ヒュウガの話を聞いて、レンガイは抑えきれなくなり言葉を洩らしてしまった。
「君たちのせいじゃないか」
その呟きを見落とすことはせず、ヒナノが聞く。
「……何が、あった」
「ああ! 色々あるが、1番言っておきたいことは、君たちのバイクだ! ……偶然だから仕方ないと思う。でも、あの時、君たちが僕らのことを追い越して行かなければ、プーアちゃんの大事な部分を知れそうだったんだよ!」
「な、なんか気持ちわりぃよ、兄ちゃん!」
その言葉で、レンガイは冷静さを取り戻した。いつの間にか椅子から立ち上がって、ずいぶん前のめりな姿勢で話をしていたようだ。座りながら、深呼吸をする。
「……神レンガイ、今、お前は、何をしたいんだ」
「僕は……プーアちゃんの心を、読みたい」
沈黙。
「や、やっぱり気持ちわりぃよ、兄ちゃん……」
先ほどと似たセリフを吐くヒュウガ。また変なことをしてしまったと、レンガイは顔を両手で覆った。そのポーズのまま、レンガイは話し始める。
「もう皆、知ってると思う。プーアちゃんは、ある意味では感情に正直だが、別の側面から見ればかなり歪曲しているんだ。単刀直入に言い表せば、素直じゃない性格というか……。そんな様子だから、僕は時々分からなくなるんだ」
「プーアの心情が、か」
レンガイの言おうとしていたことを横取りする形で、ヒュウガが言った。それを特に気にする様子も見せずに、レンガイは頷く。
「でもよ、そんなの誰だって同じじゃねえかな。オイラだって、双子の姉ちゃんの考えてることなんて、全然分かってない。兄弟だってそうなんだぜ。だから、他人の考えていることを知ろうとするなんて、エスパーにしかできないって。それに、もしも心を知れたとしてもさ、オイラは知られたくないな、絶対」
「でも……」
ヒュウガの話は、正論だ。人の心の中を覗きたいなんて、なんておこがましい話なんだろう。
だが、それで納得できるような男ではなかった。そんなレンガイの心を感じ取ったのか、ヒナノが言う。
「……そんなことを、可能に、してしまうのが、スキルだろう」
「この思いをスキルにしようって話か。ヒナノさん」
「……しようと、いうより、恐らく、もう、覚醒して、いる」
ヒナノはレンガイに、手を差し出した。「……握れ」ヒナノが言った。突然の行動に、レンガイは大きく目を見開く。ヒナノの顔を見ると、目が真剣だった。恐る恐るヒナノの手を握った。
「……念じろ」
念じる? どういうことだ――――あっ。
「サイダー……買ってきて……」
「は?」
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冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
リヴァイヴ・ヒーロー ~異世界転生に侵略された世界に、英雄は再び現れる~
灰色キャット
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「君に今の時代に生まれ変わって欲しいんだ」
魔物の王を討伐した古き英雄グレリア・ファルトは死後、突然白い世界に呼び出され、神にそう言われてしまった。
彼は生まれ変わるという言葉に孫の言葉を思い出し、新しい人生を生きることを決意した。
遥か昔に生きていた世界がどう変わっているか、発展しているか期待をしながら700年後の時代に転生した彼を待ち受けていたのは……『英雄召喚』と呼ばれる魔法でやってきた異世界人の手によって破壊され発展した――変貌した世界だった。
歴史すら捻じ曲げられた世界で、グレリアは何を求め、知り……世界を生きるのだろうか?
己の心のままに生き、今を知るために、彼は再び歴史を紡ぐ。
そして……主人公はもう一人――『勇者』、『英雄』の定義すら薄くなった世界でそれらに憧れ、近づきたいと願う少年、セイル・シルドニアは学園での入学試験で一人の男と出会う。
そのことをきっかけにしてセイルは本当の意味で『勇者』というものを考え、『英雄』と呼ばれる存在になるためにもがき、苦しむことになるだろう。
例えどんな困難な道であっても、光が照らす道へと……己の力で進むと誓った、その限りを尽くして。
過去の英雄と現代の英雄(の卵)が交差し、歴史を作る!
異世界転生型アンチ異世界転生ファンタジー、ここに開幕!
――なろう・カクヨムでも連載中――
剣ぺろ伝説〜悪役貴族に転生してしまったが別にどうでもいい〜
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俺こと「天城剣介」は22歳の日に交通事故で死んでしまった。
…しかし目を覚ますと、俺は知らない女性に抱っこされていた!
「元気に育ってねぇクロウ」
(…クロウ…ってまさか!?)
そうここは自分がやっていた恋愛RPGゲーム
「ラグナロク•オリジン」と言う学園と世界を舞台にした超大型シナリオゲームだ
そんな世界に転生して真っ先に気がついたのは"クロウ"と言う名前、そう彼こそ主人公の攻略対象の女性を付け狙う、ゲーム史上最も嫌われている悪役貴族、それが
「クロウ•チューリア」だ
ありとあらゆる人々のヘイトを貯める行動をして最後には全てに裏切られてザマァをされ、辺境に捨てられて惨めな日々を送る羽目になる、そう言う運命なのだが、彼は思う
運命を変えて仕舞えば物語は大きく変わる
"バタフライ効果"と言う事を思い出し彼は誓う
「ザマァされた後にのんびりスローライフを送ろう!」と!
その為に彼がまず行うのはこのゲーム唯一の「バグ技」…"剣ぺろ"だ
剣ぺろと言う「バグ技」は
"剣を舐めるとステータスのどれかが1上がるバグ"だ
この物語は
剣ぺろバグを使い優雅なスローライフを目指そうと奮闘する悪役貴族の物語
(自分は学園編のみ登場してそこからは全く登場しない、ならそれ以降はのんびりと暮らせば良いんだ!)
しかしこれがフラグになる事を彼はまだ知らない
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
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小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
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