婚姻適齢限界(過ぎたら無理矢理って…嫌に決まってる)

アキノナツ

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12 》溢れる想い

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 年が明けて、私は一つ歳をとった。

 文箱が来なくなって久しい。

 最後に来た文箱は…私は見てないが、母がなんとかしてくれたのだろうか。

 私の日常は変わりなかった。ただ、ヒリヒリとした得体の知れない気配が肌を刺してる。分かってる。私の足掻ける期限の限界だって。

 好きな本ぐらいは読める環境だといいな。公爵家のどこに囲われるのだろう…。もう諦めてる。せいさんともっとお出かけがしたかった。

 カフェの女給さんに静さんはモテモテでした。彼女たちはよく分かっておいでです。彼の良さに気づくとは侮れませんね。

 私は彼の腕を掴んで歩くのが定番です。和装の時も腕に掴まってます。大きな彼にくっついてると前が開けて少し面白いのです。

 お出かけもする事もなくなるんでしょうね…。

 私は恋愛というものを知りません。
 両親の馴れ初めを聞いても小説を読んでもいいお話ぐらいにしか感じないのです。
 男性は女性と結婚するのが当たり前の世の中です。家門が、格が、爵位が、と身分の差を持ち出されたとしても、好いた者同士が一緒になるのはいい事なのだと思います。

 お見合い結婚だって、縁あって一緒になるんでしょうから情も生まれるでしょう。

 これらは男女のお話です。

 私は男性なのに何故Ωなのでしょう。
 男同士のお話も読んでみた事もありますが、心には響きませんでした。とてもいいお話でしたが…。

 世の中には男色家の方もおられますので、私もそれなりに需要があるのかも知れませんね。

 とは言え、バース性が確定する前は、御伽話のようなお話に心を浮つかせた記憶もある。きっと素敵なお嬢さんが私の前に現れて…。確定してからは、何か冷めてしまった。

 ふと母の言葉が過ります。

『普通に産んであげれなくてごめんね』

 あれは、バース性が確定した時でしたかね。私は私です。
 あの時もそう言ったと思う。引き篭もってしまいましたが…。

 あの時、母は泣いてた。母は、男なら男に、子を産む存在なら女に産んでやれなかった事で悔やんで自分を責めていた。そんな母を見るのが辛くて…。

 そうだ…
『私は私です。お母さまは悪くないです。私はお母さまに産んでもらって良かった。大好きです、お母さま』
 って確か言ったなぁ…。大好きです。私は家族が、私の周りの温かな人たちが、大好きです。とっても…。

『そうね…五鈴いすずは五鈴ね。そうね…』
 母の声がこだまする。

 今はこうして出歩く事もできるのですから、上位バースとして産んでくれた母に感謝です。引き篭もる私を見守ってもくれました。絶対的な味方の母です。

 母も私も望んでこうなった訳ではないのです。
 こうなったのは私が乗り越えられるとお天道さまが見越してそうされただけです。受け入れるだけなんです。

 今日は何を書きましょうか…。

 手紙を書こうと準備をしてるとインクが少なくなってる事に気づきました。気になると落ち着きません。こうなっては、買いに行こうと思い立ち、思い立ったらさっさと行動。

 百貨店に行くのでちょっとオシャレして行きましょう。
 新調した焦茶色の大島紬に袖を通し、揃いの羽織を羽織る。ハイヤーの到着を教えてもらう頃にはきちんと支度が出来ました。

 母は集会に出掛けてるので留守だから誘えなくて残念。お土産に何か買って帰ろう。
 春の柔らかい日差しはお出かけ日和だ。

 いつものインクとレースのような細工が綺麗な紙を母に買って、紙袋に入れて貰った。手提げの紙袋を下げてこのまま帰るのが惜しくなった。

 折角ここまで出てきたのだから、ちょっと足を伸ばそうかとそぞろ歩きを始めて後悔した。静さんとのお出かけが主になっていたからこんなに歩きにくいというか歩き方を忘れてしまってる自分に驚いた。

 驚きもしたが、面白くもあった。私の中で静さんは大きい。彼はどうだか知らないけど、ちょっとは覚えておいて欲しい。
 腕の重さでも歩いてる時にでも思い出して欲しいな。
 私と同じようになんて無理だろうけど…。全く別の人間なのだから。

 男女でもない。男と男。αとΩではあるが…。一緒にはなれない人…。
 私は、やっぱり…彼が好きだ。人としても好きだが、つがいとか本能的な存在とかじゃなくて…恋愛対象として好きだと自覚してる。静さんには迷惑だろうね。

 静さんの事を考えてたからだろうか。人の行き交う狭間に彼の影を見つけたような気がした。

 お仕事かな?

