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再び王宮へ
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この日、ミレールは王宮へ遊びに来ていた。
もう二度と来ないと思っていたが、レイリンの強い要望をノアから聞き、ついでに同僚から頼まれたというお菓子を差し入れに来ていた。
アルマと共に馬車に乗り、お菓子の籠を持ち王宮へと向かっている。
(まさか、また王宮へ来ることになるとは、思いませんでしたわ……)
いつもの営みの最中、快楽の波に溺れているミレールにノアが珍しく言ってきたのだ。
『なぁ……明日、王宮へ来ないか?』
『んッ! ぁ……は、い……?』
初めに言われた時は、聞き間違えたのかと思った。
『王宮で……、っ、待って、る』
『ッ! あっ! ……のあっ!』
二度言われても頭に内容は入ってこなかったが、終わったあとにきちんと説明されて、ようやくノアの言いたいことがわかった。
どうやらレイリンがノアにミレールを連れて来てほしいと駄々をこねたらしい。
だが、ノアはミレールが王宮へ行くことをよく思っていない。
おそらくマクレインと会うからなのだろうが、余程のことがない限りこんな風に言ってこなかったからだ。
(レイリンはマクレイン様と深い仲になっているのかしら? web小説では王太子妃になると決めた時に、マクレイン様がレイリンと関係を結んでいたけれど……。今がどの辺りまで進んでいるのかわかりませんが、前の段階で肉体関係にはなっていなさそうでしたわ。ただ……ノアやわたくしがいなくなり、小説の展開が大幅に変わってきましたから……)
そこでふと、ミレールは考える。
もうノアと閨を共にして、かれこれ数ヶ月が経とうとしている。
だが、未だに妊娠の兆候はない。
月のものが来たとき以外、あれだけ毎日同衾しているにも関わらず、子宝に恵まれない。
(普通に考えればとっくに懐妊してもいいくらい、ノアと毎日何度もしているのに……ミレールは妊娠しにくい体質なのかしら……?)
そしてさらに、元々のミレールの魂はどこへ行ってしまったのだろう、と時々考えることがある。
杏だった頃の最期の光景は、目の前に迫るヘッドライトだった。
家事と育児と仕事……日常に疲れていた自分が車に轢かれたであろうことは推測していた。
(私がミレールに憑依した時、ミレールも高熱に魘されていた……そこでイレギュラーが起きたのかしら? あの時は……、思い出したくないくらい……、色んなことに疲れていたので……そこまで考えがいきませんでしたが……)
杏はこの世界に適合するために、ミレールに成り切ることを強いられた。
そうしなければ、ここで生きてゆくことができなかったからだ。それは今でも変わっていない。
幸いにも小説を読んでいたので、ミレールを演じることはさほど苦痛ではなかった。
「若奥様? 大丈夫ですか……なんだか難しい顔をされてますが……」
馬車の対面に乗っていたアルマが、黙って窓の外を見ているミレールを心配して声をかけてきた。
ずっと『お嬢様』と呼んでいたアルマは、近頃他の使用人と同じく『若奥様』と呼ぶようになっていた。
「……えぇ。大丈夫よ」
「そうですか? 今度こそ私も、王宮の中へ入れますね!」
前回は侵入者を警戒していた城内だが、今はそれが解かれている。
一般人が王宮へ入ることなどまずない。
だからこそアルマも王宮へ足を踏み入れることを楽しみにしていた。
「いいこと、アルマ。王宮は華やかだけれど、様々な思惑が蔓延る危険な場所でもあるの……、くれぐれも気を抜かないように、気を付けることよ」
「は、はい……。なんだか、緊張しますね」
「そのくらいがちょうどいいのよ。いつ如何なるときも油断してはいけないわ」
「りょ、了解いたしました。無事に侯爵家へ帰還できるよう、細心の注意を払って行動いたします」
「えぇ。くれぐれも肝に銘じなさい」
緊張した面持ちで話すアルマに、ミレールも真剣な表情を浮かべて忠告している。
そして、馬車が止まり王宮へと到着した
「では、行きますわよ」
