そうだ。奴隷を買おう

霖空

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異世界は良い世界2

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「少し、故郷の事を考えていた……んです」

 敬語を使うのには少し抵抗がある。別にこの執事に対してだけ……という訳ではない。誰に対してもそうなのだ。この抵抗の原因は私のプライドの高さだろう。

 敬語を使うということは、相手よりも下の立場に立っているということになる。

 プライドの高い私は、常に人より優位に立っていたい……と思っている。だから、自分が誰かの下の立場になるということが気に食わないのだ。

 そして敬語を使うたびにこの事実が脳裏をちらつく。結果、たどたどしい言葉遣いになってしまうという訳だが……。

 今まで年上……と言うか先輩と関わってこなかったのも大きいだろう。中学、高校と帰宅部だったし。部活以外で年上と関われる程、コミュニケーション能力が高い訳じゃないし。と言うか、部活に参加してたとしても、私のコミュ力では先輩と会話したのだろうか……?恐らくしてないだろうと思われる。



 うーん。敬語を使う度に、いちいち考え過ぎなだけなのかもしれない。

 社会人になれば敬語を使う機会も増えるだろう。だからその時までにはなおしたい……と思ってはいるけど。



「無理して敬語は使わなくてんいいですよ?私は貴方の執事ですし」

 彼は私の横でしゃがんで、じっと私の顔を見た。



 私の身長はそう高くはない。丁度平均ぐらいの高さだ。対する彼の身長だが、私より高いことは確かだが、正確な大きさは分からない。まあ、多分、平均的な大きさだとは思うけど。

 そんな私たちは、横に立てば当然彼の方が目線が高くなる。その位置関係はしゃがもうが、座ろうが、中腰なろうが、匍匐前進し……たら同じ目線の高さになるか。まあ、基本的には変わらない訳だ。

 しかし、今回は違う。

 私が座り、彼がしゃがむことによって、彼の目線の方が低くなった。

 そして上に位置する私の方をじっと見ているのである。

 もしや、これが……世にもてはやされている、あの、上目使いか?



 あざとい。とてもあざとい。

 彼の顔立ちはとても整っているため、きっとこの攻撃はものすごい威力だったろうに違いない。

 然し、残念ながら、私は彼の顔をよく見ていなかった。

 いや、これも彼に限った話ではないのだ。誰の顔も基本見ない。何故って?なんか、人の顔を見てると、小っ恥かしくなってこない?私は恥ずかしくなる。

 人の顔を見ないことが失礼なのは重々承知しているのだけど。

 もうこれはコミュ障の宿命なのではないだろうか?こちらも直したいとは思っているが、直せるかどうかは怪しい。



「そう。じゃあ、普通に話させてもらうね」

 彼の様子を横目で見てみるが、にこにこと満足気に微笑んでいる。

 自分の必殺技が効かなかったら、普通はある程度の動揺を見せるはずだが、その素振りも見せなかった。

 これは彼が、天然なのか、それとも、余程の手練なのか……。

 前者であって欲しいところである。



 今のところ、戦闘には役に立たない能力しか持っていない、と思われている私を、懐柔する必要性はあまりない。

 ただ、能力面で役に立たなくても、勇者というそれだけで、狙ってくるやつはいるかもしれない。

 事実、勇者に一人ずつついている執事やメイドはイケメンや美女ばかりだし、異性だし。



 なんだか凄い優遇されてるのはわかるんだけど、何かほかに狙いがあるのでは?と勘ぐってしまう。

 例えばここに永住してもらいたい……とかね。



「故郷……に帰りたいですか?」

 先程の満足そうな顔とは打って変わって、目を伏せ暗い表情を見せた。この表情はこの表情で、憂う美青年、という感じで様になっているのが、大変羨ましい。



「そりゃあ帰りたいよ。家族も友達もいるしね」



 なんだか、彼と話してること自体が非現実的なように感じる。

 この世界に来たこともそうだけど、それだけじゃなくて、この世界の人と話すって……。今まであんまりそういう機会がなかっただけに、なんだか不思議な感覚だ。



 ……そう言えばこいつ、夕飯の準備しに来たんだよな?

 何時もなら話なんてせずにさっさと準備してくれると言うのに、今日は何があったのだ。

 彼が来るまではお腹がすいている事を忘れていたが、彼が来てしまうともうダメだ。お腹が空いていることが気になって仕方がない。話してないでさっさと準備しろよ。

 ……と思ったが、原因は私じゃないか。

 私がため息をついたから、彼が気になって話しかけてきたのだ。つまり、私が悪い……?自業自得……?

