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俺は離婚した。
厳密に言うと、妻が離婚届を置いて出ていったのだが。
なぜ離婚したのかって?
原因は妻、佳乃の浪費癖にある。
佳乃は多額の借金を抱えていた。
気が付かなかった俺にも責任はあるとは思う。
しかし、積もりに積もった借金額は、到底、許せる金額ではなかった。
金銭感覚が合わないというのは、離婚の大きな原因になると思う。
では、佳乃は一体、何にカネを使ったのか。
俺たちには息子が一人いる。
朝、俺が出勤した後、妻は幼稚園の送迎バスを待つ。
バスを待っている間のママ友たちとの会話は、妻にとっては一日の中で相当大きいイベントだったらしい。
簡単に言えば、「見栄の張り合い」だ。
服やアクセサリー、ハンドバッグや腕時計……
ママ友たちとの自慢合戦に負けまいと、佳乃は無理して高価なブランド品を買い続けていたのだった。
当然、消費者金融は無制限にカネを貸してくれるわけではない。
やがて、限度額に到達した。
ある日、佳乃が処分し忘れた督促状を俺は見つけてしまう。
問い詰めると、佳乃は全部白状したのだった。
* * *
佳乃は実家に相談した。佳乃の父は既に他界している。
そこで、佳乃の母は、持っていた資産のほとんどを売却し、借金を立て替えてくれた。
これで解決したかに思えたが……
借金返済が終わった頃に、佳乃の母が倒れた。
心労が原因だろう。
そして、あっという間に亡くなってしまったのだった。
佳乃は、自分が不甲斐ないから母が死んでしまったのだと思い、落ち込んだ。
それはある意味、当たっているとも思えた。
葬儀には、俺の両親も参列した。
そこで、俺の母はこんなことを言ってしまう。
「私も嫁に殺されてしまうのかしら」
俺の母は遠い地に住んでいて、年に数回しか会っていない。
しかし、いずれは同居する時が来るかもしれない。
嫁姑問題の深刻化は必須だった。
いや、俺の母のことはまだいい。
今は同居していないのだから。
それよりも、俺自身が佳乃のことを許せなかった。
息子の教育資金にと思って積み立てていたお金も、すべて佳乃に使い込まれていたからだ。
こんな妻に、大事な息子を育てられるのだろうか。
俺は佳乃に離婚を要求した。
* * *
佳乃は離婚を拒否していた。
もう一度やり直したいと言ってきた。
しかし、俺は許せなかった。
俺の頑なな態度が伝わったのか、ある日、佳乃はどこかに行ってしまった。
食卓の上には、押印済みの離婚届が置かれていた。
俺と息子の和哉は、佳乃の帰りを1ヶ月待ってみた。
しかし、佳乃からは何の連絡もなかった。
失踪したのだった。
佳乃は、和哉も捨てたということだ。
俺は離婚届を提出し、バツイチになった。
* * *
父子家庭としての日々は大変だった。
和哉は小学校に入学した。
仕事をしながらの子育てはきつかった。
児童会館に預け、引き取る時刻になると、俺は職場から抜けさせてもらい、和哉を迎えに行く。
その後、預ける場所がないので、自分の会社に連れて行った。
空いている応接セットに座らせて、読書やお絵描きをさせて時間を潰させた。
会社に理解があって助かった。
ただ、和哉は一人で時間を潰しているだけだ。
構ってあげることができないのがなんとももどかしかった。
離婚して思ったことが、妻のありがたみだ。
今にして思えば、佳乃の家事は完璧だったのだ。
やってくれて当たり前のように感じていたが、いざ自分が家事をする番になると、佳乃がいかに優秀だったのか、今頃になって理解できた。
俺と和哉の生活では、食事は毎食コンビニやスーパーのお弁当。
洗濯をし忘れて着る服がなかったり、トイレや洗面台がどんどん汚れていったり……
生活はどんどん荒れていった。
* * *
家事と共に、息子の学校のことも負担が大きかった。
連絡帳で、「持ち物に名前を書いてください」と担任から連絡があったので、いったいに何に名前を書くのかと思ったら……
学校に持っていく物、すべてだった。
なので、算数のブロックやおはじきのケースに名前を書いてあげた。
しかし、翌日に戻されてしまう。
「1つ1つに名前を書いてください」
とのこと。
え?
おはじきやブロックの1つ1つ?