「はい! 若奥様!」
馬車から降り、三度目となる王宮へと足を進めた。
もう二度と来ないと思っていたが、レイリンの強い要望をノアから聞き、ついでに同僚から頼まれたというお菓子を差し入れに来ていた。
アルマと共に馬車に乗り、お菓子の籠を持ち王宮へと向かっている。
(まさか、また王宮へ来ることになるとは、思いませんでしたわ……)
いつもの営みの最中、快楽の波に溺れているミレールにノアが珍しく言ってきたのだ。
『なぁ……明日、王宮へ来ないか?』
『んッ! ぁ……は、い……?』
初めに言われた時は、聞き間違えたのかと思った。
『王宮で……、っ、待って、る』
『ッ! あっ! ……のあっ!』
二度言われても頭に内容は入ってこなかったが、終わったあとにきちんと説明されて、ようやくノアの言いたいことがわかった。
どうやらレイリンがノアにミレールを連れて来てほしいと駄々をこねたらしい。
だが、ノアはミレールが王宮へ行くことをよく思っていない。
おそらくマクレインと会うからなのだろうが、余程のことがない限りこんな風に言ってこなかったからだ。
(レイリンはマクレイン様と深い仲になっているのかしら? web小説では王太子妃になると決めた時に、マクレイン様がレイリンと関係を結んでいたけれど……。今がどの辺りまで進んでいるのかわかりませんが、前の段階で肉体関係にはなっていなさそうでしたわ。ただ……ノアやわたくしがいなくなり、小説の展開が大幅に変わってきましたから……)
そこでふと、ミレールは考える。
もうノアと閨を共にして、かれこれ数ヶ月が経とうとしている。
だが、未だに妊娠の兆候はない。
月のものが来たとき以外、あれだけ毎日同衾しているにも関わらず、子宝に恵まれない。
(普通に考えればとっくに懐妊してもいいくらい、ノアと毎日何度もしているのに……ミレールは妊娠しにくい体質なのかしら……?)
そしてさらに、元々のミレールの魂はどこへ行ってしまったのだろう、と時々考えることがある。
杏だった頃の最期の光景は、目の前に迫るヘッドライトだった。
家事と育児と仕事……日常に疲れていた自分が車に轢かれたであろうことは推測していた。
(私がミレールに憑依した時、ミレールも高熱に魘されていた……そこでイレギュラーが起きたのかしら? あの時は……、思い出したくないくらい……、色んなことに疲れていたので……そこまで考えがいきませんでしたが……)
杏はこの世界に適合するために、ミレールに成り切ることを強いられた。
そうしなければ、ここで生きてゆくことができなかったからだ。それは今でも変わっていない。
幸いにも小説を読んでいたので、ミレールを演じることはさほど苦痛ではなかった。
「若奥様? 大丈夫ですか……なんだか難しい顔をされてますが……」
馬車の対面に乗っていたアルマが、黙って窓の外を見ているミレールを心配して声をかけてきた。
ずっと『お嬢様』と呼んでいたアルマは、近頃他の使用人と同じく『若奥様』と呼ぶようになっていた。
「……えぇ。大丈夫よ」
「そうですか? 今度こそ私も、王宮の中へ入れますね!」
前回は侵入者を警戒していた城内だが、今はそれが解かれている。
一般人が王宮へ入ることなどまずない。
だからこそアルマも王宮へ足を踏み入れることを楽しみにしていた。
「いいこと、アルマ。王宮は華やかだけれど、様々な思惑が蔓延る危険な場所でもあるの……、くれぐれも気を抜かないように、気を付けることよ」
「は、はい……。なんだか、緊張しますね」
「そのくらいがちょうどいいのよ。いつ如何なるときも油断してはいけないわ」
「りょ、了解いたしました。無事に侯爵家へ帰還できるよう、細心の注意を払って行動いたします」
「えぇ。くれぐれも肝に銘じなさい」
緊張した面持ちで話すアルマに、ミレールも真剣な表情を浮かべて忠告している。
そして、馬車が止まり王宮へと到着した
「では、行きますわよ」
「はい! 若奥様!」
馬車から降り、三度目となる王宮へと足を進めた。
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