12 / 26
12 》溢れる想い
しおりを挟む年が明けて、私は一つ歳をとった。
文箱が来なくなって久しい。
最後に来た文箱は…私は見てないが、母がなんとかしてくれたのだろうか。
私の日常は変わりなかった。ただ、ヒリヒリとした得体の知れない気配が肌を刺してる。分かってる。私の足掻ける期限の限界だって。
好きな本ぐらいは読める環境だといいな。公爵家のどこに囲われるのだろう…。もう諦めてる。静さんともっとお出かけがしたかった。
カフェの女給さんに静さんはモテモテでした。彼女たちはよく分かっておいでです。彼の良さに気づくとは侮れませんね。
私は彼の腕を掴んで歩くのが定番です。和装の時も腕に掴まってます。大きな彼にくっついてると前が開けて少し面白いのです。
お出かけもする事もなくなるんでしょうね…。
私は恋愛というものを知りません。
両親の馴れ初めを聞いても小説を読んでもいいお話ぐらいにしか感じないのです。
男性は女性と結婚するのが当たり前の世の中です。家門が、格が、爵位が、と身分の差を持ち出されたとしても、好いた者同士が一緒になるのはいい事なのだと思います。
お見合い結婚だって、縁あって一緒になるんでしょうから情も生まれるでしょう。
これらは男女のお話です。
私は男性なのに何故Ωなのでしょう。
男同士のお話も読んでみた事もありますが、心には響きませんでした。とてもいいお話でしたが…。
世の中には男色家の方もおられますので、私もそれなりに需要があるのかも知れませんね。
とは言え、バース性が確定する前は、御伽話のようなお話に心を浮つかせた記憶もある。きっと素敵なお嬢さんが私の前に現れて…。確定してからは、何か冷めてしまった。
ふと母の言葉が過ります。
『普通に産んであげれなくてごめんね』
あれは、バース性が確定した時でしたかね。私は私です。
あの時もそう言ったと思う。引き篭もってしまいましたが…。
あの時、母は泣いてた。母は、男なら男に、子を産む存在なら女に産んでやれなかった事で悔やんで自分を責めていた。そんな母を見るのが辛くて…。
そうだ…
『私は私です。お母さまは悪くないです。私はお母さまに産んでもらって良かった。大好きです、お母さま』
って確か言ったなぁ…。大好きです。私は家族が、私の周りの温かな人たちが、大好きです。とっても…。
『そうね…五鈴は五鈴ね。そうね…』
母の声がこだまする。
今はこうして出歩く事もできるのですから、上位バースとして産んでくれた母に感謝です。引き篭もる私を見守ってもくれました。絶対的な味方の母です。
母も私も望んでこうなった訳ではないのです。
こうなったのは私が乗り越えられるとお天道さまが見越してそうされただけです。受け入れるだけなんです。
今日は何を書きましょうか…。
手紙を書こうと準備をしてるとインクが少なくなってる事に気づきました。気になると落ち着きません。こうなっては、買いに行こうと思い立ち、思い立ったらさっさと行動。
百貨店に行くのでちょっとオシャレして行きましょう。
新調した焦茶色の大島紬に袖を通し、揃いの羽織を羽織る。ハイヤーの到着を教えてもらう頃にはきちんと支度が出来ました。
母は集会に出掛けてるので留守だから誘えなくて残念。お土産に何か買って帰ろう。
春の柔らかい日差しはお出かけ日和だ。
いつものインクとレースのような細工が綺麗な紙を母に買って、紙袋に入れて貰った。手提げの紙袋を下げてこのまま帰るのが惜しくなった。
折角ここまで出てきたのだから、ちょっと足を伸ばそうかとそぞろ歩きを始めて後悔した。静さんとのお出かけが主になっていたからこんなに歩きにくいというか歩き方を忘れてしまってる自分に驚いた。
驚きもしたが、面白くもあった。私の中で静さんは大きい。彼はどうだか知らないけど、ちょっとは覚えておいて欲しい。
腕の重さでも歩いてる時にでも思い出して欲しいな。
私と同じようになんて無理だろうけど…。全く別の人間なのだから。
男女でもない。男と男。αとΩではあるが…。一緒にはなれない人…。
私は、やっぱり…彼が好きだ。人としても好きだが、番とか本能的な存在とかじゃなくて…恋愛対象として好きだと自覚してる。静さんには迷惑だろうね。
静さんの事を考えてたからだろうか。人の行き交う狭間に彼の影を見つけたような気がした。
お仕事かな?
イタズラ心がむっくり。
人の波を縫ってそっと近づいて…彼だと確認できました。白いワイシャツを着ています。ズボンに下駄履き。普段着に近いです。急いで出てきたのでしょうか…。
以前もそっと近づいて驚かせた事がありました。家の中でしたが、あの時は盛大に驚いてくれて楽しかった。外では初めてだけど上手く行くかな?
