婚姻適齢限界(過ぎたら無理矢理って…嫌に決まってる)

アキノナツ

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14 》諦めるという事

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 夕闇の中。ちい兄さまに抱きしめられていた。

 歯を食いしばり、フーッフーッと荒い息を吐いていた。顎が痛い。歯が砕けそうだ…。
 手が指が痛い。兄が全身で私を拘束するように後ろから羽交締めするように抱きしめていた。
押さえつけられてるところが痛い。

 この腕じゃない。
 私を抱きしめて欲しいのはこの腕じゃない。

 何かを求めて抗っている。何を…?

 この腕から、戒めから抜け出そうと藻がいていた…。

 兄も荒い息を吐いている。

 私は…何を、してる?

 全力疾走の後のようで頭の芯が痺れてる。喉が渇いて怠い。

 抜け出そうとしていた動きを止めた。何をしてるんだ?

五鈴いすず、大丈夫か?」

 耳元で尋ねられるが、意味が分からない。ただ喉の渇きが限界で…切羽詰まっていて…気持ちがザワザワと気持ちが悪い。
 拘束の締め付けが緩んだ。

「み、水…」
 喉がひりついて声が上手く出せない。掠れる声を絞り出した。

「大丈夫なようです」
 静かな声が誰かに向けられてる。
 側で母の香りが揺れた。

 水が満たされたコップが差し出された。なんとか両手で掴むが震えて上手く掴めない。母の手が支えてくれて飲ませてくれる。飲む速度と傾けが上手く合わなくて、口の端から溢れてしまった。背中を小兄さまが支えてくれてる。

 空のコップを更に傾けようとすると、取られた。移動するコップをぼんやり見てると水が満たされていく。

 何度も往復する行為が落ち着いてくると、自分が着込んでいた紬の着物は乱れて、酷い有り様なのに気がいった。
 緩く周りを見れば二人が私の部屋に居てくれていた。

 母も兄も疲れた顔をしてる。母の結った髪が崩れていた。

 兄の腕に引っ掻き傷がある…。
 自分の爪を見れば、隙間に赤いのが付いていた…。

 私は、我を忘れて何かをした…ようです。

 ほぉ…と息が漏れた。詰めていた何かが身体から吐き出されて、身体に重みを感じた。兄に身体を預ける。自分では支えられない。
 自分の身体と意識がしっくりくる感覚に浸った。指も動かせそうになくなってきてる。脱力感が重くのしかかってくる。

「私は何かやって、しまった…のでしょうね…ごめんなさい」

 母が目を伏せ、首を横に緩く振ってる。目尻に光るものがある。これ以上醜態を晒せない。

「輿入れの予定があるなら進めて下さい」

 傷物になる前の方が相手の扱いはマシな気がする。せいさんだったらそうあってもいいんだけど…。そうなったら、私は良くても静さんに悪い。

 母が水差しの盆を掴むと部屋を出て行った。

「みんな、お前の味方だから。静司せいじくんがいいんだろ?」

「静司さんは、お友達です。迷惑はかけたくはないです」

 乱れた髪を手櫛で梳いてくれる。兄の手は優しい。この手を私は引っ掻いてしまった。私は暴れたのだろう。
 たぶん、静さんのところへ行こうとしてたんだと思う。本能が理性を押しやってしまったんだ。浅ましい姿を見せてしまった。

「静司さんに相応しいお嫁さんを見つけてあげて下さい。私は…もういいんです。思い出をいっぱい貰えました」

 こんな欲だけで動くような姿は家族に見せたくない。

「静司くんが五鈴がいいと言っても?」

 それはない。彼は友人というより家族のような近しい存在になれたが、恋人ではなかった。
 彼は私をΩとしては見なかった。αの本能では欲してるかも知れないが、私を好いてくれてる訳ではない。あくまでも友人として親しくなっただけだ。
 私を私として見てくれたが、恋情は感じられなかった。良き友人だ。

