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大公家の秘密

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「いえ…、このままで大丈夫、です。…それで、お話とは…?」

 ジェイデンの表情はどこか優れない様子で、座りながら俯き、聞いてほしい割には言いづらそうな雰囲気だった。

「ひとまず、謝らせて下さい。私は貴女に…酷いことを、してしまいました…」
「ッ!」

 ベッドで上体を起こしていたアリシアの体がビクッと震えた。
 それが何かは聞き返えさずとも、この前の夜の出来事だという事は容易に想像できた。
 
 覚えていたのね…。私はてっきり、正気ではなかったから覚えていないのかと思っていたのに。

 アリシアは膝に掛かっていた布団をぎゅっと握った。今までそんな素振りは全く見せていなかった。ただ甲斐甲斐しくお世話をしてくれて、まるで夢だったのではないかと錯覚するほど普通にしていた。

「謝って済む問題でないことは重々承知の上です。言い訳をするようで申し訳ないのですが…、これには理由があるのです」

「理由…?」

 自らの膝の上に握り拳を乗せ、姿勢を正したジェイデンは七色に輝く瞳をアリシアへと向けた。

「はい。実はこのハミルトン大公家の血には、竜族の血が混ざっているのです」

「りゅ、竜族っ…」

 今ではとうの昔、数千年も前に滅亡してしまった古代の種族。
 滅んだ理由すらわかっていないが、アリシアはただ伝説上のものなのだと思っていた。

「混ざっていると言いましても、何代にも渡る交配により、血もほとんど薄まってきています。今では特別な能力も無く…残ったものは、この宝石眼と呼ばれる瞳と…、呪いのように受け継がれている、なのです」

 不意にジェイデンはアリシアを見ていた宝石眼を伏せ、俯かせた。

「その症状こそが、先日…貴女に…してしまった事に繋がります…」

 ジェイデンは膝の握り拳を更にぎゅっと握った。悲観に満ちた表情で、見ているアリシアの方が心配になるほどだった。

「竜族は非常に貪欲で能力も高かったのですが、今ではその能力が衰退し発散する事ができず…、行き場を失った血が暴走してしまうのです。それを唯一解消する方法こそが…、他者と身体を重ねる事なのです」

「他者との…」

「はい。ただ私はそれがどうしても嫌で…、初めはどうする事も出来ず…抑制する薬を飲み、衝動を緩和していました。我慢が効かなくなった時だけ娼婦を呼び、どうにかしていたのです。…ですが、結局はその場凌ぎに過ぎず…その症状に絶望し、苦しみもがく日々を送っていました」

 もしかして、それが噂の真相なのだろうか。アリシアはジェイデンが嘘を言っているようには聞こえなかった。

「アリシアさんっ」
「は、はい…」
「貴方こそが、私の救世主なんです!」
「救…世主?」

 悲観的な表情で俯き話していたジェイデンが、顔を上げて真摯に話している。

「えぇ。貴女を抱いたあの日、今までの体の不調が嘘のように消えて無くなりました!数日が経過しているのに、何の苦痛も現れません。これは私にとって奇跡なのです!」
「…しかし…」
「お願い致します、アリシアさん!私を救って下さいませんか?」
「ですが…、私は…」

 切実とはまさに今のジェイデンの様子を表すのだろう。それほど、藁にもすがる思いで話しているのがひしひしと伝わってきている。

「貴女が望む事なら何でも叶えますっ。お願いですから、承諾して下さいませんか?!」
 
 救ってあげたいのは山々だが、要するにこの先もジェイデンに抱かれろ、と言われている。
 いくら善行を積むにしても、簡単に頷けるものではない。それこそジェイデンの娼婦になるようなものだ。
 アリシアがこの世で一番嫌悪している事を、この先も続けなければならない。そんな事は耐えられない。

「大変…申し訳、ございませんが……」

「大公家の秘密を知ってしまった貴女を…、無理やり従わせるような真似は、したくないのです…」

「─っ!」

 アリシアの体が今の言葉で恐怖に震える。勇気を出して断ろうとした声は、無情な言葉によって遮られた。

 ただ軽い気持ちで聞いてしまったが、これも策略の内だったのだと今さら気づいた。
 社交に精通していないが、噂などでも今ジェイデンに聞いた話など耳に入って来なかった。
 もしこれが大公家の機密事項なのだとしたら…、聞いてしまったアリシアは無事にここから出る事はできない。
 ここを出た途端、秘密裏に消されてもおかしくはないだろう。
 これは純粋なお願いではなく、ある程度計算された脅しだ。

 直感的にそう思った。


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