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13 》焦がれる想い
しおりを挟む大きな身体に包まれ運ばれてる。振動が心地いい。逃げてる事を忘れる程、彼の香りに心が落ち着いてきた。
「おいッ! 乗せてくれッ!」
私から片手が離れた。何かを叩いてる。
閉じていた目を薄っすら開き様子を伺うと、今にも走り出そうとしてるタクシーを叩いてる。
ドアを開けてたと思ったら、グイッと頭を大きな手で包まれて、それに乗り込んだ。
「割り増しは払「ガッテン承知ッ、ダンナ任せてくれぇ~」
なんだがやる気の運転手が彼の言葉を遮る。ドアを閉めて静さんは座席に納まったと思うが、ガクンと揺れた。
鼻息荒くハンドルを捌いてる。エンジン音が唸る。
え、え、えーーーーーッ
抑える手が緩んだので窓の外を見れば、大通りとはいえ、結構なスピード…おまわりさんがやってきそうです。緩みかけた腕に再び力が…キュッと抱きつく。ドクドクと心臓が波打つ。
「待て待て分かったッ、安全運転でッ」
静さんが慌ててる。
速度が落ちた。
慌ててる様子が珍しくて、少し面白いと思ってしまった。恐怖も緊張もどこかに行きそう。
「あっ、ヘイ、すみやせん。安全第一でやってますんで、ご安心を」
軽い謝罪が落ち着いた声で返ってきてひと安心です。人の好さが伝わってくる
緊張が解けた。
額を彼に擦り付け身体を寄せ、モソモソさせて腕の中で落ち着ける場所を探す。
身体を安定させたくて、回していた腕を解いて彼の胸に手を当てた。早鐘のような心音を掌に感じる。もっと近くに感じたくて耳を寄せた。
シャツの下の肌の温もりに擦り寄る。むふぅと静かに息をついて、彼に溶け込むように抱きついていた。
「甘い香りがしますね…。流行りのホットケーキでも食べてきたんですかい?」
ハイヤーに比べたら揺れや振動が大きいようたが、静さんの腕に抱っこされてお膝の上にいる私にとっては乗り心地に変わりない。
運転手の野暮な感じもなんだか面白く感じていたが、静さんの香りに強く晒されてる私にはどこか遠くに聞こえていた。
「ああ、ちょっと絡まれてな…」
静さんの声が鮮明に聞こえる。行き先を告げていた。いつもの声なのに疲れたような…気怠げな熱を感じていた。すりっと胸に頬を押し付け顔を埋める。
「お連れさんは、流行りの男装っすか? 可愛らしっすね。洒落たところでも野暮な奴はいるもんですなぁ。大船に、おっと車でしたね。もう大丈夫でやすよ。怖かったすね。安全運転でお屋敷までお送りしやす」
車夫からの転身だろうか。流行りとか話題を仕入れてるのだろうか。軽い口調だが、運転は上手いようだ。タクシーも存外悪くない。静さんと一緒なら、なんでも、どこでも…悪くない…。
身体は熱に炙られるようで、どんどんと溶けていくようで、身体の奥が…熱い…。
気を抜くと変な声が出そうで、熱にうなされるような息遣いを飲み込んだ。
どこかに流されていきそうな感覚に私は静さんに抱きつく事でこの場に留まっていた。
「落ち着いて下さい…」
静かな振動を背中に感じ、彼の声が耳に囁かれる。規則正しい振動。兄たちがしてくれるのに似てる。もっと彼の声や音を聞きたくて身体をこれ以上密着出来ない程に彼に押し付けていた。
ぎゅっと苦しくなるような力で抱きしめてくれた。
嬉しさに目の奥が熱くなって…溢れてくるものを抑えられない。
彼のシャツが濡れてしまう…。止まって欲しいのに止まらない。声を殺して彼に縋りついた。
遠くで兄たちの声が聞こえる。私を呼んでる声がする。寝てしまってたようだ…。
荒い息遣いがそばでしてる。静さんが苦しそう…。
熱い身体が全身で戒めのようにキツく私を締め上げていたが、苦しくて…心地いい。
「静司、落ち着けッ。ここは安全だ」
大兄さまの声。焦りが強い。珍しい…。
「五鈴? 良かったッ。気づいたか? 静司くんが暴走しそうなんだ。離すように言ってくれ」