 人として好いてくれたとしても友情であって恋情じゃない。
 バース性が確定する前の友人たちと同じようでもあり、それ以上にも私に寄り添って接してくれる彼の誠実さに接する内に、私は更に惹かれた。どんどん好きになっていた。これ以上は辛い…。

「香りがそう錯覚させてるだけです。もっと早くに…『お友達』なんて言わずに…。我儘を言わなければ良かった…」

 自分の行く先は決まってる。
 バース性が確定した時、周りの変わりように混乱し、引き篭もってしまったが、その後、私は何もしなかった訳ではない。

 兄たちはαだったが、自分はβだと思ってた節もあってのんびりと構えていたが、βとしてどう生きていくかとバース性の確定前から商売のイロハを学んでいた。

 その過程で自分の身分や世の中のあり方も考えるようにもなっていた。

 だからだろうか。男性Ωという自分の存在が何なのか知りたくなった。だから、香りが落ち着くまでと言われた事もあって外に出ない分、父の書斎で書籍を漁り、じっくりと考える事が出来た。

 そこで、父も母もバース性の事、特に男性Ωについて調べていた事を知った。私が知りたいと思った事柄の書籍が揃っていたからだ。

 慣習についての古書もあった。真面目な物や怪しげな噂話をまとめた雑話集のような物まで多種多様。

 私が特異な存在ではないのではないかと私と同じように考えていたと言う事らしい。親子ですね…。

 両親は、私がΩの可能性を考えて確定前から『慣習』に則らない方法を模索していたようだ。

 母が集会によく参加してたのは知っていたが、それが何かは深く知らなかった。それらが、女性の権利を模索してる様々な集まりだと引き篭もるようになって知った。自由恋愛を語り合ってる集団にも顔を出していたようだ。

 貴族の婦人会にも顔を出して人脈と女性としてΩとして、そして人の親として子どもに何が出来るのかと、働きかけていた。

 母は父が見染めた勇姿は、結婚した後も健在であった。

 私が限界ギリギリまで婚約者がいない状態だったのは、家族の努力の賜物だった。

 私は知ったと同時に足掻く事も強く思ったが、諦めもした。世の中は変わろうとしても変わらない事も人もいるのだから…。
 新聞はそれを伝えてる。

 Ωの自分を受け入れ、慣習も受け入れる。
 その代わり、私はギリギリまで、運命という慣習に逆らってみよう。

 バース性を研究してる医者や教授に手紙を送って論文の写しをもらったり、意見交換もした。書籍を取り寄せたりもした。家族には知られるのが恥ずかしくて郵便局留めで受け取った。

 私は引き篭もって『本』を読んでるだけなのだ。心配はかけたくなかった。私は笑って過ごしたいのだ。

 今この部屋は、本棚から溢れて所狭しと積まれていた書籍はなくなっている。あれらはそれぞれ相応しい人の手に送った。私がまとめた雑記も欲しいと言われたので、それも送り、残った落書きは全て年末の大掃除の時に燃やした。

 私の持ち物は少なくした。

 男性Ωはこの世に私だけではない。確かにこの世に存在している。どこかで生きてるだろう。
 だが、異質だ。男でも女でもない。知れば知る程に心が冷えた。道具として生きるにはどうすれば楽だろうと思うようになったのはいつからだったろう。

 どの高位貴族のどこに連れて行かれるのか分からないが、世の中から隔離されるのだろうと思ってる。

「五鈴は鈍感さんだな。静司くんは十分お前を好いてくれてると思うよ。大切にし過ぎだ…」

「好いて…?」

「落ち着いたら話をしてみるといい」

 私の乱れた着物を見苦しくない程度に整えながら、軽く穏やかな口調。いつもの兄だった。

「静司さんが…私を……?」

 あれから数日。すぐにでも会いたかったが、なぜか何日経っても会えそうになかった。

「あー、その、静司も色々あるんだ。仕事でちょっと手がな。近々、場は設けるから。な?」

 1週間が過ぎようとしてます。私は全快してます。αの兄たちはもっと早くに怪我の類いは治ってる様子です。目の前のおお兄さまの顔にあった青アザもスッカリ治ってるのに、同じαの静さんが治ってない訳がないのです。仕事って取って付けたような言い訳を…。

 視線が逸らされる。
 背伸びしながら、逸れる先に回り込むと反対側へ視線が逸れます。
 ぴょんと飛び上がって視線を掴むが逸らされるッ。
 なんか隠してますね!