いったい何十個あると思っているんだ。
しかも、おはじきやブロックはとても小さい。
極細の油性ペンで書くのが速いのか、超小型の名前シールを印刷して貼る方が速いのか。
どちらにせよ、名前書きは手間がかかった。
和哉からは毎日のように、
「これ、名前ないからおうちの人に書いてもらって、って先生に言われた」
といろんなものを出された。
他にも、宿題の丸付けをしてください……音読を聞いてカードにサインをしてください……
もう、学校のことは学校でなんとかしてくれよ!
とも思ったが、そうもいかないようだ。
妻に離婚を要求し、自分から父子家庭になったのだ。
愚痴を言っても始まらない。
やるしかないのだが……
図工や算数で、たくさんの空き箱が必要なので持たせてください。
そんなことがお便りに書いてあった気がするが、なんとかなるだろうとあまり気にしていなかった。
いざ、持っていく日になると、数個しかないことに気がついた。
前からコツコツ取っておけばよかった……
和哉が言うには、お友達はたくさん箱を持ってきていたとのこと。
なんだか申し訳ない……
俺は父親、失格なのだろうか。
* * *
息子にはやはり、母親が必要なのだろうか。
再婚も考えたが、毎日仕事が忙しく、婚活する暇があるのなら和哉や家事のために時間を使いたい。
それに、仮に相手ができても、和哉と仲良くやれるかどうかの保証もない。
考えた挙げ句、家事代行サービス、いわゆる家政婦を雇うことにした。
家政婦なら、金銭による契約関係なので気が楽だ。
息子との相性が悪ければ交代もできる。
家政婦の派遣会社に要望を出してみた。
息子が学校から帰る時間に家に来てもらい、息子が前から行きたがっていた習い事への送迎をしてもらう。
掃除、洗濯、そして夕食の用意や食器洗い。
俺は毎日帰りが遅いので、和哉と一緒に夕食を食べていてもらう(俺の分は夜食程度に残しておいてもらえればいい)。
あと、和哉の宿題も見てもらう。
俺が帰宅したら、家政婦には帰ってもらう。
こういう条件を出して、家政婦を探してもらうことにした。
しばらくすると、派遣会社の方から連絡があった。
引き受けてくれる家政婦さんが決まったとのことで、お試しで数日間、来てもらうことになった。
厳密に言うと、妻が離婚届を置いて出ていったのだが。
なぜ離婚したのかって?
原因は妻、佳乃の浪費癖にある。
佳乃は多額の借金を抱えていた。
気が付かなかった俺にも責任はあるとは思う。
しかし、積もりに積もった借金額は、到底、許せる金額ではなかった。
金銭感覚が合わないというのは、離婚の大きな原因になると思う。
では、佳乃は一体、何にカネを使ったのか。
俺たちには息子が一人いる。
朝、俺が出勤した後、妻は幼稚園の送迎バスを待つ。
バスを待っている間のママ友たちとの会話は、妻にとっては一日の中で相当大きいイベントだったらしい。
簡単に言えば、「見栄の張り合い」だ。
服やアクセサリー、ハンドバッグや腕時計……
ママ友たちとの自慢合戦に負けまいと、佳乃は無理して高価なブランド品を買い続けていたのだった。
当然、消費者金融は無制限にカネを貸してくれるわけではない。
やがて、限度額に到達した。
ある日、佳乃が処分し忘れた督促状を俺は見つけてしまう。
問い詰めると、佳乃は全部白状したのだった。
* * *
佳乃は実家に相談した。佳乃の父は既に他界している。
そこで、佳乃の母は、持っていた資産のほとんどを売却し、借金を立て替えてくれた。
これで解決したかに思えたが……
借金返済が終わった頃に、佳乃の母が倒れた。
心労が原因だろう。
そして、あっという間に亡くなってしまったのだった。
佳乃は、自分が不甲斐ないから母が死んでしまったのだと思い、落ち込んだ。
それはある意味、当たっているとも思えた。
葬儀には、俺の両親も参列した。
そこで、俺の母はこんなことを言ってしまう。
「私も嫁に殺されてしまうのかしら」
俺の母は遠い地に住んでいて、年に数回しか会っていない。
しかし、いずれは同居する時が来るかもしれない。
嫁姑問題の深刻化は必須だった。
いや、俺の母のことはまだいい。
今は同居していないのだから。
それよりも、俺自身が佳乃のことを許せなかった。
息子の教育資金にと思って積み立てていたお金も、すべて佳乃に使い込まれていたからだ。
こんな妻に、大事な息子を育てられるのだろうか。
