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 それから侯爵夫妻の間でしばらく、あることが流行っていた。
 ソファーに座っていたノクターンが、にこにこと笑ってミレールを見ていた。
 手に持っていたアクセサリーをミレールの前に出して質問している。

「ミレール、これは誰のかしら?」

「そちらは……お、お義母さまの、ブレスレットですわ……」

 ミレールは視線を横に逸らしながら、しどろもどろで答えている。

「やぁ、ミレール。このペンは誰のものだったかな?」

 今度はノクターンの隣に座っていたオルノス侯爵も笑顔になり、目の前にペンを出しミレールに向かって見せていた。

「そちらは……お、お義父さまの、万年筆ですわ……」

 今度は反対側に視線を逸らし、またしどろもどろに答えた。

「レオンハルト!」
「ノクターン!」

 ミレールの答えに満足した二人は、今度は見つめ合いながら手と手を取り合っている。

「今の聞いた?! レオンハルト! ミレールが私を母と呼んでくれたわっ!」
「あぁ、ちゃんと聞いていたよ。私のことも父と呼んでくれたな!」

 そしてまた目の前で、美男美女夫婦のイチャイチャが繰り広げられていく。

(はぁ……初めから呼ばなかった分、よけいに面倒な感じになってしまってますわ。もう何度、このやり取りをしたことか……)
 
 長く息を吐き、早めに飽きてくれないものかと願うばかりだった。


 ◇◆◇
 
 
 そしてある日の夜。

 就寝中のミレールは夢を見ていた。
 それは、よく見る夢だった。
 その夢の中では、いつも誰かの声が聞こえてくる。

『……たい、…………も、……れたい』

 とても悲痛な声。
 おそらくまだ若い女性のもの。
 
(また、この声……どこかで聞いたことがある……)

 聞き覚えのある声。
 そして決まって、繰り返される台詞。

『…………しも、……れたい』

 情景も何もない、ただ真っ暗な闇のような空間で、杏は一人でその声を聞いている。

 ――それだけの夢。

(あなたは、だれ……? どうしてずっと、同じ言葉を話しているの……?)
 
 杏はその声の主を探そうと、何もない暗闇を闇雲やみくもに歩き出す。
 歩き出した先に、誰かがうずくまっている。
 暗闇でわからないはずの人物だけは、なぜかぼんやりと見えていた。
 そして、その蹲っている声の主に近づこうと足を進める。


 ――と、そこでパチッと目を覚ました。
 
(また……あの夢……)

 薄っすら汗をかき、重怠い体をゆっくりと起こした。
 起き上がったミレールはベッドの端に座ったまま、深いため息を吐いた。

(結婚してからこの夢をよく見ますわ……。あと少しで誰かわかりそうなのに、近づいてが振り返ると、いつもそこで目覚めてしまいます……)

 少し経てばすぐ忘れてしまうのに、頻繁ひんぱんに夢に出てくる。
 ベッドのすぐ近くにあるサイドテーブルに置いてあったガウンを裸の体に羽織はおった。
 
 気怠い体を動かし、自分の部屋へと戻っていった。

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