 ホイと大きな身体にしがみついて、よじ登る。
 バース性が確定する前までは、木登りだってしていた私です。兄によじ登るなんてオチャノコサイサイ。

「静司さん、暴れたんでしょ? おタキさんが書生さんに聞いたって」

 あの騒動は、あまりのαの圧に流石のβの人たちでも気圧されて、特に女性陣は寄り付けなかったらしいが、あまりの怒号と物音にただ事ではないと思った彼女たちは、のちに情報収集に徹した。

 私を抱えて帰ってきた静さんは、おタキさんとも話をしてたようです。
 彼女が足が汚れてた私の草履と足袋を脱がせ拭いてる中、知らせを受けて出先から戻ってきた兄たちと静さんは話をしていたらしいです。その時は息は荒いものの話は出来てたのです。

 門が閉められ、警備を固める指示を兄たちが出したところで、それまでも熱があるような様子だった静さんの具合が悪くなったようで…。彼女は片付けに立ち去った後の事です。

 それからは大きな物音や怒声が飛び交って女中たちは近寄れなかった。

 彼女たちは知らない。
 知らないのは困ります。

 これからの事の対処でも知る必要があると女中頭のおタキさんたち以下女中陣は情報集の鬼と化したのです。
 お屋敷内を潤滑よくするのが彼女たちのお仕事です。自分たちの職場環境は整えたいですよね。

 全てを見聞きしたであろう書生さんを食べ物で釣りましたとさ。書生さんたちも口は固かったのですが…。溢れた話を繋ぎ合わせて彼女たちは知ったんですけどね。

「あー、アイツらは…」

「合ってるんですか? どこに入院してるんですかッ?」

 大丈夫だろうと高を括ってたところがあった。兄たちが抑えても暴れて手がつけられなく殴られてたと聞いたが、どこか『静さんは大丈夫』と思っていた。
 ぐったりして大人しくなってたとか、血溜まりが出来てたとも聞いていた。
 即、頭の中で大袈裟と訂正して話半分で聞いてたのだが…。

 おタキさんが上がり框に血の痕をとるのが大変だったと言ってた。

 そんな……ッ
 冷水を浴びせられる。兄の胸ぐらを掴んで締め上げていた。

「どこ?!」
 何処からそんな大声が出るんだって声が出た。

「怪我は大した事はない。ちょっと口の中を切っただけだ」

「本当に?!」

 鼻が触れ合うかという距離で睨む。ギリギリと締める。

「入院してない。あー、この辺をちょっと切った、かな?」

 額横の生え際当たりを指で突いてる。

「………治ったんだね」

「安心しろ。静司は丈夫だ」

「丈夫は知ってるけど…不死身じゃない」

 掴んでいた襟を離して、大きな身体に絡めて身体を支えていた脚を解き、ポンと降りる。

「五鈴…膨れるな」

 大きな手が頭の上に乗った。丸め込もうというのだろうか。何をコソコソしてるんだ? プンプン

 もうすぐここから居なくなるかも知れないのにッ!
 上から言われたら私たちに拒否権はないんだ…。

「…近々…うん、静司から手紙が来るから待ってろ」

 言葉を選んでた兄が口を開いた。

「手紙? 本当?」

 ぱぁぁあああと光りがさした気分で兄を見上げる。

「本当。だから、待ってろ」
 ニコニコ顔。機嫌も良くなったようだ。

「お手紙出していい?」
 お願いしてみよう。ニッコリお願い。

「それは…待て」

 ブーッ
 盛大に膨れた。
 猫っ毛の髪がぐちゃぐちゃになるまで撫でくり回された。
 機嫌は治りませんよッ!





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