俺は佳乃に離婚を要求した。
* * *
佳乃は離婚を拒否していた。
もう一度やり直したいと言ってきた。
しかし、俺は許せなかった。
俺の頑なな態度が伝わったのか、ある日、佳乃はどこかに行ってしまった。
食卓の上には、押印済みの離婚届が置かれていた。
俺と息子の和哉は、佳乃の帰りを1ヶ月待ってみた。
しかし、佳乃からは何の連絡もなかった。
失踪したのだった。
佳乃は、和哉も捨てたということだ。
俺は離婚届を提出し、バツイチになった。
* * *
父子家庭としての日々は大変だった。
和哉は小学校に入学した。
仕事をしながらの子育てはきつかった。
児童会館に預け、引き取る時刻になると、俺は職場から抜けさせてもらい、和哉を迎えに行く。
その後、預ける場所がないので、自分の会社に連れて行った。
空いている応接セットに座らせて、読書やお絵描きをさせて時間を潰させた。
会社に理解があって助かった。
ただ、和哉は一人で時間を潰しているだけだ。
構ってあげることができないのがなんとももどかしかった。
離婚して思ったことが、妻のありがたみだ。
今にして思えば、佳乃の家事は完璧だったのだ。
やってくれて当たり前のように感じていたが、いざ自分が家事をする番になると、佳乃がいかに優秀だったのか、今頃になって理解できた。
俺と和哉の生活では、食事は毎食コンビニやスーパーのお弁当。
洗濯をし忘れて着る服がなかったり、トイレや洗面台がどんどん汚れていったり……
生活はどんどん荒れていった。
* * *
家事と共に、息子の学校のことも負担が大きかった。
連絡帳で、「持ち物に名前を書いてください」と担任から連絡があったので、いったいに何に名前を書くのかと思ったら……
学校に持っていく物、すべてだった。
なので、算数のブロックやおはじきのケースに名前を書いてあげた。
しかし、翌日に戻されてしまう。
「1つ1つに名前を書いてください」
とのこと。
え?
おはじきやブロックの1つ1つ?
いったい何十個あると思っているんだ。
しかも、おはじきやブロックはとても小さい。
極細の油性ペンで書くのが速いのか、超小型の名前シールを印刷して貼る方が速いのか。
どちらにせよ、名前書きは手間がかかった。
和哉からは毎日のように、
「これ、名前ないからおうちの人に書いてもらって、って先生に言われた」
といろんなものを出された。
他にも、宿題の丸付けをしてください……音読を聞いてカードにサインをしてください……
もう、学校のことは学校でなんとかしてくれよ!
とも思ったが、そうもいかないようだ。
妻に離婚を要求し、自分から父子家庭になったのだ。
愚痴を言っても始まらない。
やるしかないのだが……
図工や算数で、たくさんの空き箱が必要なので持たせてください。
そんなことがお便りに書いてあった気がするが、なんとかなるだろうとあまり気にしていなかった。
いざ、持っていく日になると、数個しかないことに気がついた。
前からコツコツ取っておけばよかった……
和哉が言うには、お友達はたくさん箱を持ってきていたとのこと。
なんだか申し訳ない……
俺は父親、失格なのだろうか。
* * *
息子にはやはり、母親が必要なのだろうか。
再婚も考えたが、毎日仕事が忙しく、婚活する暇があるのなら和哉や家事のために時間を使いたい。
それに、仮に相手ができても、和哉と仲良くやれるかどうかの保証もない。
考えた挙げ句、家事代行サービス、いわゆる家政婦を雇うことにした。
家政婦なら、金銭による契約関係なので気が楽だ。
息子との相性が悪ければ交代もできる。
家政婦の派遣会社に要望を出してみた。
息子が学校から帰る時間に家に来てもらい、息子が前から行きたがっていた習い事への送迎をしてもらう。
掃除、洗濯、そして夕食の用意や食器洗い。
俺は毎日帰りが遅いので、和哉と一緒に夕食を食べていてもらう(俺の分は夜食程度に残しておいてもらえればいい)。
あと、和哉の宿題も見てもらう。
俺が帰宅したら、家政婦には帰ってもらう。
こういう条件を出して、家政婦を探してもらうことにした。
しばらくすると、派遣会社の方から連絡があった。
引き受けてくれる家政婦さんが決まったとのことで、お試しで数日間、来てもらうことになった。
応援ありがとうございます!
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