大兄さまが静さんの肩に手置いて怒鳴ってる。小兄さまが彼の隙間から覗き込んで私と視線を合わせて微笑んでる。微笑みが引き攣ってる。いつも涼しい顔の兄にしては珍しい…。
熱い…。
私もハァハァと息を吐いていた。
全身が汗でぐっしょりと濡れて、襦袢が肌に張り付いている。半衿に汗染みが出来てそうにしとどに汗が溢れ流れている。
熱に浮かされて呼吸が早い…。
足は軽い。足袋も草履もないから、おタキさんが綺麗にしてくれたんだと思うが、足先まで鼓動が揺らしてる。ドクドクと全身が振動してる。
私の意識はどこか冷静に周りを伺えてる。でも、私の身体は熱く燃え上がるようで…。
燃える身体を静さんが包み込むように抱き抱えて何処かに座り込んでる。多分、玄関だ。上がり框に座り込んでる。
静さんの香りでいっぱい…。幸せでどうにかなりそう…。
帰ってきたのに、彼は私を抱きしめてくれてる。
「静司くんは事情を話してくれたんだが、その後からこうなってしまって、離してくれないんだ。五鈴の声なら届くかも。離すように言ってくれ」
フーフーと荒く何かに耐えるような荒い息遣いが側でずっとしている。鼓動の振動も響いて伝わっていて…。静さんが…。
「せい…さん…」
私がそっと呟くと「渡さない…渡さない…」と彼の呟きが聞こえる。
嬉しい…。
ギリギリと何かが擦り合わされるような音がする。
歯が擦り合わされてる。
食いしばって耐えてる。
嗚呼、静さんは私と番いたがってるんだ…。
気持ちと本能に抗ってる。
私のような恋情を持ってる訳じゃない。好いてない人と繋がるなんて嫌だよね。
「ハァァ、静司、さん…離して…んッ…」
私も身体の中から湧き上がってくる熱にどうにかなりそう…。彼に縋りつきたいけど、理性を総動員でなんとか離れようと身体を動かす。
「俺のだ…」
より抱き寄せられた。身動きが取れない…。香りが強い。力が抜けていく…。
静さんが私を欲してくれてる。でも、それは私の香りが起こしてるだけの事…。静さんが求めてくれてる訳じゃない。
「離して…ぅ…ふぅ…好いた…人と…幸せに…」
涙が溢れてきて苦しい。私は静さんが好き。でも、欲してはいけない。彼とは友人として寄り添えたらそれでいい。今まで接してきて彼から友人以上の気配は感じなかった。Ωだけど、男だから…。
友人として触れ合いだって、今年中には誰かの元へ行くのだ…これだっていつまで続けられるか分からない…。
「好いてる…五鈴が…いい…」
私の首に彼が擦り付いてる。頸に荒い息を感じる。今噛まれても傷が残りだけで番える訳ではないと本能で理解した。だが、彼の様子では私は噛み殺されそうな様相だ。医者に掛かる事になりかねない。否、警察だろうか…。これが『暴走』?
犯罪者にする訳にはいかない。
「静さんのそれは私のと違うッ。ハァァ、離して…ンッふぅ、私の香りが起こしてる…錯覚ですッ」
私は渾身の抵抗を行使するッ!
泣きたい。否、泣いてると思う。汗か涙か分からない。
叫ぶように訴え、彼の身体を押す。
離れたくないッ!
抱きつきたくなる身体を必死に剥がす。
「いやあぁああああ…ッ!」
何に嫌がってるのか分からない。手は彼のシャツを握ってる。伸ばす腕が軋んでいた。誰かに身体を引っ張られる。彼から離してくれる。
引き剥がされる私の手は彼を求めて伸ばされ、空を彷徨った。
私の身体は小兄さまから書生さんたちに渡される。
静さんが兄たちのに抑えられてる。太い腕が真っ直ぐ私に伸びていて、大きなあの優しい手が何かを掴もうともがいている。
私は書生さんたちに羽交締めにされ押さえつけられてる。暴れる身体が理解できなくて頭がどうにかなるそうだッ!
「静さん、静さんッ」
私は部屋に連れて行かれてるようだ。彼の香りが遠退いていくのに熱は熱く湧いてきて、頭の芯が焼き切れるようだ。意識が溶けていく…。
静さんの地を這うような咆哮が沈みゆく意識に絡みつく。
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