誰かと一緒だ…。
移動している。そっちは人通りが少ない方…驚かすのには物影が欲しいのだけど…難しいな。そもそも他の人を巻き込んで驚かせるのは遠慮したいし…どうしようかな。
イタズラはやめて、戻ろうかと思っていたら、嫌な気配を感じて近くまで行く事にしました。建物の影からこっそり顔を出して、路地奥を見遣る。
一方的に何か言われてる感じ。彼の影で相手がよく見えないが、耳をすませば僅かに言葉が聞こえる。
「…から、出入りしてる………てんだ。連れ出……簡単だろッ?」
ガラが悪いなぁ…。脅されてるんだろうか。静さんは微動だにしない。彼なら軽くいなせそうなのに何故相手をしてるんだろう。知り合い?
「……恩に報いる……の機会………上手く……お前も復籍……」
復籍ッ!
あの家門に静さんが戻れるって事???
華族の家門に戻れるならそれに越した事はないだろうけど…。それでは一緒にお出かけとかお話出来なくなっちゃう。
寂しい…。うう…自分の事ばかり…嫌ですね。喜ばしい事なのに…。家門に問題ありですけど。
「……ッ、番えば誰よりもよりも強く……ッ。つべこべ言わずに連れて来いッ」
語気が荒くなってる。静さんも何か言ってるみたいだけど、聞こえない。風向きの関係かな?
もう少し近づけないだろうか…。
草履のつま先が何かを蹴ってしまった。
物音に二人がこっちを見た。あっ…驚かせ損ないました。失敗…。
バレちゃったから、物陰から出た。
静さんの顔が怖い…。驚いてるけど、なんだか焦ってるみたいで、後ろの男を気にしてる。難しいお顔です。私は何かやらかしたようです。
「見かけたので…驚かせようと…」
言い訳をボソボソと言い募ってたら、静さんを押し除けてガラの悪い男が前に出ようとしてる。嫌な感じ…。香りが風に乗って漂ってくる。αだ。兄たちの香りがしてるだろうに気にしてる風にない……風向き? あっ、それもあるかもだけど、この着物は下ろし立てだ。
ジャリ…
思わず、後ろに下がってた。緊張感で心が乱れる。
「この香り、Ωだな。コイツか。丁度いい。連れて行こうぜッ」
質の良い物を着てるからならず者ではないようだけど…。
静さんを見れば、逃げろと言ってる感じ。
でも、私の身体能力では…引き篭もりで落ちた体力でなんとかなるのか…しかもこれだと走りにくい…。うぅうう、見た目を云々と言ってられないかッ。
ザッと向きを変えて通りへ向かって大きく足を踏み出し走った。下ろし立ての着物と草履が恨めしい。裾が上手く捌けない。足が上手く動かない。
男の手が私を掴もうと伸ばされて来たのを感じたがすぐに離れた。走りながら振り返ると「触れるなッ!」と怒鳴りつけて男を殴り飛ばしてる静さんが目に映った。前に出た男を引き離してくれたんだろう。たぶん殴ると不味いだろうに…。申し訳ない。
まろびそうになりながら足を動かす。何度も振り返ってしまった。殴られた男はすぐに起き上がって、頭を振ってる。打撃は効いてるみたいだけど、追いかけてきそうだ。αは丈夫だ。
静さんのあの太い腕で殴られて気を失わないなんて…。フラついてるからダメージはあるみたい。
静さんが駆けて来てくれてる。私は速度を落とさず全力で頑張って走ってる。すぐに追いつかれた。ふわっと身体が浮いた。
横抱きに抱えられてる。
カツガツと下駄の音が響く。人が左右に避けてくれる。思わず太い首に腕を回して抱きついた。
「渡すものか…ッ」
彼の呟く声が耳を打った。嬉しかった。
彼の肩越しに後ろを伺う。
回した勢いで紙袋から手が離れてしまってた。勢いよく後ろに跳んだようだ。
石畳みの上でインク瓶の鈍い音した。男がそこで疼くまってる。当たったか踏んでしまったのか。取り敢えず時間が稼げる。
キュッとしがみつく。
彼の香りが纏わりついてくる。肺いっぱいに彼の香りが満たされていく。彼の大きな手と太い腕が私を抱きしめてくれてる。
怖かったのに、嬉しくて、心が弾み踊る。
大好き、大好き、大好きッ!
===============
続きが気になる方、お付き合いして頂ける方、お気に入りに登録やしおりは如何でしょう?