 いやいやいや、私は悪くない。



 この執事は日頃から勇者である私にどう話しかけるか、考えていたのだ。

 きっと私がため息をした瞬間、占めた。と思ったに違いない。

 そして悠々と話しかけた、と。

 私がため息をつこうが、つかなかろうが、近いうちに、この執事の話し相手という餌食になっていたことには変わりない。

 つまり私が悪い訳ではなく、話しかけようとしてくる彼という存在そのものが、私にとって悪なのだ。

 いや、知らんけど。そういうことにしておく。



「そうなのですか……因みに、その世界はどんな世界だったのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」



 質問される上で、どうだった?どう?と聞かれるのがいちばん困る。ざっくりしすぎて、相手が何を求めているのか、何を答えれば正解なのか、検討がつかないからだ。

 出来ることならば、イエスかノーかで答えられる質問をして欲しい。



 しかしこの世の人間はなぜか、どう?と聞きたがる。だから私はそう聞いてくる奴らの為に、一つの回答を用意した。



「どんな、と聞かれても……。どう?」

 そう。これだ。

 分からなければオウム返しをしてやればいい。

 この答えに辿り着いたのは、ある話がきっかけだった。



 我が母親は初めてできた子供(私)に対して、離乳食を手作りしていたそうだ。弟の時は作っていなかったそうだが……。まあそれはさておき、せっかく作ったのだから、食べた感想を聞きたいと思うのは自然の摂理だろう。

 そう思い、母親は当時一歳の私に聞いた。



「どう?」

 私は渋い顔をして、黙りこくった。

 母親は不味かったのだろうか?と不安になったが、私は小さな声でこう、呟いたらしい。

「どう」



 その瞬間、母親は理解した。料理が不味かったのではない。一歳の娘にはどう?の意味がわからなかった。だから困った顔で母親の真似をしたのだ……と。



 その話が面白すぎて、今でも忘れられない。

 ……それ以来、面白い私に敬意を称して、どう?と聞かれたらどう?と返すようにしている。

 いや、自分なんだけどね。



「えっと、ですね……例えばこの国は魔法が発達した世界です」

 ほら、こんな風に例を出してくれる。

 これで少し彼の聞きたいことが分かった……ような気がする。似たようなことをいえばいいんだな?



「私たちの国は科学が発達してた」

「科学……というのはあの科学でございますか?」

「どの科学かは知らないけど、多分その科学だね」

「……想像がつかないのですが」

 想像がつかないと言われても……。

 私もこの城から出たことがないから、この国の文化レベルはわからない。

 まあ、城があって王制が機能してるってことは、そんなに高い文化レベルではないと思うんだけど……。さすがに車はないよね?



「車が走ってる」

「車……とは?」

 ほら、やっぱり知らない。

 でも車を知らない人にどうやって車を説明すればいいんだ?

 うーん。



「乗り物、だね。人が制御する必要はあるけど、人が動力を生み出す必要は特にないかな?」

「ええと、それはつまり……?」

 まだよく分かっていないようで、執事は首を傾げている。説明するの、難しすぎでしょ。



「うーん、馬車で例えるなら、馬をこう、ムチで叩く人?」

「御者ですね」

 それはすぐ分かったのか、即答する執事。



「そう、それ。それはいるけど、馬は必要ない」

「なるほど……。想像はできませんが、言いたいことは分かりました」



 まあそりゃわかんないよね。今の話だけを聞いて、完璧に車を想像できる方が怖いわ。

 絵を描いたら、分かりやすいんだろうけど。

 生憎、私には画力というものが存在しない。いや、下手ではないんだけどね。上手くもないというか……少なくとも、何もなしで車をかけるほどに、上手くはないんだな……。

 脳内のイメージを見せてあげられればなあ……。

 それなら画力も文才も必要ない。

 無駄に本だけは読んでるから、想像力とかイメージ力はあると思うしね。



 って、そこまで真剣に考える必要も無いか。相手は執事なのだから。しかも、内容はただの世間話だし。

 難しそうな顔をしている執事は見なかったことにしておこう。しーらない。



 そんなことよりも、飯はまだなのか。

 少しは自分に非があると思い、話に付き合ってやったが、もう我慢の限界である。



「ところで、ご飯はまだかしら?」

 冷ややかな目を向けると、彼はピタリと固まる。

「し、失礼しました」

 早口でそれだけ言うといそいそと夕食の準備を始めた。
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