 イタズラ心がむっくり。

 人の波を縫ってそっと近づいて…彼だと確認できました。白いワイシャツを着ています。ズボンに下駄履き。普段着に近いです。急いで出てきたのでしょうか…。

 以前もそっと近づいて驚かせた事がありました。家の中でしたが、あの時は盛大に驚いてくれて楽しかった。外では初めてだけど上手く行くかな?

 誰かと一緒だ…。
 移動している。そっちは人通りが少ない方…驚かすのには物影が欲しいのだけど…難しいな。そもそも他の人を巻き込んで驚かせるのは遠慮したいし…どうしようかな。

 イタズラはやめて、戻ろうかと思っていたら、嫌な気配を感じて近くまで行く事にしました。建物の影からこっそり顔を出して、路地奥を見遣る。

 一方的に何か言われてる感じ。彼の影で相手がよく見えないが、耳をすませば僅かに言葉が聞こえる。

「…から、出入りしてる………てんだ。連れ出……簡単だろッ?」

 ガラが悪いなぁ…。脅されてるんだろうか。静さんは微動だにしない。彼なら軽くいなせそうなのに何故相手をしてるんだろう。知り合い?

「……恩に報いる……の機会………上手く……お前も復籍……」

 復籍ッ!
 あの家門に静さんが戻れるって事???
 華族の家門に戻れるならそれに越した事はないだろうけど…。それでは一緒にお出かけとかお話出来なくなっちゃう。

 寂しい…。うう…自分の事ばかり…嫌ですね。喜ばしい事なのに…。家門に問題ありですけど。

「……ッ、番えば誰よりもよりも強く……ッ。つべこべ言わずに連れて来いッ」

 語気が荒くなってる。静さんも何か言ってるみたいだけど、聞こえない。風向きの関係かな?
 もう少し近づけないだろうか…。

 草履のつま先が何かを蹴ってしまった。
 物音に二人がこっちを見た。あっ…驚かせ損ないました。失敗…。

 バレちゃったから、物陰から出た。

 静さんの顔が怖い…。驚いてるけど、なんだか焦ってるみたいで、後ろの男を気にしてる。難しいお顔です。私は何かやらかしたようです。

「見かけたので…驚かせようと…」
 言い訳をボソボソと言い募ってたら、静さんを押し除けてガラの悪い男が前に出ようとしてる。嫌な感じ…。香りが風に乗って漂ってくる。αだ。兄たちの香りがしてるだろうに気にしてる風にない……風向き? あっ、それもあるかもだけど、この着物は下ろし立てだ。

 ジャリ…

 思わず、後ろに下がってた。緊張感で心が乱れる。

「この香り、Ωだな。コイツか。丁度いい。連れて行こうぜッ」

 質の良い物を着てるからならず者ではないようだけど…。
 静さんを見れば、逃げろと言ってる感じ。
 でも、私の身体能力では…引き篭もりで落ちた体力でなんとかなるのか…しかもこれだと走りにくい…。うぅうう、見た目を云々と言ってられないかッ。

 ザッと向きを変えて通りへ向かって大きく足を踏み出し走った。下ろし立ての着物と草履が恨めしい。裾が上手く捌けない。足が上手く動かない。

 男の手が私を掴もうと伸ばされて来たのを感じたがすぐに離れた。走りながら振り返ると「触れるなッ!」と怒鳴りつけて男を殴り飛ばしてる静さんが目に映った。前に出た男を引き離してくれたんだろう。たぶん殴ると不味いだろうに…。申し訳ない。

 まろびそうになりながら足を動かす。何度も振り返ってしまった。殴られた男はすぐに起き上がって、頭を振ってる。打撃は効いてるみたいだけど、追いかけてきそうだ。αは丈夫だ。

 静さんのあの太い腕で殴られて気を失わないなんて…。フラついてるからダメージはあるみたい。
 静さんが駆けて来てくれてる。私は速度を落とさず全力で頑張って走ってる。すぐに追いつかれた。ふわっと身体が浮いた。

 横抱きに抱えられてる。
 カツガツと下駄の音が響く。人が左右に避けてくれる。思わず太い首に腕を回して抱きついた。

「渡すものか…ッ」
 彼の呟く声が耳を打った。嬉しかった。

 彼の肩越しに後ろを伺う。
 回した勢いで紙袋から手が離れてしまってた。勢いよく後ろに跳んだようだ。
 石畳みの上でインク瓶の鈍い音した。男がそこで疼くまってる。当たったか踏んでしまったのか。取り敢えず時間が稼げる。

 キュッとしがみつく。
 彼の香りが纏わりついてくる。肺いっぱいに彼の香りが満たされていく。彼の大きな手と太い腕が私を抱きしめてくれてる。

 怖かったのに、嬉しくて、心が弾み踊る。

 大好き、大好き、大好きッ!






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