感想やいいねを頂けたら、さらに嬉しいです。
↓下の方にスタンプや匿名でメッセージ送れるの設置してあるので、使ってみて下さい。
ちなみにURLはコレ↓
https://wavebox.me/wave/8cppcyzowrohwqmz/
15
あなたにおすすめの小説
余命半年の俺を、手酷く振ったはずの元カレ二人が手を組んで逃がしてくれません
ユッキー
BL
半年以内に俺は一人寂しく死ぬ。そんな未来を視た。きっと誰も悲しむ人は居ないだろう。そう思っていたから何も怖くなかった。なのにそんな俺の元に過去手酷く振り、今では世界的スターとなった元カレ二人がやってきた。彼らは全てを知っていた。俺がどうして彼らを振ったのか、そして俺の余命も。
全てを諦めた主人公と、主人公を諦めきれないイケメンサッカー選手とシンガーソングライターの再会が導く未来は?
カワウソの僕、異世界を無双する
コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
本編完結いたしました♡コツメたん!無双おめでとう㊗️引き続きの番外編も完結しました💕
いつも読んでいただきありがとうございます♡ ほのぼのとワクワク、そしてコツメたんの無双ぶりを楽しんで下さい!
お気に入り1200越えました(new)❣️コツメたんの虜になった方がこんなにも!ʕ•ᴥ•ʔキュー♡
★★★カワウソでもあり、人間でもある『僕』が飼い主を踏み台に、いえ、可愛がられながら、この異世界を無双していく物語。
カワウソは可愛いけどね、自分がそうなるとか思わないでしょ。気づいたらコツメカワウソとして水辺で生きていた僕が、ある日捕まってしまった。僕はチャームポイントの小さなお手てとぽっこりお腹を見せつけながら、この状況を乗り越える!僕は可愛い飼い主のお兄さん気分で、気ままな生活を満喫するつもりだよ?ドキドキワクワクの毎日の始まり!
BLランキング最高位16位♡
なろうムーンで日間連載中BLランキング2位♡週間連載中BLランキング5位♡
イラスト*榮木キサ様
中年冒険者、年下美青年騎士に番認定されたことで全てを告白するはめになったこと
mayo
BL
王宮騎士(24)×Cランク冒険者(36)
低ランク冒険者であるカイは18年前この世界にやって来た異邦人だ。
諸々あって、現在は雑用専門冒険者として貧乏ながら穏やかな生活を送っている。
冒険者ランクがDからCにあがり、隣国の公女様が街にやってきた日、突然現れた美青年騎士に声をかけられて、攫われた。
その後、カイを〝番〟だと主張する美青年騎士のせいで今まで何をしていたのかを文官の前で語ることを強要される。
語らなければ罪に問われると言われ、カイは渋々語ることにしたのだった、生まれてから36年間の出来事を。
双子のスパダリ旦那が今日も甘い
ユーリ
BL
「いつになったらお前は学校を辞めるんだ?」「いつになったら俺らの仕事の邪魔をする仕事をするんだ?」ーー高校二年生の柚月は幼馴染の双子と一緒に暮らしているが、毎日のように甘やかされるも意味のわからないことを言ってきて…「仕事の邪魔をする仕事って何!?」ーー双子のスパダリ旦那は今日も甘いのです。
何故か男の僕が王子の閨係に選ばれました
まんまる
BL
貧乏男爵家の次男カナルは、ある日父親から呼ばれ、王太子の閨係に選ばれたと言われる。
どうして男の自分が?と戸惑いながらも、覚悟を決めて殿下の元へいく。
しかし、殿下は自分に触れることはなく、何か思いがあるようだった。
優しい二人の恋のお話です。
※ショートショート集におまけ話を上げています。そちらも是非ご一読ください。
※画像は男の子メーカーPicrewさんよりお借りしています。
不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です
新川はじめ
BL
国王とシスターの間に生まれたフィル・ディーンテ。五歳で母を亡くし第七王子として王宮へ迎え入れられたのだが、そこは針の筵だった。唯一優しくしてくれたのは王太子である兄セガールとその友人オーティスで、二人の存在が幼いフィルにとって心の支えだった。
フィルが十八歳になった頃、王宮内で生霊事件が発生。セガールの寝所に夜な夜な現れる生霊を退治するため、彼と容姿のよく似たフィルが囮になることに。指揮を取るのは大魔法師になったオーティスで「生霊が現れたら直ちに捉えます」と言ってたはずなのに何やら様子がおかしい。
生霊はベッドに潜り込んでお触りを始めるし。想い人のオーティスはなぜか黙ってガン見してるし。どうしちゃったの、話が違うじゃん!頼むからしっかりしてくれよぉー!
【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。
村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました!
ありがとうございました!!
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い
<あらすじ>
魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。
見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。
いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。
ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。
親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。
※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。
└性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる